恋人に捨てられた僕を拾ってくれたのは、憧れの騎士様でした

水瀬かずか

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26 好き、だったんです

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「最初に入った食堂でした。そこで働き口はないかたずねたら、そのまま雇ってくれて。幸運でした」

 食堂の店主と女将は、片や無口で、片や毒舌であった。クリスはいつも叱られてばかりいた。
 嫌われていたのだと思います、とクリスは呟いた。

 クリスはいつも二人をイラつかせてしまっていた。けれど、食堂の夫婦は優しかった。クリスが困っていると知ると、すぐに雇ってくれて、そのまま空き家をクリスの家に貸してくれた。どんなに仕事の手際が悪くても、怒るだけで、覚えるまで教えてくれた。手を上げることもなく、まかないの食事を抜かれることもなく、給金までしっかりとくれた。まともに生きてこられたのは、食堂の夫婦のおかげだ。

 話を聞いていたライオネルが、ゆっくり首を振る。

「私の目から見た食堂の元店主夫婦は、君のことを、かわいがっていたよ。とても大切にしていたように見えた」
「……え?」
「……とてもわかりにくかったから、最初は、それじゃ君には伝わらないと、ハラハラしたものだ」

 ライオネルが苦笑する。

「そ、で、しょうか……」
「当たりの強い人たちだったからな、嫌われていたと勘違いするのは仕方がない。けれど君は彼らを優しいと思ったのだろう? 助けられていたのだと感じたのだろう? あの不器用な優しさを受け取ってくれる君を、彼らはかわいがっていた」
「そん、な……」

「君は、いつもにこにこして二人をとても大切にしていたから、あの下手くそな愛情をわかっているのだと思っていた。私の目から見て、君が彼らから嫌われていると勘違いしているとは、気付かなかった」

「僕は、ご主人さんも、女将さんも、好き、だったんです……」

 返事をしてくれなくても当たり前のようにクリスの分までまかないを出してくれるご主人さんが。こんな事もできないのかと言いながらも、疲れた頃に、邪魔だから座ってな、と、休ませてくれる女将さんが。
 こんな優しい人たちまでも苛つかせる自分が嫌だった。でも見捨てずにずっと置いてくれた。そんなに儲けがあるわけでもないのに、必ず給金は渡してくれた。
 嫌われるのは自分が悪いのだから当然だ。

 それでも僕を気遣ってくれる優しい二人が、僕は好きだった。

「ああ、元店主の夫婦も、君のことを好きだったよ」
「ほんと、に……?」
「いつもにこにこして、自分たちを慕ってくる君を、嫌うわけがないだろう」

 その言葉に、なにか報われたような気がして、クリスの目にぐっと涙がこみ上げる。

「……嫌われて、なかったの、かな……」
「君の気持ちは、ちゃんと彼らに伝わっていたよ」
「僕は、ちゃんと、恩を、返せていたで、しょうか……」
「十分すぎるほど」

 クリスがぼろぼろと涙をこぼす。
 ライオネルは優しすぎるから、これが本当かどうかなどクリスにはわからない。けれど、胸に燻っていた罪悪感のような苦い気持ちが、少しだけ軽くなる。
 以前のクリスなら、そう言われてもきっと信じられなかった。でも今は、もっと前向きな気持ちで受け止めることができる。
 そうだったら良いな、と、クリスは願った。
 あの優しさが、僕を好きだと思ってくれたのなら、いいな、と。
 たまに見せてくれた二人の笑顔が、とても懐かしかった。










おまけ小話



元店主夫婦は、自分達がクリスを嫌っていると思われているなど、想像もしなかっただろう。
ライオネルは苦く笑った。
クリスの勘違いを知れば、彼らだけでなく、クリスも傷つく。元店主夫婦は、これからもクリスという気立てのいい子を雇っていた幸せな記憶だけ、もっていれば良い。

嫌われていたと思い込んでいたクリスの心を思えば、不幸なすれ違いにも思える。
しかし、もしクリスが元店主夫婦の好意に気付いていたら、あれほど上手くやっていけなかったのではないか、とも思えた。

クリスは「嫌われているのに、優しくしてくれる」と、元店主夫婦の好意を真っ直ぐに受け取ることができた。
それは、「人から嫌われているのが当たり前」のクリスからすれば、一番わかりやすく当たり前に受け取れる好意だ。
もし大切にされていると気付いていたのなら、クリスは「こんなに親切にしてくれているのに」と、出来ない事を悔やみ、恥じ、元店主夫婦の元にいるのが辛くなっていた可能性が高い。

ライオネルがクリスを連れてきてから、すぐに家から出て行こうとするクリスを、何度も引き留めた。言葉には出さなくても不安がっている様子は度々あった。その度に、彼が役に立っていることを伝え続けた。
あの口下手な元店主夫婦には、それをするのは難しいだろう。
悲しいすれ違いだった。けれど、幸運なすれ違いでもあったのだと、ライオネルは思った。


「隠居先についてこいとは言われなかったのか?」
「僕は行くつもりだったんですけど、何にもない村だから若いもんが来るもんじゃない、と言って。……お店をしないなら、僕じゃ、役に立てないから……」
「クリス、それは、言葉通りの意味にうけとってやれ……(憐れみ)」
「言葉通り?」
「若い人が田舎に来ても面白くないから、年寄りに付き合って田舎に来ることはないという、君の未来を想った、そのまんまの意味だ」
「言葉の、通り……」
「君は、大切にされていたよ」
「……はい」
「……(ついて行ってなくてよかった……ありがとう、元店主夫婦……ありがとう……)」



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