85 / 104
五十一話 信康処刑(その五)
しおりを挟む鉄砲の技を習得するためにと、伊賀の里をあとにする時感じた、得も言われぬ漠然とした不安。
この乱世の時代、もし無事に再び巡り会う時が来たとしても、二人にどれほどの強い絆、繋がりがあろうとしても、それは、敵味方としての巡り会いがあるのもまた必然。
そして、そんな巡り合わせの必然は、やがて巡りくる予感として漠然と感じもっていた。
そしてその時の不安の通りの現実となる。
主、重治の宿敵として、主、重治の命を何度も狙ってきた相手。その家康の配下となって現れたのである。
しかし、再び、交錯した二人の運命は、堅い友情のもたらした幸運か、はたまた神の気まぐれなのか、どちらにしても刀を交える事なく、更なる友情を強めるように、運命の歯車は回り始めたのである。
「……さぁちゃん…………」
じっと、夜空を見上げていた秀と呼ばれた男も、才蔵の気配が消えるとともに、ゆっくりと歩みを始めた。
それまで、厚い雲間から時より垣間見せるだけだった月。
これまで闇夜にさえ感じさせていたそんな月が、始めてその姿をハッキリと映し出し、辺りを明るく照らしだしていた。
まるで、二人の再開を喜び笑っているようでさえあった。
そんな深夜の出来事があったにも関わらず、翌朝、一番鶏が鳴くよりも更に早く、才蔵の姿は、徳川家と武田家との国境にある城の近くにあった。
「‥‥ふっ、流石に一筋縄ではいかぬか……」
才蔵は、その城の度が過ぎるほどの警戒厳重な様子を見て、そう呟きニヤリと笑った。
浜松の城を難なく脱出した才蔵にとって、目的の人間、信康の所在を想像する事など、差ほど困難なことではなかった。
昨夜の出来事から、信康の幽閉先の最有力候補だった家康の居城、浜松城を除いてさえしまえば、警備が厳重であり、尚且つ、家康が絶対的に信頼をする武将が治めている砦、あるいはそんな城を探しだすことは、これまで伊賀攻めの為に、奔走して携わっていた才蔵の持つ徳川の情報を持ってすれば、意図もたやすいことであった。
そうして今、才蔵の見つめる信康のその幽閉先と考えられる二俣城は、天竜川を眼下に見下ろす小高い山の上にあった。
二俣城のあるこの二俣の地は、天竜川と二俣川の交わる所にあり、信濃の山間部から見れば、遠州平野への入り口といってもよい場所にある。
「‥‥たしか城主は、大久保忠世」
これまで、常に徳川と武田の争いの中心に存在していたそんな二俣の城を治めていたのが、徳川家の中でも武勇に名高く、家康からも信頼厚かった大久保忠世である。
目前にある二俣城の警戒が如何に厳重であろうとも、才蔵には手をこまねいているような暇はなかった。
何故ならば、今こうしている間にも、信康の介錯にと首をはねるため友、秀が近づいているのである。
「気配は断つものではない。‥‥わかってますよ、兄じゃ、秀……」
才蔵は、自戒を込めた笑みを口元に見せると、人がとても通れそうもない城の方へと伸びる獣道へと姿を消した。
「若。せめて、お食事だけでもとっていただかねば、お体に……」
「…………」
若と呼ばれた男は、それまでの瞑想を解き、ゆっくりと瞼を開いた。
「ふっ、お体も何も‥‥、わしは、明日にでも腹を斬らねばならぬ身。食事を断つが誠の武士の習わし‥‥」
「‥‥しかし、若……」
その年老いた男は、涙を頬に伝わらせ言葉を何度も詰まらせた。
「‥‥何が起こるか解らぬが、この戦国の世のたとえ、‥‥最後の最後まで‥‥、あきらめては……」
「わかった、わかった‥‥」
警戒厳重な城へと忍び込んだ才蔵は、難なくとはいかなかったものの、目的の人物、信康の部屋を探し当てていた。
『……弱ったな‥‥、問題は、当人の気持ち次第か……』
例え才蔵が、無事に信康を城から脱出させたところで、本人が生きる気力を失っているのでは、いずれは、名もない雑兵にでも命を奪われる。
生きる気力のない者が、おいそれと生き長らえられるほど甘くはない。それが、戦国という時代の習わしである。
『さて、どうしたものか‥‥』
0
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる