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3章
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しおりを挟む桜などこの国では珍しい物ではない。愛されているが故に、いろんなところで愛でられている。
あの一本桜は、寺の道脇に入った先の丘にあったはずだ。寺周辺なら今も残っているかもしれない。
しかしながら、町並みのまるっきり違う地図を見てもわかるはずがなく、記憶を辿っても所々がどうにも曖昧で思い出せない。
桜の木を探しているといって人にたずねたところで、すぐ目的地にたどり着けると思うほど楽観視はできなかった。
とりあえず手当たり次第、教えられた場所を探し歩けば良いと、ルカは長期戦を覚悟していた。
ところが、当たりを付けて向かった先で聞いたのは、思いがけない言葉だった。
「丘の上の桜の木? 寺に登る途中……寺というと、いくつかあるが……そういや、あのじいさんのいる桜の木は、ここから一番近いな」
「……おじいさん、ですか?」
「ああ、あんたぐらいの上背の、この国の者にしては珍しいのっぽでがたいのいいじいさんが、よく桜の木のところにいるんだよ」
ルカの心臓が跳ねた。
ルカのように大きな体躯の東国人などそう多くはない。この町でも、ルカが会ったことがあるのは正臣ぐらいのものだ。
まさかとよぎった感情と共に、息苦しさを覚える。気が急くように心臓が胸を打つ。
とりあえず、向かう道を教えてもらい、わからなくなった先で、また人に聞く。
「ああ、あのおじいさんのいる桜ね。それは……」
たずねる先々で聞く、一人の老人の話。
心臓がドクドクと胸を打つのを、ルカは抑えられなかった。高揚とも違う焦燥感に追われるように先を進む。
まさかと思う。そんなはずがないと思う。けれど、もしかしたらと思う気持ちが止められなかった。
丘が近づいている。所々、見覚えのある景観が、それを感じさせる。
恐らくすぐ近くだろうというところで、子連れの女性達に出会い、桜の木への道をたずねた。
「お寺の近くの丘の上の桜の木? 丘だと……この辺りだと、あそこか、あっちよね……」
地名を挙げるが、ルカにはわからない。
「おじいさんがよくそこにいると、幾人かから伺ったのですが」
「おじいさん……?」
「じゃあ、ほら、あっちの丘の、あのおじいちゃんじゃない? ロマンティックな!!」
「あ、あの!!」
母親二人は、二人で納得し合って、きゃーっと声を上げた。
「ロマンティック?」
ルカが首をかしげると、弾んだ声で一人が頷いた。
「そうなんです。とても素敵なおじいちゃんで、私たちも子供の頃からお世話になってるんです。当時は散歩がてら見守りみたいなこともされてたようで、その方にお世話になってる方も多いんですよ。今はお年をとられて引退していらっしゃるみたいなんですけど、やっぱり、昔からこの辺りにいる方達からは、信頼も厚いみたいで……」
「その方の、名前とか……」
「あ……父とかは、たぶん知ってると思うんですが、私はちょっと覚えてなくて……」
彼女の言葉に、もう一人が相槌を打ちながら続ける。
「なんでも、今の政府より前の、革命政府の中枢にいた方だって聞いたことがあって。この辺りは、異国民の方が多くて、革命後の混乱も大きかったらしいんです。その中ですごく住民の力になってくれた軍人さんだったらしくて、この辺りの名士なんですよ。この町が安定したのは、その方のおかげだっていう話を聞いたことがあります」
「そうそう! ご年配の方達からは、本当に信頼が厚くて。私たちからすると、子供の頃よく挨拶をした優しいおじさん、って感じなんです」
話を聞きながら、正臣かもしれないと確信に似た気持ちが込み上げる。だとすると、彼女たちの言葉で、ルカはようやく三十年前の疑問に納得がいった。
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