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3章
143 4 約束の桜1
しおりを挟む久しぶりに降り立った東国に、ルカは懐かしさと切ないような胸苦しさを覚える。
日中は少しあたたかいが、肌寒い季節だ。所々、梅の花が咲いているのを見つける。
庭先に梅のある景色を見て、東国に戻ってきたのだと実感した。
姉家族とアンナ、そしてあの地で得た友人や仲間達に、もう戻らないだろうと別れを告げての帰国だった。泣かれはしたが、ずっと戻りたがっていることを誰もが知っていたため、祝いと共に見送られた。
求める物に手が届かない、辛い三十余年だった。だが決して不幸ではなかった。人に恵まれ、思い出す記憶は絶えることのない感謝で溢れている。決して寂しいだけの別れではなかった。
少しの物寂しさを振り切り、晴れやかな気持ちで歩く東国の地は、懐かしくも、物珍しい。
三十二年という年月は、大きく町並みを変えていた。
育った町は、建ち並ぶ家の半数が見知らぬ物になっていたし、そうなると、知った町ですら、知らない物に変化している。
両親の残した商会に顔を出し、当時世話になった者を見つけて再会を喜んだ。
両親は既に亡くなっている。もはや東国の商会にルカは必要はない。何かあれば力になるが、引退した自分がこの商会にとどまればいらぬ憶測を呼んで迷惑になるからと、数日滞在して、商会をあとにした。
そして、ずっと帰りたかった彼の住む町に到着したのは、東国に渡って一週間後のこと。
そこは都から離れた地方都市だ。
三ヶ月かけて移動したあの道のりも、蒸気船で移動すれば、ほんの一日だ。三十二年前に旅だった港に降り立ち、半日かけて懐かしい町へとたどり着く。
そこもやはり、見知らぬ町へと変化していた。
地図と記憶を頼りに、自らが滞在していた異国民街を探す。そこに当時のアパートは残っていたものの、ほとんどが新しい住宅地になっていた。
当時人の流れの多かったこの町は特に、鎖国と共に生活が変容したのだろう。
西国風の建物は作りが頑丈なためか、いくつか残っていたものの、町並みそのものが別物だった。
そして、軍の施設であった宿舎も取り壊されて、今はもうない。他の施設も移設されており、以前いた者を探したいと申し出たところで、三十年前の情報がどれだけ残っているものか分かったものではない。
彼がどこに行ったかなど、すぐに分かるような状況ではなくなっていた。この町にいるかどうかも危うい。
一年しか滞在していなかった町並みを、地形だけで記憶と一致させるのは、もはや難しい。三十二年という時間の重さをまざまざと突きつけられた。
当時十八だったルカは、先日五十一を迎えた。
あの頃生まれたばかりだった甥は、十年も前に結婚をして、その子供達は上の子がもう八歳。元気に走り回っている。
変化した何もかもが、過ぎた年月を否応なしに感じさせた。
いまだ続く、見通しの付かない困難を前に、今更だと溜息をついた。ここでひと月やふた月かかったところで大差ない。
せめてもと、到着したその日に向かうことにしたのは、桜の木だ。正臣と見に行こうと約束して、行けないままとなった場所だ。
当時、ちょうど見頃の大きさに育った枝振りのいい桜だった。まだ健在なら、立派な木になっていることだろう。まだ桜の季節ではないのが残念だ。
とはいえ、どこにあるのかが思い出せない。普段行くような場所ではなく、正臣に連れられていった場所だ。どう探した物かと、困ってしまった。
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