155 / 163
後日談
番外編2 餞別の意味
しおりを挟む「お前の中で、随分と俺は美しく脚色されていたようだな」
正臣が、さもおかしそうに肩を揺らして小さな盃を傾ける。
そんな風に笑い合えるようになった頃、別れの日の話を肴に酒を飲んでいた。
共に過ごすのが常になってしまえば、辛かった何もかもが笑い話だ。けれど、三十余年も前の話を、おかしなほど互いがよく覚えていた。
「脚色でもしないと、耐えられないだろう」
苦い顔をして、むっつりとルカが溜息をついた。
「だいたい、他にも言い様があったと思うんだよ。もし再会したとき互いに独り身だったらとか……」
「そんなこと言おう物なら、自分を疑うのかと、怒り狂うお前が目に浮かぶようだ」
「……そうかもな!」
否定できないところが悔しい。ルカはなんとか一矢報えないかと、記憶を探る。
「そもそもだ、アレは何だったんだ。あの、餞別。別れるっていうのにキスして餞別って……あんなの余計に心に残るだろうが」
餞別にキスしてくるなどあの傲慢さは何だったのかと溜息をつけば、正臣はやはり楽しげに笑う。
「俺は、覚えておくつもりで餞別にもらったんだから、それでよかったんだよ」
「覚えておくつもりで……って、え? ちょっと、正臣さん。は? もらった? あれ、正臣さんが餞別にと、私から奪ったって事か?」
三十余年信じていた出来事が覆されて、ルカは衝撃を受けた。
てっきり、ルカが帰るにあたり「餞別にキスをくれてやるから後生大事にしとけ」とでもいう意味とばかり思っていたのだ。
……逆?
ルカへの餞別ではなくて、正臣への餞別だったらしい。
まさかの事実に動揺した。
あたりまえのような顔をして、盃を傾ける正臣をまじまじと見つめる。
私のキスを餞別に……正臣さん、かわいくないか……?
五十も半ばを過ぎたルカは、当時の正臣を必死で思い返し、三十代半ばの正臣の純情に胸を貫かれる。
堪えきれず、天を仰いで、両手で顔を覆ったまま悶える。
「……他に何があると」
「……私への、餞別かと……」
震える声で、ルカは正臣をうかがい見る。正臣が目を瞬かせた。その直後、はじけるように正臣が笑う。
「はははは! お前、アレを、俺からの餞別と思っていたのか!」
「そうだよ! 酷い事するなって思ったよ!」
「違いない! そいつは随分とシケた餞別だったなぁ!」
クククッと肩を揺らしながら笑い続ける正臣に、ルカはむっつりと顔を顰めた。
「シケてるわけないだろう」
「そうか?」
「そうだよ。だからその餞別を後生大事に覚えてるんだから。なに? 正臣さんにとって、シケた餞別だったのか? 私とのキスは」
五十も半ばの男が不貞腐れた様子で、楽しげに肩を揺らす正臣を睨め付ける。それを気にした様子もなく、彼は笑い続けている。
「ふふっ、はははっ。いや、無理矢理奪ってお前を怒らせたことはよく思いだしていたな。……もっとも、厳ついオヤジの口付けと、若い色男の口付けとでは、価値が違うだろう?」
クククッと、正臣は楽しげに、肩を揺らす。
「私にとっては、誰からよりも価値がある口付けだったけどな。……あなたは違うのか?」
「違わねぇな。……お前だからこそ、意味がある」
「……あれは、私にとっても、餞別だったよ」
笑う正臣に溜息をつくと、ルカは自分が文句を言っていたことも忘れて、懐かしいひとときを偲んだ。
医者に止められ、互いに少々嗜む程度の晩酌だ。格別酔うほどの物でもないが、多少滑らかになる口は、長く離れた時間を偲ぶには悪くなかった。
10
お気に入りに追加
290
あなたにおすすめの小説
異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。
やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。
昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと?
前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。
*ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。
*フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。
*男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
人生に脇役はいないと言うけれど。
月芝
BL
剣? そんなのただの街娘に必要なし。
魔法? 天性の才能に恵まれたごく一部の人だけしか使えないよ、こんちくしょー。
モンスター? 王都生まれの王都育ちの塀の中だから見たことない。
冒険者? あんなの気力体力精神力がズバ抜けた奇人変人マゾ超人のやる職業だ!
女神さま? 愛さえあれば同性異性なんでもござれ。おかげで世界に愛はいっぱいさ。
なのにこれっぽっちも回ってこないとは、これいかに?
剣と魔法のファンタジーなのに、それらに縁遠い宿屋の小娘が、姉が結婚したので
実家を半ば強制的に放出され、住み込みにて王城勤めになっちゃった。
でも煌びやかなイメージとは裏腹に色々あるある城の中。
わりとブラックな職場、わりと過激な上司、わりとしたたかな同僚らに囲まれて、
モミモミ揉まれまくって、さあ、たいへん!
やたらとイケメン揃いの騎士たち相手の食堂でお仕事に精を出していると、聞えてくるのは
あんなことやこんなこと……、おかげで微妙に仕事に集中できやしねえ。
ここにはヒロインもヒーローもいやしない。
それでもどっこい生きている。
噂話にまみれつつ毎日をエンジョイする女の子の伝聞恋愛ファンタジー。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
俺を助けてくれたのは、怖くて優しい変わり者
くるむ
BL
枇々木尚哉は母子家庭で育ったが、母親は男がいないと生きていけない体質で、常に誰かを連れ込んでいた。
そんな母親が借金まみれの男に溺れたせいで、尚哉はウリ専として働かされることになってしまっていたのだが……。
尚哉の家族背景は酷く、辛い日々を送っていました。ですが、昼夜問わずサングラスを外そうとしない妙な男、画家の灰咲龍(はいざきりゅう)と出会ったおかげで彼の生活は一変しちゃいます。
人に心配してもらえる幸せ、自分を思って叱ってもらえる幸せ、そして何より自分が誰かを好きだと思える幸せ。
そんな幸せがあるという事を、龍と出会って初めて尚哉は知ることになります。
ほのぼの、そしてじれったい。
そんな二人のお話です♪
※R15指定に変更しました。指定される部分はほんの一部です。それに相応するページにはタイトルに表記します。話はちゃんとつながるようになっていますので、苦手な方、また15歳未満の方は回避してください。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる