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38 君がしあわせになれるよう、祈ってるよ4(完結)
しおりを挟む真剣に、哀れみの混じった悲痛さを携え、誠実に、切実にクリスが訴えれば訴えるほど、ギャラリーは震えながらうつむくしかできなくなる。
「ぐっ」と、すぐ隣で咳を堪えるライオネルの声が聞こえて、振り返ると、彼は口元に手を当てて震えている。クリスがのぞき込めば「なんでもない」と、声と身体を震わせながら手と首を振った。
「だ、だいじょうぶですか? どっか苦しいんですか?」
こんな様子のライオネルを見たのは初めてで、クリスは慌ててその背中をさする。ライオネルは目に涙を溜めて、再びなんでもないと首を横に振るが、時々、くふっと苦しそうに息を漏らして、肩を震わせつづけていた。
「い、いや、大丈夫だ。君も伝えなきゃいけないことは言えたみたいだし、そろそろ行こうか?」
「はい!」
涙をぬぐったライオネルが、笑顔でクリスに言う。苦しそうだったが、なんだか楽しそうなのはクリスにも伝わり、大丈夫かな、と納得する。
クリスは、今までの胸のつかえが取れたようなすっきりした気持ちで、前の恋人に「じゃあね」と手を振る。
「僕は君がしあわせになれるよう、祈ってるよ。……がんばってね!!」
ぐっと両手に力を入れて元恋人を応援するクリスに、ライオネルがこらえきれずに「……ぐっ」と咳き込むような息を漏らした。そして周りでも次々と「ぐふっ」という、吹き出すような音が聞こえる。
いったい、ナニをがんばれというのか。
「うるせぇ!!!」
叫んだ元恋人はクリスにつかみかかろうとして、しかし一歩踏み出したライオネルに気づき、グッと身体を強ばらせる。
ライオネルがクリスに「ここで待っていてくれ」というと、元恋人の元に歩み寄った。一瞬ひるんだ元恋人だったが、ライオネルがなにかをぼそぼそと話しかけて、胸元から取り出した紙切れを一枚渡した。
眉を顰めた元恋人はいぶかしげに受け取った後、小さく舌打ちをすると、きびすを返して去って行った。
「困ると殴る癖のあった人だったけど、さすがにライオネル様には手を上げられなかったんですね」
どんな乱暴な人でもライオネルを相手にすると、大抵の者がひるむ。元恋人も例に漏れず、そうだったらしい。
「なにを話したんですか?」
「いや、君は彼に世話になったと思っているんだろう? だから、ちょっと、お礼をね」
にっこりと笑ったライオネルに、クリスは「さすがライオネル様……!」と笑顔で納得する。
ライオネルは、笑顔のクリスを見つめながら、ぐりぐりとその頭を撫でた。
周りはよくわからないまま、絡まれていたクリス達の奮闘を讃えるようにパチパチと拍手が上がる。にこにこと僕を見ながら頷いてくれる人もいる。
ライオネルは苦笑いをしながら「ほら、解散だ」と、彼らに散れというように手を振る。
クリスはよくわからないながらも、なんかお祝いされているようだ、と、とりあえず、にこにことそちらに手を振った。
「クリスは、強いしかっこいいな」
頭を撫でる手つきは優しい。視線を上げれば優しい目をしたライオネルがいる。
「……僕が?」
「ああ。私にはクリスのようなしなやかな強さはないから、君が私の恋人として隣にいることが、とても誇らしく思える」
「ええ?!」
どうしてそんな話になるのかよくわからずに、クリスは手を上げたり下げたり、キョロキョロしたり、変な動きをしてしまう。
「ぼ、僕も、ライオネル様の恋人になれて、とても、ほ、誇らしいです……!!」
クリスがライオネルの手をぎゅっと握ると、大きな手が応えるように握り返してくれる。
小さく笑い合った後、「じゃあ、いこうか」とライオネルが約束していた買い物へと促して、クリスは「はい」と頷くと、二人並んで歩み始める。
当たり前になった日常がここにあった。以前のクリスには想像すらできなかったしあわせな毎日だ。
ライオネルに拾われて、全てがひっくり返ったかのように変わった。
あなたに出会えたのが、僕の一番の幸せです。
出逢いに、そしてライオネルに、心の中で祈るような気持ちで感謝する。
ずっとずっと、こうして二人でいられますように。
二人で同じ行き先を見つめて並んで歩きながら、クリスは微笑んだ。
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