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3章
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歯を食いしばりながら、ルカは丘の上を目指す。握りしめた拳が感覚を失いかけていたが、力を入れていないと耐えられなかった。
愚かしい自らに怒りがわく。
無知だったあの頃の自分にも、そして、それだけ苦しめてもなお、待ち続けてくれている彼の存在に、どうしようもなく喜びが込み上げる自分自身にも。
脇道の先に丘が見える。そこにあるのは、立派な枝振りの木が一本。桜の木だ。
あそこだ。あの日、正臣さんと来たあの丘だ。あの一本桜だ。
今はまだ冷たい風に晒されて、寒そうに枝を伸ばしているだけだが、あの木に間違いはなかった。
そしてその木のほど近く、町の者が口をそろえて語った通りに、その老人はいた。
遠い昔に見た光景が、脳裏によみがえる。美しい美しい満開の桜。彼と並んで見つめた、あのひととき。
胸がつまる。ルカは込み上げる嗚咽を堪えた。
見えるのは小さな人影だ。けれど、確信があった。
進むごとに、その人影が確かになってゆく。
自分に泣く権利などない。彼に三十年という苦しみを課したのは他でもない自分自身だ。
けれど足を進めるごとに、景色が滲む。勝手に、後から後から涙が溢れるのだ。
その人の姿をはっきり見たくて、何度も何度も目元をぬぐった。小さく見える、その立ち姿には、確かに見覚えがあった。
体中が歓喜に包まれる。自身への怒りも何も消え去っていた。
正臣さん。
おぼろげだった記憶が、一瞬にして鮮明な記憶となってよみがえる。間違えようもなく、彼の立ち姿だった。
その後ろ姿は、ずっと思い描いていたその人そのものだった。年老いてもなお、伸びた背筋も、鍛えられていたのだろうとわかる引き締まった身体も。
約束した場所に、彼はいた。
彼が、そこにいるということ、存在しているということ、ルカの心にはただそれだけしか残っていなかった。
……正臣さん。
震える吐息に掻き消されるような声が、彼の名を呼んだ。
そこに彼がいる。その事実になにもかもが満たされてゆく。
待たないといった癖に。
心の中で彼をなじった。
あなたは嘘つきだ。優しい優しい、残酷な嘘ばかりつく。
その残酷なまでの優しさに、私は救われてきた。三十年経ってなお、今もまだ、救われるのだ。
愚かしい自らに怒りがわく。
無知だったあの頃の自分にも、そして、それだけ苦しめてもなお、待ち続けてくれている彼の存在に、どうしようもなく喜びが込み上げる自分自身にも。
脇道の先に丘が見える。そこにあるのは、立派な枝振りの木が一本。桜の木だ。
あそこだ。あの日、正臣さんと来たあの丘だ。あの一本桜だ。
今はまだ冷たい風に晒されて、寒そうに枝を伸ばしているだけだが、あの木に間違いはなかった。
そしてその木のほど近く、町の者が口をそろえて語った通りに、その老人はいた。
遠い昔に見た光景が、脳裏によみがえる。美しい美しい満開の桜。彼と並んで見つめた、あのひととき。
胸がつまる。ルカは込み上げる嗚咽を堪えた。
見えるのは小さな人影だ。けれど、確信があった。
進むごとに、その人影が確かになってゆく。
自分に泣く権利などない。彼に三十年という苦しみを課したのは他でもない自分自身だ。
けれど足を進めるごとに、景色が滲む。勝手に、後から後から涙が溢れるのだ。
その人の姿をはっきり見たくて、何度も何度も目元をぬぐった。小さく見える、その立ち姿には、確かに見覚えがあった。
体中が歓喜に包まれる。自身への怒りも何も消え去っていた。
正臣さん。
おぼろげだった記憶が、一瞬にして鮮明な記憶となってよみがえる。間違えようもなく、彼の立ち姿だった。
その後ろ姿は、ずっと思い描いていたその人そのものだった。年老いてもなお、伸びた背筋も、鍛えられていたのだろうとわかる引き締まった身体も。
約束した場所に、彼はいた。
彼が、そこにいるということ、存在しているということ、ルカの心にはただそれだけしか残っていなかった。
……正臣さん。
震える吐息に掻き消されるような声が、彼の名を呼んだ。
そこに彼がいる。その事実になにもかもが満たされてゆく。
待たないといった癖に。
心の中で彼をなじった。
あなたは嘘つきだ。優しい優しい、残酷な嘘ばかりつく。
その残酷なまでの優しさに、私は救われてきた。三十年経ってなお、今もまだ、救われるのだ。
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