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瑠色と寝た男5
今までの男たち・2
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ピーチの甘い香りのするカクテルは飲みやすくて美味しい。
「…ボクね、ずっと彼の事好きだったから…彼を好きじゃない自分って、どうしていいのか分かんないんだよね…」
「11年だものね…」
「そー。人生の半分、彼を好きでいたのに、今更そうじゃない自分なんて解んないよ」
甘いカクテルはあっという間にボクの喉に吸い込まれて空になった。
「でも、…これからの人生の方が長いわよ」
志信さんが、ボクの頭をふわりと撫でた。
「私もね、吹っ切るまで時間かかったわよ。でも、自分を捨てた男の事をいつまでも引きずってたら、人生がもったいないって思ったの」
「…まだそこまでの境地には至れないよ…」
「まあ…それも…そっか」
「うん…。もうさ、半年前に結婚するって報告もらったときに、この世の終わりだと思ったんだけど、終わりじゃなかったよ。今日がドン底…」
カクテルを飲み干し、ボクはまた泣きそうになって涙を噛んだ。
「今がどん底ってことは、これから上に上がれるって事じゃない?」
微笑んだ志信さんの顔は、すごく魅力的でキレイだった。なぜだかボクはなんとなく、胸の中にもやっとしたものが湧く。
「ずっと、海の底を歩き続ける魚だっているじゃない」
我ながら捻くれた物言いだと思う。そんなボクにも、志信さんの笑顔は変わらない。
「その魚は、進化の過程で海の底を安住の地にせざるを得なかったのよ。いいの? 海底が安住の地で」
「…だって…」
「今まで光に当たってたのに、光も届かない、海の底で、他の種類が食べないような有毒なものを餌にして、それで生きていくの? 一生?」
辛辣…とまでは行かないにしろ、なかなかに厳しい事をいう志信さんに、ボクは言葉を出せないまま俯いた。
「あの時、傷心の私を慰めてくれたルイくんに酷いこと言うようだけどね、私はルイくんに、浮上してきてほしいのよ、海底から」
確かに、海底で生きるってそう言う事かもしれないけど、そういう事なんだろうけど、志信さんの言い様がボクには納得がいかない。
不満が顔に出たのか、志信さんがすこしやれやれ、というような顔をした。
「アタシもね、誰彼構わず寝てるアンタが、これで自棄起こしてホントに誰彼構わずにならないか心配よ」
ママが心配そうな顔でボクにサービスと言いながら、さっきのとは色が違うカクテルを出してくれた。
「さすがにそれは…」
「今までだってそうだったんだから、今度こそ、ホントに誰彼構わずにならないなんて保証はないでしょ?」
ママの言葉に、志信さんは頷いている。
「別に、自棄起こして誰彼構わずになんかしないよ…。さっきの今で、そんな気持ちにならないから…」
サービスしてもらったカクテルは、ライムの味がして、やっぱり飲みやすかった。
「…ねえ、ルイくん。しばらく私と付き合わない?」
「え?」
危うく、飲んでいたカクテルを噴くところだった。
驚いた顔で固まるボクに、志信さんは笑いながら、
「本気のお付き合いじゃなくて、特別にデートとかそういうのは何もしなくていいの。ただ、辛くなったりしたときに、私に連絡してくれたりとか」
と、言った。
「いや、それは…志信さんを利用してるみたいじゃん。良くないよ、そういうのは…」
ボクがそう言うと、ママは声を出して笑いながら、
「アンタ、好みの子ならだれでも寝るみたいな噂立てられるほどなのに、ソレ言う?」
ぐうの音も出ない。
うん。たしかに、それは確かだ。でも、それとこれとは話が別だ。
「それはそうだけどさ! だって、それはそういう話じゃないじゃん!?」
「誰彼構わずになるなら私ひとりに絞っておいて、気持ちが復活したら新しい恋に進めばいいんじゃない? と思ったの」
