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三十八話 行ったり来たり

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「フェッ、フェッ、フェッ、‥‥フェックッション!……うぅー、寒い」


寒気に襲われ目が覚めた重治のいた場所は、福井県の北の庄。
そう、重治が、眠りに陥ったベンチの上であった。

今回の現代への帰還は、どこかが今までとは違っていた。


「えっ?えっ?‥‥なんで?……まさか、夢?」


重治は、戦国へ行く前と状況が変わった様子は全く見当たらない。強いて言うならば、時間の経過があっただけで、着ている衣服は、トレーナーにジーンズ。
しかもすぐそばには、今まで枕にしていたであろう、七つ道具の袋がそこにはあった。


「うぅー、寒い」


それもそのはず、すでに日は傾き、辺りは街灯すら点灯し始めていた。


「まさか‥‥、ずっと寝てたの??」


重治には、夢であった出来事であるのか、現実に起こった事なのか、決定的な確証がまるでなかった。


日が暮れきるまでには、あと僅か。
確証が得られないからと言って、寒空の中、ずっとここに居るわけにもいかない。


重治の旅は、元々、一泊予定の強行スケジュールの行き当たりばったりの旅であった。
と、いっても、学生の一人旅。ホテルや旅館の宿泊施設に泊まる気など、さらさらない。


重治は、もともと今夜の宿に使うするつもりだった、ネットカフェを探しに、ブツブツと言いながら歩き出した。


「可笑しいなあ、間違いなく戦国時代にいたよなぁ……



悩みに悩んだ重治が、その確証を得るのは、数時間後のトイレの鏡に移る、髭面のムサイ男を見たときである。







またしても、目の前で愛する者を失った、信長の落胆ぶりは、周りの者が声をかける事さえ、はばかられるほどのものであった。

そんな、落胆した信長の気持ちを知ってか知らずか、戦場では血気盛んな追撃にむかう兵士達の叫び声が途切れることなく響き渡っていた。


信長は、愛馬から飛び降り、突然に自分を操る主を失った重治を乗せていた馬にゆっくりと近づいた。


「しげはる……」


信長の近づいたその馬のそばには、重治の身につけていた鎧甲が落ちており、信長は愛おしげに、その甲を拾い上げ、胸元へと抱きよせた。


そんな信長の行動をまるで時間が止まってしまったかのように、伊蔵、長政、新平、重秀らは、まったく微動だにせず、ただ見つめていた。



追撃する大将なき織田軍は、多大なる被害を本願寺勢に与え、敵本拠地の石山本願寺にまで追い詰め包囲し、それまでとは逆転した状況を作り上げた。

このあと織田軍は長期の間、兵糧責めを敢行するも、信長包囲網に協力する毛利家のため、失敗に終わる。

そして、信長と本願寺との最終決着には、この後まだ、数年の時を有することになるのである。




福井駅から10数分の場所にある北の庄は、駅前の繁華街のすぐそばに存在している。

重治は、お目当てのネットカフェを探しながら、そんな繁華街を歩き回っていた。

秋の釣瓶落としと言うように、この日も傾いた太陽が沈むまでの時間はあっという間ではあったが、重治の歩く繁華街は、街灯で明るく、不自由なく行動をとることが出来た。

しかし、である。かなりの時間を要した探索にもかかわらず、重治の目的の場所は見つけだす事が出来なかったのである。


「仕方ない‥‥。駅にもどるかな‥‥」


重治の決断は、簡単についた。
重治にとっての宿泊の場所の選択肢は、はじめから二つ。その一つがダメな場合のとる道は、当然、用意されていた。


「野宿よりは、はるかにましだもんな」


駅から、かなりの距離まで移動して歩いていた重治は、ある一つの理由から、その足を一気に早めた。

繁華街のど真ん中に公衆便所が有るわけはない。
重治の表情は、どんどんと厳しいものに変わっていった。





「ふ、ふうぅー……」


重治の厳しかった表情が
一瞬で緩んだ。
鍛え抜かれた体から繰り出された、懸命な早足により駅へと駆け込んだ重治は、絶体絶命のピンチを切り抜けた。


「やっぱり、トレーナー一枚じゃ、不味かったか‥‥」


人心地ついた重治は、ポツリ独り言を漏らした。


「あっ!!!」


蛇口をひねり、手を洗う重治の目の前には、勝家と共に過ごした数ヶ月の間に、伸ばし続けた無精髭を生やしたムサイ男の顔が、そこにはあった。

元来、髭の濃いほうでない重治の伸ばした髭面は、お世辞にもかっこいいとは言えなかった。


そんな顎髭を重治は愛おしそうにゆっくりと撫でた。


「……夢じゃなかった」


鏡の自分に向かって重治は、にんまりと笑って見せた。




その後、重治は、本日の宿泊場所となる福井駅にある待合室を確認しに向かった。


「……うん。ここなら大丈夫」


待合室の中を見た重治は満足げに一人頷いていた。


宿泊場所も確保し、人心地ついたといっても、まだまだ寝るには早い時間である。

北の庄で見た手打ち蕎麦の看板に未練のあった重治は、ここに来るまでに目に留めていた、立ち食いそば屋へ向かい、腹拵えをすることにした。


その間の重治の頭のなかは、寝床の確保ができて安心したためなのか、自分がいなくなったあとの信長の事ばかりであった。



あまり一般には、知られてはいないが、福井県は美味しい蕎麦が食べられると一部、通のあいだで有名な土地である。



まったく期待していなかった駅構内にある立ち食いそば屋で、思わぬ美味い蕎麦にありつく事ができた重治は、この夜、とても幸せな気分で深い眠りにはいっていく。

そう、深い深い、深ぁい、眠りに……
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