スローテンポで愛して

木崎 ヨウ

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日常は崩れないからこその日常

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 その年の夏は異常な暑さだった。
 駅のホームでただ電車を待つだけで汗だくになってしまう。こんな気温ではクールビズなんて、まさに焼け石に水だと胸の中で文句を言いつつ、いつもと変わらない朝八時半に会社へ出勤してきた三上日和は、いつもの通りに社員証のIDカードを、社員通用口のゲートにかざした。
 ここは大手ファミリーレストランを展開する、株式会社デリッシュの本社、そのエントランス。
 日和はここで、総務部の総務課の課長職に就いている。お世辞にも人付き合いが得意とは言えない日和だが、仕事となれば話は別だ。
 幸いにも社内での総務課への連絡は、基本的にメールやファックスなどで行われる事が多い。
 会話が苦手な日和にとって、社内メールやファックスなど、文字に起こしてやり取りができる事はとても助かる事だった。
 もちろん社外への連絡は電話が多いが、相手も仕事なので人付き合いの不得手には困らずに仕事を行えている。
 総務課の仕事は実に多岐に渡る。
 例えば、各部署から上がって来る稟議書類の処理、社内の備品の発注・管理、ダイレクトメールや各店舗当てに届いたお客様の声などを集計して発送したり、社員たちの健康診断を手配したり…。
 ざっくり言うと、会社で働く社員たちがいかに自分の仕事に集中できるかという事をサポートする、縁の下の力持ち部署だ。
 デリシッュはファミリーレストランを展開している事もあって、まず入社したらほぼ全員、関東一円に展開している店舗に出る事になっている。
 最初の半年間はホール業務を経験し、残りの半年間はキッチン業務を経験する事になっている。
『現場を知らない者は現場の困難や必要な対応を知ることが出来ない。現場を知ってこそ本社の業務が回る』
 と言うのが、社長の方針だ。
 現場を経験してから本人の希望が聞かれ、そのまま店舗に残るか、営業や秘書、商品開発などの部署へと配属が決まるのだ。
 日和は、自他ともに認めるジミな容姿と、愛想もコミュニケーション能力も乏しいと自分が思っているために、人前に出る事が苦手だ。
 それでも、なんとか最初の一年目を及第点でクリアし、すぐさま希望していた総務部に配属が決まった。
 しかしながら、誰もが入社してすぐに希望の部署へ転属されるというわけではない。
 そのまま店舗勤務が続くこともあるのだ。
 日和は専門学校で商業系や総務に役立ちそうな資格を取った為か、書類整理や在庫管理で能力を発揮して、それを店長が本社に進言してくれたお陰で希望の総務部に配属されることとなった。
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