13 / 48
13 体はつらくないか?
しおりを挟む騎士は帰ってくるなり、ただいまの言葉もそこそこに、良い匂いをかいで、笑顔になった。
「クリス、もしかして、食事を作ってくれたのか? いい匂いだ。これはありがたいな。外へ出なくてもすむ」
うまくできているか不安を抱いていたクリスは、騎士から驚かれ、あまつさえ感謝されたことに驚いた。
「掃除もしてくれたのか? こんなに綺麗になっていると、うれしい物だな。身体も治ってないのに、大変だっただろう」
食事が楽しみだといそいそと着替えている間にも、騎士はそこかしこが掃除や整頓されていることに気付いて、クリスを褒めた。
「こんなところまで。ずいぶん頑張ってくれたな、ありがとう。……体はつらくないか?」
「大丈夫です!」
クリスは慌てて首をふる。
騎士はクリスの頑張った跡に気付く度にうれしそうにして、その都度感謝してくれる。そしてクリスをすごいと褒めてくれる。信じられないほど幸せだった。
ちょっとできてないところがあっても騎士なら許してくれるだろうとは思っていた。
でも、まさか、褒められるだなんて。
うれしくて嬉しくて、ふわふわと夢見心地のクリスに、騎士が提案した。
「君さえかまわなければ、このままうちの家事を住み込みでやってくれないか?」
「いいん、ですか」
「私が頼んでいるんだ。まだ君は身体が万全ではないし、それまでは、君がしんどくない程度にして欲しいが」
クリスはその言葉に飛びついた。それなら子供の頃、親戚の家にいた頃と一緒だから大丈夫だ。
けれど、ふと不安になる。あの頃に「ただ飯ぐらいが」と怒られていたことを思いだしたせいだ。
住まわせてくれる分のお金を渡さないと、と気付き「じゃあ、まずは仕事探しですね!」と、騎士に笑顔で言った。自分は騎士にとって迷惑にならないのだという精一杯のアピールだ。
うれしくて、浮かれていた。ここにいたいとうまく伝えることのできないクリスの、ささやかな自己主張だった。
クリスは、この優しい人と一緒にいたかったのだ。
ところが、驚いたのは騎士だ。
家事を頼んだのは、クリスに「この家にいる理由」を与えるためだった。頼まれたのなら、遠慮して家から出て行くようなことにならないだろうとふんだのだ。
それが何故、仕事探しになるのだ。
クリスの自己評価の低さは、騎士の考える更に斜め下方向に修正する必要があるようだ。
騎士はクリスになにかを求めるつもりはなかった。ほんとうは家事も今まで通り外注すれば良いことで、クリスにはゆっくりと体と心を休めて欲しかった。けれど、ただ家でゆっくりしろと言うのは気に病むだろうと、家賃の代わりに家事をお願いしたつもりだったのだ。
騎士は困惑していた。だが、それを見たクリスもまた、泣きそうになっていた。
「このおうちでしたら、家賃はどのくらいでしょう……」
なぜ、家賃――……。
二人の溝は深かった。
43
お気に入りに追加
1,494
あなたにおすすめの小説
あまく、とろけて、開くオメガ
藍沢真啓/庚あき
BL
オメガの市居憂璃は同じオメガの実母に売られた。
北関東圏を支配するアルファの男、玉之浦椿に。
ガリガリに痩せた子は売れないと、男の眼で商品として価値があがるように教育される。
出会ってから三年。その流れゆく時間の中で、男の態度が商品と管理する関係とは違うと感じるようになる憂璃。
優しく、大切に扱ってくれるのは、自分が商品だから。
勘違いしてはいけないと律する憂璃の前に、自分を売った母が現れ──
はぴまり~薄幸オメガは溺愛アルファ~等のオメガバースシリーズと同じ世界線。
秘密のあるスパダリ若頭アルファ×不憫アルビノオメガの両片想いラブ。
【完結】捨てられた侯爵令息は、王子に深い愛を注がれる
藍沢真啓/庚あき
BL
特異体質を持つエミリオ・スーヴェリアは、クライド・レッセン伯爵と結婚して三年経ったある日、エミリアという子爵令嬢と逢瀬をしている場面を見てしまう。しかも彼女のお腹には夫の子供を宿しているという。
