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本編3 始まりのダンジョン入場します

第十一話 始まりの迷宮で邂逅(11)

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 永依の対面にいる相手。変わらない体格でも圧倒的な強者だ。

 同世代の格上が相手になる。入念な準備は初めてなんだろう。
必勝宣言しながら強者に対する真っ向勝負で……燃える闘魂だ。


「うらっしゃぁっ!」永依の叫び声。意識が爆発寸前に高ぶる。
もはや感情も制御不能。両掌で自ら頬に強烈な闘魂注入だった。

 視線をあわせる敵は冷静だよ。ほぼほぼ無表情のウサ耳少女。
 自分が負けると微塵も考えないのかな。冷ややかに対応する。

「ところでエーちゃん。質問だけど。試合の前は……お互い頭を
下げた礼するよね。これから闘う相手にも敬意を払う意味かな」


「そだよ。闘う相手に対してのリスペクト。そんな意味じゃね」
 即応のおバカ空手少女。最低限度に礼節は理解できたんだね。
どこか微妙だ。無駄な抵抗だったかな。残りの説明は放棄した。

「対人戦は経験ないからしらない。管理者さんがルール決めだ。
勝負の判断と裁定オレなんだけど」真っ向からの正論を投げる。


「それで試合前かな。リングでアナがやる煽りじゃないけどさ。
選手の紹介なんか必ずやるじゃん。ここにはギャラリーいない。
挨拶とかルールの確認する感じだよ。最終的な話しあいに近い」

 目前はウサ耳少女。両腕を組みながら律儀に上下首を振った。

「うんリングスだったかな。トーナメント形式の放送用だよね。
昔の試合前は口上合戦。映像なんかも罵りあい。大笑いしたよ。
プロレス名物みたいな雰囲気でさぁ」おバカな永依も同調する。


「だからってわけじゃないけど。事前に取り決めとかしようよ」
 双方が生粋の戦闘民族なんだよね。かなり悩んだ末の提案だ。

「ふーん。ちょっとだけならいいよ」「それは必要にも感じる」
 意味をすぐ理解する永依が珍しい。ウサ耳少女まで同意した。


「えっと。まずは無難だけど挨拶だよね。これから先。お互いの
呼び方だけどね。オレは城だ……佳二って名前。公園の隣にある
ビルのオーナーだ。対戦相手が英田永依。実の姪っ子になるよ」

「あーしはケーちゃんの紹介まんま。気軽にエイって呼んでね。
十五歳の中学生。昨年は全中女子の空手チャンピオンだった!」

 かんたんに自己紹介。聴きながらウサ耳少女が小首を傾げる。

「空手は残念ながら知識にないようだ。正面から対峙して素手で
殴りあいをする武道かな。どう呼んでも構わない。迷宮の最奥で
変身したから。いつのまにか人間に進化しただけの仔ウサギだ」


「空手は立技の格闘技なんだ。会館のルールとかも説明難しい。
肉体を使用する急所の攻撃が禁止だよ。あとなんでもオッケー。
名無しのウサギさん。ここで生まれたからココでいんじゃね?」

 笑顔で永依も即応。逆におもいついた名前を同時に提案する。
「じゃあカタカナでココにする。響きもいいね。名前は嬉しい」

「本人も了解。名前ココに決定しょ。ウサ耳だから宇佐美さん」
 ウサ耳少女があっさり了承した。なぜか苗字も勝手に決める。

「住民票と戸籍の取得。問題ありまくりだけど。それは追々か。
ダンジョン攻略。最終的な目標にしながら同居になるのかなぁ」


「えっケーちゃん? いきなしココちゃん。部屋にお持ち帰り。
同棲しちゃうんだ。あれだね勢いでプロポーズして帰りに離婚。
そんな感じだよね。なんつったっけ大昔。流行した成田離婚?」

「はえ? エーちゃんなにいってんのさ。ちゃんとした食事とか
人の常識教えたり。生活環境とかも整えないと病気になるよね」


「りょ。もちもち冗談っしょ。ココちゃんいーならお部屋一緒。
ベッド追加しょ。服とか下着なんかもオソロで選びたいよねー」

 妄想少女。転がるだけで斜め上どころか一周ぐらい空回りだ。

「いざ闘いの始まりだね」覚悟を決めた永依。つぶやきだった。


【個別ノ戦闘行為ヲ開始ダ】――脳内に響いた。驚きに固まる。
目測で直径8m。巨大な円陣だ。ほぼ対極で構える二人だった。

 なぜか勝負は開始直後に終了。あまりにもあっけない幕切れ。


 戦術面は弱者になる。強敵を相手に正面から闘うはずがない。
戦略面で有利に働くルール次第。抵触しない限りは許容される。

 どれほど知能で劣っても戦闘行為。弱者とは限らないだろう。

 馬鹿正直に左爪一閃を狙う。ウサ耳少女のココ。ニヤリとした
笑みで返す永依だ。口端微かに歪めて左掌の黒い金属棒を握る。

 中央ちいさく突起した部分。前方強く押しだした瞬間だった。


 瞬時きらめく発行体。なぜかココは正面から見つめるだけだ。
ちいさなLEDライトで視界は白一色。直射だから強力すぎた。

 そのまま永依が右掌の包装を破る。投げつけるのは赤い粉末。

「うぎゃああああぁっ」一直線で顔面に直撃する。絶叫だった。
 人間が決して発してはならない叫びだろう。周囲まで轟いた。


 以前料理に使用した香辛料。ハバネロと呼ばれる赤唐辛子だ。
永依の秘密兵器。赤トウガラシより強力で激辛の刺激物だった。

 掌で顔を抑えながらココが転げまわる。その姿も憐れに映る。

 しばらく経過するとココの動きもやがて緩慢になり静止した。
「管理者さんが認めた勝負だよね」おかしな決着。頭を抱えた。
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