135 / 163
3章
134 3-8
しおりを挟むそれから、正臣との日々を思い出すのが日課になっていた。
以前の衝動的な絶望は、完全になりを潜めた。悲しみや不安は捨てられないが、想う気持ちは安定していた。
今のルカが思い出す正臣は、あの時思っていたような完璧な人間ではなかった。
正臣は、優しくて、とてもわかりにくい男だった。優しくて、懐が深くて、そして、自分勝手だった。わかってもらわなくて良いと思っていたのだろう。だから、自分がしたいように、好きな物を大切にして、与えるだけ与えて、相手からはなにもいらないと拒絶していたように思う。
「この年になるとな、期待するのもしんどいんだよ」
いつだったか、なんとなく話の流れでそんなことを言っていた正臣を思い出す。誰かに手を貸したときだったか、それを無下にされたときだったか。それはいつもの日常での、何気ない会話だった。
だから好きなように手を出すのだと。相手がどう思うかは時の運だと彼は言った。
例えば誰かを手助けをしたとき、感謝する者もいれば、腹を立てる者もいる。そこに、手助けをした自分の信念など関係ないのだと彼は言った。相手は相手の信念で生きている。誰にでも通用する思いやりなど存在しない。ならば、誰がどう思おうが、自分の信念を貫くしかないのだと。良くなるも悪くなるも、相手次第、時の運だと。
今になって思えば、正臣のルカへの愛情もまた、そういった物だったのかもしれないと思う。
ルカからの何かを期待をしていなかったのではないかと思う。ただ一途に愛されていたのだ。ルカがどう思おうと関係がなく、ただルカのためだけに正臣の思う最善を選んでくれた。そんな愛情だった。
正臣が自分勝手に愛してくれたのなら、ルカも自分勝手でいいと思うようになった。
きっと、出国した頃のルカが、一番正しかった。正臣がどう思うかなんて関係なかったのだ。自分がどうしたいかで決める、それが一番正しいのだ。
望めば期待した分だけ傷つく。正臣への期待を捨てるということは、傷つかない予防線であるという自覚もあった。痛みを逃すための逃げなのだろうと思う。だが、それで正臣の幸せを望める自分になれるのなら、逃げでいい。
正臣が待っていてくれなくてもいい、けれどルカは正臣に会いに行く。
これはルカ自身の自分への約束だ。
待たないと言ったのが、彼の愛というのなら、ならば私は、あの日した約束を果たすことを、愛の証としよう。
もう二度と惑うまい。必ず、あなたに会いにゆく。
帰国の時「信じてくれなかったことを謝らせてやる」と誓ったことも、ざまあみろなどと笑うこともできなくなってしまったけれど。代わりにそんなふうに思っていた自分を、若かったと、彼と笑い合えるだろうか。
正臣が亡くなっていても、別の人間と道を選んでいても悩むまい。覚悟を決めてしまえば、なにもかもが些細なことだと思えた。
正臣が存在し、ルカの心を支え続けてくれた事実があるのだから、それでいい。
あの日、正臣になんと言われようと、ルカは彼に会いに行くと誓ったのだ。もう宣言してあるのだから、あとは勝手にする。
もはや、彼になにかを求めるつもりはない。共に歩むことができなくてもいい。
ただ、私が勝手にした約束を、私は勝手に果たすのだ。
そして、桜を見よう。叶うならば、あなたと二人で。それから、あの桜の下で再会を言祝ぐのだ。どれだけ年月がかかろうと。どれだけ苦しくつらい道のりになろうとも。
あなたがひそかに与えてくれた愛情が、その道しるべだ。
11
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
侯爵令息、はじめての婚約破棄
muku
BL
侯爵家三男のエヴァンは、家庭教師で魔術師のフィアリスと恋仲であった。
身分違いでありながらも両想いで楽しい日々を送っていた中、男爵令嬢ティリシアが、エヴァンと自分は婚約する予定だと言い始める。
ごたごたの末にティリシアは相思相愛のエヴァンとフィアリスを応援し始めるが、今度は尻込みしたフィアリスがエヴァンとティリシアが結婚するべきではと迷い始めてしまう。
両想い師弟の、両想いを確かめるための面倒くさい戦いが、ここに幕を開ける。
※全年齢向け作品です。
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
「婚約を破棄する!」から始まる話は大抵名作だと聞いたので書いてみたら現実に婚約破棄されたんだが
ivy
BL
俺の名前はユビイ・ウォーク
王弟殿下の許嫁として城に住む伯爵家の次男だ。
余談だが趣味で小説を書いている。
そんな俺に友人のセインが「皇太子的な人があざとい美人を片手で抱き寄せながら主人公を指差してお前との婚約は解消だ!から始まる小説は大抵面白い」と言うものだから書き始めて見たらなんとそれが現実になって婚約破棄されたんだが?
全8話完結
学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~
ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる