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電車で苦くて甘いヒミツの関係

7.5

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 ホテルをチェックアウトした後は、そのまま課長の家までお持ち帰りされて、月曜日の朝までずっと一緒にいることになった。

 その時に、これから通勤の電車の時間をこれから一つずらすことと、ついでに車両も変える事を約束させられた。
 それとこれからも一緒に乗ってくれること。でも、もうあの日「彼」が囁いた通り、痴漢行為はあれで最後だと言う事。

「かわいい香奈の姿を見るのは俺だけで良いからね」

 と、にこやかだけれど、やたらと迫力のある目をして微笑んだのが印象的だった。
 その意味は、あまり深く考えない方が自分のためだと思って、追求しないことにした。



「もし、私があの場所に行かなかったら……」

 月曜日、二人で駅に向かう道すがら、ふと呟いてみると、隼人さんが低い声で呟いた。

「言葉通り、アレで終わりだったよ」

 はっとして顔を上げると、目は怖いぐらい真剣なのに、その口元には笑みが浮かんでいる。

「ただし、俺が正面から口説くことになっていたけどね。どちらにしろ、香奈は俺から逃げられないよ」
「じゃ、どうして、あんな約束……」

 あっけにとられてその表情を探る。
 それなら、あんなに私は悩まなくてもすんだのに……。
 恨みがましい目で見ていたのに気付いたらしい課長が、少しだけ苦笑する。

「痴漢の俺を許せるかどうか。求めてくれるかどうかを知りたかった」

 はっとする。
 課長も悩んでいたのかもしれないと、初めて気付く。
 私が受け入れていたとはいえ、課長のしたことは間違いなく犯罪行為で。課長にその自覚がなかったわけがない。
 駅での待ち合わせから今まで、課長はずっと躊躇うことなく私を好きなように翻弄していたように思う。でも、それだけじゃなかったのかもしれない。朝の困ったような笑顔は、そんな課長の不安の表れだったのだろうか。
 課長も、悩んだり苦しい思いをしたんだろうか。

「……好きです」

 繋いでいる手をきゅっと握って呟けば、「ありがとう」と、頭の上から静かな声が返ってくる。

「香奈は……ほんとに、俺のこと気付かなかった?」

 今度は隼人さんが尋ねてきた。

 そこで家で一緒にいる間は、ずっと二人で触れ合うことばかりで、交わした言葉は少なかったことに気付く。身体を重ねる事で全部通じ合ってたような気持ちになれてたけれど、二人だけの空間から少し現実に戻ってみれば、疑問や不安が少しずつ溢れてきているような気がする。
 それを埋め合っているみたい、などと思いながら、早朝の人気のない道をゆっくり歩きつつ話をする。

 私は「彼」が課長だとは気付かなかった。
 そうだったらいいな、とはずっと思っていたけど、そんなはずはないとずっと否定してきた。
 でも、たぶんそれは、気付きたくなかったせいだと思う。きっと私は「二人が同一人物かもしれない」と思うのが怖かったのだろう。だってそう思っていて、そうでなかったと知ったら、私は耐えられないから。課長と思っていた「彼」が課長と別人だったら、私は自分を許せなくなる。だから、「彼」を「課長かもしれない」なんて思うわけにはいかなかった。最初から別人だと信じている事は、私自身を守るために必要だった。

 そんな気持ちを、拙い言葉でゆっくりと話す。実際に伝えられた言葉は少なく、あまりちゃんとした説明にはなっていなかったと思う。でも、課長は足りない私の言葉から、何か感じ取ってくれたのだろう。

「いっぱい悩ませてしまったね。ごめん」

 抱き寄せて、そう言ってくれた。そして。

「でも、それだけ悩んでくれたのは、嬉しいな。電車の俺も、会社の俺も、香奈が悩むぐらい思ってくれていたんだよね」

 などと、気付いて欲しいけど言い当てられたくないことまで言われてしまって、いたたまれない。でも、分かってもらえるのはやっぱり嬉しくて、すごく課長らしくて、恥ずかしいけど、幸せだと感じる。



 今日も二人で電車に乗る。満員電車の中、私をかばうように課長が腕を回してくれるけど、その手は私を優しく抱きしめるだけ。
 前から伸びてきている腕を見て、それまでと伸ばされる方向が逆だなぁ、なんて考えて。顔を上げると課長と目が合って、二人でくすりと笑みを交わす。

 これからは、電車の中での甘いけど苦くて切なかった時間を持つことはもうない。



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