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2 どうしたんだ、こんなところで2

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 薄暗くなった街をクリスはあてどなく歩いて、なんとなく立ち止まると、ちいさく溜息をついた。
 今日中に出ていくように言われた家を出て、行く場所もない。
 たった今、借りていた家の鍵を家主に返してきた。
 もっとはやく持ってこいと怒鳴られて、何度も謝って、目の前で扉を閉じられて、もう一晩、家で眠らせてほしいと、申し出ることもできなかった。

 暴行のあと、片付けている内に日が落ちていた。クリスはとぼとぼと夜の街を歩く。この辺りは住宅地で、どの家もが扉を閉じて辺りは暗い。月明かりだけが頼りだが、それも雲に隠れて薄暗い。
 クリスの荷物は多くない。家の中の物もほとんどがその家に元からあった物を使わせてもらっていた。自分の物と言えるのは、今背負っているバッグに収まるだけの物しかない。

 金目の物は、既に元恋人であった男に売り払われていた。その事に特に不満があったわけではない。それで側にいてくれるのであれば、それでも良いかと思っていた。元々、それほど多くは必要ないのだ。
 けれど、とクリスは現状の心許なさに、不安をいっぱいにして、困り果てていた。今となっては、一晩どこかに泊まれるだけのお金ぐらいは欲しかった。

 ずっと食堂で働いていたが、昨日クビになった。
 クリスにとって今日は、ひどい一日となった。
 職をなくし、住む場所をなくし、部屋に居座っていた恋人は、部屋を出なければいけないと伝えた途端怒りだして捨てられた。
 クリスはどうしたら良いか分からず、途方に暮れていた。ひとまず泊まれるところはないかと、無駄とわかりながら歩いた。次の住む場所も見つからないまま部屋が使えなくなったのだ。もう少し早く言ってほしかったが、きっと仕方がなかったのだろうと、溜息をついた。

 僕が、どんくさいから、いけないんだ。

 きっと、堪えきれなくなったのだろうとクリスは考えた。だから、きっと、仕方がないのだと。
 クリスにとって、世の中とは、そういう物だった。それを厳しいとすら思ったことがない。ずっとそれがあたりまえだった。それゆえに、おかしいと訴えることもできない。
 クリスは現状に疑問にすら感じていなかった。

 バッグひとつに入った全財産を抱えて人通りもほとんどない町中で呆然と佇んでいた。
 この辺りは、宿屋や飲み屋があるため、どこかのお店にお願いできないだろうかと足を運んだのだが、声をかけたどの店でも、お金がないとわかると叩き出された。

「君、あの食堂で働いていた子じゃないか?」

 声をかけられたのは、何もかもを諦めて、ぼんやりしている時だった。
 雨がポツポツと落ちてきはじめて、雨宿りできるところを探さないとな……と空にばかり気を取られていたのだろう。側に人が近づいていたことにすら気付いていなかった。
 驚いてそちらを振り返ると、クリスの働いていた食堂の常連の騎士がそこにいた。
 その身体は、こんな夜に見るとひどく大きくて厳つく感じた。顔も心なしか怖く見える。
 けれど、普段はなんでもない言葉を交わすこともある、気さくなお客さんだ。顔は難しい顔をしているが、凜々しくて、真面目そうな雰囲気がして、クリスは好ましく思っていた。食堂の店員にさえいつも優しい騎士様は、クリスの憧れだったのだ。

「あ、あの、こんばんは」

 突然の出会いに、クリスはどう答えたら良いか分からず、ようやく出てきたのは挨拶の言葉だった。

 こんな気のきかない返事しかできないから、ダメだと言われるのかな……。

 挨拶をしてから、クリスは自分のつまらなさに恥ずかしさが込み上げ、同時に気が沈む。
 そんな想いとは裏腹に、騎士がうれしそうに微笑んだ。

「ああ、こんばんは。どうしたんだ、こんなところで。もうすぐで雨が強くなるぞ」

 心配しているとわかるその言葉に、クリスは泣きたいような嬉しさが込み上げて、へにゃりとした、力の抜けた笑みを浮かべた。
 なんでもないフリをして向けた笑顔だったが、騎士の庇護欲をかき立てるには十分だったようだ。

「食堂の朝ははやいのだろう? 早く帰って寝た方が良いのではないか?」

 この騎士様は、いつもそうだった、とクリスの胸が温かくなる。厳つくて大きな身体をしてるのに、顔もとても厳しそうな顔をしてるのに、喋る声は穏やかで、その言葉はいつも優しいのだ。だから、食堂にこの騎士が来た時は、それだけでうれしくなっていた。話しかけられると、いつも嬉しくて、一日が幸せな気持ちでいれた。
 今日も憧れの騎士は、クリスのことを気遣ってくれるのだ。




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