上 下
142 / 163
3章

141 3-15

しおりを挟む

 けれど、ふとした瞬間、彼の声がよみがえり、彼の笑顔が心に浮かぶ。よみがえるその瞬間は、ひどく鮮やかで声も姿も鮮明だ。なのにその一瞬を過ぎれば、瞬く間に輪郭さえつかみ所なく消えてゆく。
 その度に寂しさと懐かしいような愛しさが込み上げる。

 会いたい。正臣さんに、会いたい。

 心の中で、若い頃の自分が訴え続ける。それに耳を傾け、「もうすぐだ」と言い聞かせる。

「私も、会いたいよ」

 口に出して呟けば、感情にしっくりくるその言葉。そうすることで過去の感情ではないのだと、今日もまた不思議な気持ちで実感する。
 理屈で感情は抑えられない。どれだけおかしいと断じても、会いたいと思う気持ちは存在する。

 この想いは愛ではないのかもしれない。
 ルカはいつしか、自分の感情をそう感じるようになった。
 ルカが愛する正臣という存在は、本物の正臣自身とは違う、記憶で作り上げた夢の存在なのかもしれない。と。
 それだけ記憶は遠くなり、その存在はあやふやになっていた。

 繰り返し繰り返し思い出す記憶は、薄れた写真をなぞって上書きしたような偽物なのかもしれない、そう思うようになった。彼との思い出の鮮明さが、返って記憶の不確かさを突きつけてくる。
 人は人の姿に、勝手に自分の理想を詰め込み、それが本物であるかのように錯覚する。ルカもまた何度も誰かの理想をかぶせられ、思っていたのとは違うと去られたことがある。ルカの正臣に対する気持ちも、その思い込みと同種だと言われても、否定できない。

 三十年以上も前の感情だ。思い込みとどう違うのかなど、もはや自分でもわかるはずもない。
 そもそもルカが正臣と過ごした時間など、一年ほどの僅かな物だ。それで彼の全てを知った気になるなど、思い上がりも甚だしい。
 この執着じみた感情が、当時の幸せな気持ちへの依存ではないと、断言できる要素はどこにもない。

 けれど、依存でもいいのだ。私の思い込みでもいいのだ。
 ルカはそう噛みしめるように思った。
 いくら理屈を積み上げて、これは恋情とは違うと自分を戒めても、募る思いは消せなかった。むしろ彼でなければ駄目だと気付かされるばかりだ。
 なにより、正臣からルカに向けられた想いが、突き放されたあの瞬間まで込められていたと気付いてしまった以上、この気持ちを捨てる理由はなくなった。
 正臣に愛されていたという事実だけで、苦しさもなにもかもが報われた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

侯爵令息、はじめての婚約破棄

muku
BL
侯爵家三男のエヴァンは、家庭教師で魔術師のフィアリスと恋仲であった。 身分違いでありながらも両想いで楽しい日々を送っていた中、男爵令嬢ティリシアが、エヴァンと自分は婚約する予定だと言い始める。 ごたごたの末にティリシアは相思相愛のエヴァンとフィアリスを応援し始めるが、今度は尻込みしたフィアリスがエヴァンとティリシアが結婚するべきではと迷い始めてしまう。 両想い師弟の、両想いを確かめるための面倒くさい戦いが、ここに幕を開ける。 ※全年齢向け作品です。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

「婚約を破棄する!」から始まる話は大抵名作だと聞いたので書いてみたら現実に婚約破棄されたんだが

ivy
BL
俺の名前はユビイ・ウォーク 王弟殿下の許嫁として城に住む伯爵家の次男だ。 余談だが趣味で小説を書いている。 そんな俺に友人のセインが「皇太子的な人があざとい美人を片手で抱き寄せながら主人公を指差してお前との婚約は解消だ!から始まる小説は大抵面白い」と言うものだから書き始めて見たらなんとそれが現実になって婚約破棄されたんだが? 全8話完結

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

処理中です...