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18 いつまでも甘えていられない
しおりを挟む騎士ライオネルとの生活は、穏やかに過ぎていく。
クリスが彼の元で暮らすようになって一年以上が過ぎていた。
そろそろライオネル様の家を出る覚悟をしないとな……。
ほんとうはもっとずっと前に家を出るだけの金額が貯まっていた。けれど一年が経って間もない頃に、ライオネルがクリスに言ったのだ。
「クリスとの時間が楽しくて、そんなに経った気がしないな。でも、何年もずっと一緒にいたような居心地の良さがあるから、不思議だ」
こんな事を言われて、お祝いまでされてしまうと、このままずっとこの家にいて良いような気がして、クリスは言い出せずにいた。
けれど、いつまでも甘えていられない。治安のいいこの家の近くで部屋を借りても、しばらくの生活が大丈夫なほどお金を貯めることが出来たのだ。今、クリスは人生で一番お金持ちになっている。そして給金が支払われる度に最高値を更新している。
もしライオネルが許してくれるなら、このまま家の家事をまかせてほしいなと思っている。老夫婦も、このまま雇ってくれるだろうか。
悩む気持ちとは裏腹に、きっと大丈夫だろうと、クリスは意外と楽観的だ。
以前のクリスではあり得なかったことだ。
騎士も老夫婦もクリスにとって底抜けに優しい人たちだった。
そんなことはない普通だと否定されたが、それまでクリスが出会ったことがないぐらい優しい人達だ。
けれどやはり、誰よりも優しいのが、クリスを拾ってくれたライオネルだ。
彼は最初からずっと、クリスの力になってくれた。
けれど、あの当時のクリスが思っていた以上に、ライオネルは先のことを考えてくれていた。
最初にクリスが気付いたのは、給金のことだ。ライオネルが金銭という形ににこだわったのは、クリスがこの家にいて良い理由を作るためだったのは間違いない。しかしそれだけでなく、クリスがお金を使うことを気に病まなくてすむようにという思惑もあったのではと、感じている。
もし給金でなかったら、家事をしても、クリスは自分がライオネルにとってなんの役にも立っていないと感じていただろう。
給金という形で、自分の働いた成果だという自覚を持たせてくれた。役に立っているのだと思わせてくれた。自分の自由にできる金銭なのだと思わせてくれた。
おそらくクリスに自信を与える手段でもあったのだ。
ライオネルの誕生日にクリスはスカーフを渡した。それはクリスが選んで買った物だ。その時出せる精一杯の金額だったが、もし小遣いとして渡されたお金であれば、ライオネルのお金で、欲しいとも言われていない物を買うことはできなかっただろう。
プレゼントを自信もって買えたのは、自分の働いたお金だと思えたからだ。
その時、ライオネルがクリスの誇りを守ってくれていたのだと、気付いた。
少しずつ、以前とは違う物事が見えるようになってきていた。
今のクリスは、以前のクリスとは少しだけ違う。騎士の優しさも、老夫婦の優しさも、心から信じられるのだ。
きっと、クリスがここにいたいと言えば、ライオネルは断らないだろう。それもわかっている。けれど、甘え続けるのはイヤだと思うようにもなっていた。
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