「いや、それはだって、志信さんの恋人とか」
「居たらこんな提案してないでしょ?」
「それなら余計に、ボクが復活するまでに志信さんが新しい恋をしたらどうするの? 一応付き合ってるってことになるのなら、話拗れるでしょ?!」
何となくヒートアップしていく会話は、実に不毛だ。ママはほかのお客さんのオーダーを作り始めつつ傍観の構えか、話に入ってこなくなった。
「今のところその予定はないけど…」
「いや、だって、今さっきじゃん、振った男を引きずってても、人生の時間が勿体ないって言ったの!」
「そうね」
「それこそ、ボクに使う時間は無駄以外の何物でもないよ!?」
「そんなこと無いわ。ルイくんが浮上するのに必要な時間なら、私は協力したいもの」
事も無げに言うから、志信さんの真意が解らない。
「志信さんの事は素敵だと思ってるけど…。…一晩だけならともかく、そういうのは出来ないよ…」
あまり頑なに断っても…と思うけど、いくらボクでもこういうのはちゃんと断らなきゃダメだと思う。
「そっか…まあ、無理なことを無理矢理させるのも良くないわね。…じゃあ、一晩のお相手として、私の事思い出しておいて」
「ごめんね。ありがとう」
「いいのよ。無理かもしれないけど、あんまり思い詰めないで?」
志信さんはボクの肩をポンポンと撫でて、
「今日会えて、話せて良かったわ。あんまり私が取り付いてると、ルイくんも落ち着けないだろうからまた来るわ」
「ボクも、志信さんと、話せて良かったよ。ありがとう」
「いいのよ。辛くなったり、話したくなったりしたら、番号もアドレスも変わってないから、気軽に連絡してね」
そう言って、志信さんはママに会計を頼んで、帰って行った。
また一人になったボクは、次は何を飲もうかと考えながら、ママからのサービスのカクテルを飲み干した。
「ママ~、強いお酒無いの?」
「あっても今のアンタには出せないわね」
「えー! 酷い…」
「変な飲み方して潰れたりしてもらっちゃ困るのよ」
商売人としてごもっともな意見で来られたので反論もできない。
ボクはとりあえず、これなら割りものがトマトジュースだから良いだろうと思ってレッドアイを頼んだ。
「…ボクね、ずっと彼の事好きだったから…彼を好きじゃない自分って、どうしていいのか分かんないんだよね…」
「11年だものね…」
「そー。人生の半分、彼を好きでいたのに、今更そうじゃない自分なんて解んないよ」
甘いカクテルはあっという間にボクの喉に吸い込まれて空になった。
「でも、…これからの人生の方が長いわよ」
志信さんが、ボクの頭をふわりと撫でた。
「私もね、吹っ切るまで時間かかったわよ。でも、自分を捨てた男の事をいつまでも引きずってたら、人生がもったいないって思ったの」
「…まだそこまでの境地には至れないよ…」
「まあ…それも…そっか」
「うん…。もうさ、半年前に結婚するって報告もらったときに、この世の終わりだと思ったんだけど、終わりじゃなかったよ。今日がドン底…」
カクテルを飲み干し、ボクはまた泣きそうになって涙を噛んだ。
「今がどん底ってことは、これから上に上がれるって事じゃない?」
微笑んだ志信さんの顔は、すごく魅力的でキレイだった。なぜだかボクはなんとなく、胸の中にもやっとしたものが湧く。
「ずっと、海の底を歩き続ける魚だっているじゃない」
我ながら捻くれた物言いだと思う。そんなボクにも、志信さんの笑顔は変わらない。
「その魚は、進化の過程で海の底を安住の地にせざるを得なかったのよ。いいの? 海底が安住の地で」
「…だって…」
「今まで光に当たってたのに、光も届かない、海の底で、他の種類が食べないような有毒なものを餌にして、それで生きていくの? 一生?」
辛辣…とまでは行かないにしろ、なかなかに厳しい事をいう志信さんに、ボクは言葉を出せないまま俯いた。
「あの時、傷心の私を慰めてくれたルイくんに酷いこと言うようだけどね、私はルイくんに、浮上してきてほしいのよ、海底から」