一度も自分に触れなかった夫の不貞を目撃したエミリオは、夫の両親からも跡継ぎを産めない役立たずのレッテルを貼られ、実の両親からも特異体質のせいで見放され、傷心のまま祖父母のいる領地へと向かう。
一年後、次第に心を癒していくエミリオの元に、国の第二王子であるフレデリクが訪れて突然求婚される。
戸惑いながらもフレデリクの愛を受け入れるエミリオは、ある日、元夫だったクライドからフレデリクがエミリオを手に入れるために画策しているのを聞かされ――
その頃、王都では猟奇的な薬が蔓延しだし、フレデリクはエミリオの実家であるスーヴェリア侯爵家が事件の渦中にあると知り動き出すが、事実を知ったエミリオはフレデリクとすれ違うように。
そしてふたりの亀裂を狙ったかのように、とある人物の魔の手がエミリオに迫り出す。
執着腹黒王子×特異体質の不憫令息(バツイチ)
【完結】売れ残りのΩですが隠していた××をαの上司に見られてから妙に優しくされててつらい。
天城
BL
ディランは売れ残りのΩだ。貴族のΩは十代には嫁入り先が決まるが、儚さの欠片もない逞しい身体のせいか完全に婚期を逃していた。
しかもディランの身体には秘密がある。陥没乳首なのである。恥ずかしくて大浴場にもいけないディランは、結婚は諦めていた。
しかしαの上司である騎士団長のエリオットに事故で陥没乳首を見られてから、彼はとても優しく接してくれる。始めは気まずかったものの、穏やかで壮年の色気たっぷりのエリオットの声を聞いていると、落ち着かないようなむずがゆいような、不思議な感じがするのだった。
【攻】騎士団長のα・巨体でマッチョの美形(黒髪黒目の40代)×【受】売れ残りΩ副団長・細マッチョ(陥没乳首の30代・銀髪紫目・無自覚美形)色事に慣れない陥没乳首Ωを、あの手この手で囲い込み、執拗な乳首フェラで籠絡させる独占欲つよつよαによる捕獲作戦。全3話+番外2話
俺のかつての護衛騎士が未だに過保護すぎる
餡子
BL
【BL】護衛騎士×元王子もどきの平民
妾妃の連れ子として王家に迎え入れられたけど、成人したら平民として暮らしていくはずだった。というのに、成人後もなぜかかつての護衛騎士が過保護に接してくるんだけど!?
……期待させないでほしい。そっちには、俺と同じ気持ちなんてないくせに。
※性描写有りR18
隠れて物件探してるのがバレたらルームシェアしてる親友に押し倒されましたが
槿 資紀
BL
どこにでもいる平凡な大学生、ナオキは、完璧超人の親友、御澤とルームシェアをしている。
昔から御澤に片想いをし続けているナオキは、親友として御澤の人生に存在できるよう、恋心を押し隠し、努力を続けてきた。
しかし、大学に入ってからしばらくして、御澤に恋人らしき影が見え隠れするように。
御澤に恋人ができた時点で、御澤との共同生活はご破算だと覚悟したナオキは、隠れてひとり暮らし用の物件を探し始める。
しかし、ある日、御澤に呼び出されて早めに家に帰りつくと、何やらお怒りの様子で物件資料をダイニングテーブルに広げている御澤の姿があって――――――――――。
騎士団長である侯爵令息は年下の公爵令息に辺境の地で溺愛される
Matcha45
BL
第5王子の求婚を断ってしまった私は、密命という名の左遷で辺境の地へと飛ばされてしまう。部下のユリウスだけが、私についてきてくれるが、一緒にいるうちに何だか甘い雰囲気になって来て?!
※にはR-18の内容が含まれています。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
悪役令息だったはずの僕が護送されたときの話
四季織
BL
婚約者の第二王子が男爵令息に尻を振っている姿を見て、前世で読んだBL漫画の世界だと思い出した。苛めなんてしてないのに、断罪されて南方領への護送されることになった僕は……。
※R18はタイトルに※がつきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる