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思いがけない方法1

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「ミルコ、お前は私たちの子供が欲しい気持ちは、変わってないか?」
「はい」

 珍しくわかりやすく機嫌良さそうに帰ってきたバレリオ様は、僕がお願いをする前に、そんなことを切り出してきた。
 これはもしかして、釘を刺そうとしているんだろうか。
 せっかくお願いをしようと思っていたのにと、慌ててかぶりつきで頷くと、なぜかバレリオ様はほっとした様子で、いつも通りの言葉を続ける。

「私は正直なところ、お前が側にいてくれるのならそれだけで満足だ。だがお前は私との子供が欲しいという。お前はどうしても欲しいと願うか? それがどんな手段であったとしても?」
「……はい。命をかけてでも、バレリオ様の子供が、欲しいです」

 だから僕はいつも通りに返事をしたんだけれど、そうするとバレリオ様は、いつものように悲しい顔をした。

「以前も言ったが、お前に命をかけさせるぐらいなら、決して私は子供を作る気はない」
「ですが!!」
「……私が「命をかけて守る」とお前に言った時、自分が何と言ったか覚えているか」
「……っ」

 低いその声が僕を責めていた。
 あの時ぼくは「やめて下さい」と泣きながらお願いしたんだ。どうか命なんて賭けないで下さいって。あの頃は本当に、バレリオ様が命を賭ける必要があったかもしれないからこそ、そんな約束に頷くことは出来なかった。

「お前が命を賭して臨むことを私が喜ぶなどと、思わないでくれ」

 あのとき僕が苦しかったように、バレリオ様も苦しいのだと訴えてくれていた。
 そのバレリオ様の気持ちがとてもうれしいのに、僕は行き場のない苦しさも襲ってくるのを感じていた。
 だって、それでも僕はバレリオ様との子供が欲しかった。小さい子供を見ると、うらやましかった。二人を繋ぐ証が欲しかった。バレリオ様とぼくの間に生まれた子供を、力いっぱい愛したかった。

「……だって」
「私に命を賭けるなと言ったお前が、それを私に言うのか?」
「……っ、だ、だって……っ、僕、バレリオ様との、子供がっ……僕っ、ちゃんと、バレリオ様の妻だって、自信もちた……」

 言葉にしてしまうと、あまりにも身勝手な理由に気づき、自分で情けなくなって口を閉じる。
 僕は、バレリオ様との子供を、自分の幸せのために利用しようとしていたんだ……。
 そんな自分の気持ちに気がついて、涙がじわりと滲んできて、うつむくしかできなかった。
 こんな親、子供だって嫌にきまってる……。

「大丈夫だ。ミルコと私との子供がどうしても欲しいと思ってくれることは、私も嬉しく思っている。ただ、お前の考えているその方法がどうしても受け入れられないんだ。あまりにも危険すぎる」
「それでも、僕は……」

 言い募ろうとした僕の言葉を、珍しくバレリオ様が遮った。

「よく考えてくれ。お前は私を受け入れれば後は子供を産むだけと思っているかもしれないが、その子供が、私に似ていたらどうなると思う」

 バレリオ様によく似た……今まで何度も想像したことだ。絶対可愛いに決まってる。けど、それがどうしたんだろう…? バレリオ様を仰ぐと、バレリオ様は悲しそうに顔を歪ませていた。

「産めないんだよ……。私が生まれた時、他の子の倍近い大きさがあったと聞いている。お前より大きい私の母ですら、二人とも死ぬか、母が死ぬか、という状況になったと聞いている。……お前の身体の大きさで私に似た子を孕めば、子供が大きすぎてお前の腹から出ることは叶わないだろう。つまり、ミルコの小さい体では、命をかけても産めない可能性が高いんだ。医者も、同じ考えだといっていた。小さく産まれることに期待して子作りをするのは、あまりにも分が悪すぎる賭けだ」
「……そんな……」

 それは、思いがけない言葉だった。
 僕は情けなくも、言葉を失った。
 だってもっと楽観的に考えていた。ちょっと大変かもしれない、もしかしたらそれで亡くなってしまうかもしれない……頭ではわかっていた。でも本当の本当は、死ぬことなんて全然考えてなかった。そして普通より断然危ないとわかっていても、ちょっと大変なだけと高をくくっていた。
 でもバレリオ様の言ってたことは、そんな簡単なことじゃなかった。もっと現実的に、僕が死ぬ可能性を考えていたんだ。
 そしてその結果、僕は子供も産めず、そのせいで子供を死なせて、自分も死んじゃうかもしれない。

 現実を帯びた死を前に、初めて僕はぞくっと震えた。
 そうしたらバレリオ様に残るのは何もなくって、それどころか闇属性の僕を死なせたという汚名まで着せられてしまうかもしれない。
 そこまで考えて、僕は思った以上にひどいことをバレリオ様に言っていたんだと、気がついた。
 そして、わかってしまった。

 僕は、バレリオ様の子供を望んじゃいけないんだ……。

 込み上げる涙を必死に飲み込んで、一生懸命我慢した。
 夢が叶わない絶望と、どうしたら良いか分からなくなってしまって途方に暮れてしまうような気持ちと、バレリオ様の子供を抱けない悲しさと……。いろんな気持ちが込み上げる。
 黙り込んだ僕に、「分かってくれれば良い」と言ったバレリオ様が、そっと僕の頭を撫でる。

「だが、それでも欲しいというのなら、安全な方法がひとつ見つかった。私はこれより最善の手はないと思っている。お前には難しいかもしれないが、試すと言ってくれれば嬉しい。私もミルコとの愛の証が欲しいと思う気持ちは、あるのだ」

 苦笑するバレリオ様を前に、僕は顔を上げる。
 安全な、方法?
 涙が引っ込んで、戸惑いながらバレリオ様の顔を窺った。

「……方法が、あるんですか? 僕は、バレリオ様との子供を、抱くことが、できますか……?」
「ああ、その方法ならば大丈夫だろう。……試してみるか? 試してみて無理だと感じたのなら、その時に断ってくれればいい」
「いいえ……!! 無理だなんて、僕、絶対に言いません!!」


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