確かに、海底で生きるってそう言う事かもしれないけど、そういう事なんだろうけど、志信さんの言い様がボクには納得がいかない。
不満が顔に出たのか、志信さんがすこしやれやれ、というような顔をした。
「アタシもね、誰彼構わず寝てるアンタが、これで自棄起こしてホントに誰彼構わずにならないか心配よ」
ママが心配そうな顔でボクにサービスと言いながら、さっきのとは色が違うカクテルを出してくれた。
「さすがにそれは…」
「今までだってそうだったんだから、今度こそ、ホントに誰彼構わずにならないなんて保証はないでしょ?」
ママの言葉に、志信さんは頷いている。
「別に、自棄起こして誰彼構わずになんかしないよ…。さっきの今で、そんな気持ちにならないから…」
サービスしてもらったカクテルは、ライムの味がして、やっぱり飲みやすかった。
「…ねえ、ルイくん。しばらく私と付き合わない?」
「え?」
危うく、飲んでいたカクテルを噴くところだった。
驚いた顔で固まるボクに、志信さんは笑いながら、
「本気のお付き合いじゃなくて、特別にデートとかそういうのは何もしなくていいの。ただ、辛くなったりしたときに、私に連絡してくれたりとか」
と、言った。
「いや、それは…志信さんを利用してるみたいじゃん。良くないよ、そういうのは…」
ボクがそう言うと、ママは声を出して笑いながら、
「アンタ、好みの子ならだれでも寝るみたいな噂立てられるほどなのに、ソレ言う?」
ぐうの音も出ない。
うん。たしかに、それは確かだ。でも、それとこれとは話が別だ。
「それはそうだけどさ! だって、それはそういう話じゃないじゃん!?」
「誰彼構わずになるなら私ひとりに絞っておいて、気持ちが復活したら新しい恋に進めばいいんじゃない? と思ったの」
「いや、それはだって、志信さんの恋人とか」
「居たらこんな提案してないでしょ?」
「それなら余計に、ボクが復活するまでに志信さんが新しい恋をしたらどうするの? 一応付き合ってるってことになるのなら、話拗れるでしょ?!」
何となくヒートアップしていく会話は、実に不毛だ。ママはほかのお客さんのオーダーを作り始めつつ傍観の構えか、話に入ってこなくなった。
「今のところその予定はないけど…」
「いや、だって、今さっきじゃん、振った男を引きずってても、人生の時間が勿体ないって言ったの!」
「そうね」
「それこそ、ボクに使う時間は無駄以外の何物でもないよ!?」
「そんなこと無いわ。ルイくんが浮上するのに必要な時間なら、私は協力したいもの」
事も無げに言うから、志信さんの真意が解らない。
「志信さんの事は素敵だと思ってるけど…。…一晩だけならともかく、そういうのは出来ないよ…」
あまり頑なに断っても…と思うけど、いくらボクでもこういうのはちゃんと断らなきゃダメだと思う。
「そっか…まあ、無理なことを無理矢理させるのも良くないわね。…じゃあ、一晩のお相手として、私の事思い出しておいて」
「ごめんね。ありがとう」
「いいのよ。無理かもしれないけど、あんまり思い詰めないで?」
志信さんはボクの肩をポンポンと撫でて、
「今日会えて、話せて良かったわ。あんまり私が取り付いてると、ルイくんも落ち着けないだろうからまた来るわ」
「ボクも、志信さんと、話せて良かったよ。ありがとう」
「いいのよ。辛くなったり、話したくなったりしたら、番号もアドレスも変わってないから、気軽に連絡してね」
そう言って、志信さんはママに会計を頼んで、帰って行った。
また一人になったボクは、次は何を飲もうかと考えながら、ママからのサービスのカクテルを飲み干した。
「ママ~、強いお酒無いの?」
「あっても今のアンタには出せないわね」
「えー! 酷い…」
「変な飲み方して潰れたりしてもらっちゃ困るのよ」
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