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3章

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 怒りだ。
 ルカの中に込み上げていたのは、どうしようもない怒りだ。
 何も知らず、他人事として人の色恋を楽しむ彼女たちへの怒りだ。

 それは笑って話すことなのか。それは他人が楽しむようなことなのか。人の苦しみを娯楽にして楽しいのか。

 理不尽だとわかっていても、許せなかった。

 待ち続けることが、素敵だと……? ロマンティックだと……?

 そんなことがあるわけがない。そんな甘さなど、どこにあるというのだ。
 何年も桜の木に通い続ける、……彼女たちの様子からすれば、十年以上は恋人を待ち続けているという、その老人が正臣なのだとしたら。
 血の気が引く思いでそれを想像した。

 もし、正臣だったなら。

 震える手で口元を覆う。
 ルカは己の残酷さに震えた。

 ……素敵? ……素敵だと? なにが素敵だ。待ち続けることのなにが素敵だというのだ……!!
 
 噛みしめた奥歯が、ギリギリと音を立てた。握りしめた拳が震える。

 なにが素敵だ! なにがロマンティックだ!!
 いつ戻るやもしれぬ、戻ってこないかもしれぬ者を待ち続ける苦しみの、なにが素晴らしいものか……!!
 三十年……三十年だ……!! 

 ルカは自分が苦しみ続けた三十二年を思う。

 ならば、彼の三十年は……!! 待っていてくれと言われて、自ら突き放したあとも、あてどなく待ち続けていた、彼の三十年は……!!

 想像だけでおぞましい。当てのない未来を待ち続けることがどれほど苦しいか。どれほど虚しいか……。
 その苦しみを、ルカは嫌というほど知っている。あやふやな記憶を頼りに、ただただ耐える苦しさを知っている。

 ロマンティックなどであるものか。三十年の苦しみを知っていて、素敵などと、誰が軽々しく言える物か……!!
 素敵だと? どこがだ。これを、残酷といわずして、何だというのだ……。

 漏れる嗚咽をルカは必死で堪えた。
 待っていろなどと、ルカが言ってしまったがために、約束などと無理矢理押し付けたがために、彼は三十年をあてどない再会のために待ち続けたのか。

 なにが素敵なものか……。こんな残酷な仕打ちの、なにが素敵だというのだ……。

 己の無知な残酷さの結果に、ルカは震えた。情けない。やるせない。己と同じ苦しみを、いや、おそらくはそれ以上の苦しみを、彼にも課したのだ。
 この仕打ちが、素敵などと言う言葉に装飾されて、許されて良いはずがない。
 自分へ向かう怒りを、どう受け止めれば良いのか分からない。

 ロマンティックだと頬を染めた先ほどの女性達を思う。
 彼女たちは幸せだ。この苦しみを知らない。知らない者がそれを尊ぶのは、当然なのだろう。あてどなく待つ苦しみなど、知らぬままでいい。その幸せを築いたのが、正臣らの功績なのだ。

 彼女たちは悪くない。愚かなのは自分だ。怒りを向けるべきは、ルカ自身なのだ。自分こそが、許せなかった。

 彼は軍人だ。そんな彼の三十年が安穏であったはずがない。過酷な日常で、寄る物もなく、ただ桜に願いを託す日々がどれほどつらいものであったかなど、考えるべくもない。
 彼が革命政府の要人となっていたというのなら、彼は私が東国に戻れない状況だったことをわかっていたはずだ。なのに先ほどの女性達が幼い頃には既に桜の元に通い続けていたというのなら、……それは、ひたすらに、私への願いではないか。

 私に会える日を、待ち続けてくれたということではないか。会えないとわかっていてなお、それを望んでくれていたということではないか。
 あまりにも非道いではないか。あまりにも残酷ではないか。

 ……なのに、それを喜ぶ私は、人でなしなのだろう。

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