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3章

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 正臣は、苦しまなくても良いと、悪いのは自分だと、恨んで良いと、お前は幸せになれと、ルカを突き放したのではないか。
 彼は、ルカがいつか迎える苦しみを想像できたのではないか。あれはルカの心を守るための言葉だったのではないか。

 それは、ただの想像に過ぎない。ルカが勝手に、正臣のことを理想に当てはめてそう感じただけなのかもしれない。本当は全くの見当違いなのかもしれない。

 けれど、ルカが思い出す正臣の姿は、そういう人だったのだ。
 ルカでは思いもよらぬところまで気持ちを割いて、先まで思いやって、知らぬうちに支えてくれている、そういう人の心に寄り添う人だった。

 あの時の正臣を思う。彼にとって、十九という年齢は、さぞかし幼く見えたことだろう。
 ルカは、十年以上帰ることができない未来など考えもせず、希望に縋って待っていてと強請った愚かな子供だった。

 あの頃の彼の目から見た自分の姿を想像して苦笑する。
 甥のおじさんおじさんと慕ってくる姿に、当時の自分の姿を重ねた。
 かわいらしく、若々しく、まだまだ未来がたくさんある、かわいい甥。正臣から見たルカも、同じように見えていたのだろうか。

 知らないということは、幸せだ。無邪気に残酷なことを求めてしまう。
 たったの十八年という人生の経験を拠り所に、そこから先の未来も、当然愛情が続くと、盲目的に信じられた。先のわからない時間が続く恐ろしさを、わかっていなかった。会える確約のない時間を待ち続けろと、そんなことを望んだ己の残酷さに気付きようもなかった。
 正臣があの約束に頷く恐ろしささえ想像できてなかった。

 戻ってくるまで待っていて。……それは、ルカが戻らなければ、残りの人生を一人で生きろと願ったということだ。

 十八の子供の心など、本人が思っている以上に軽い物だ。
 自分が忘れれば、相手も忘れると思っている。相手が忘れていなければ、なんでいつまでもそんな古いことをこだわっているのと、笑ってしまえば終わりだ。それが許されるのが、子供の約束だ。

 その残酷さに思い至るのは難しい。想いの真剣さは大人よりもずっと深く濃く重いのだから。
 だが、圧倒的な経験の少なさという無知さが作り出す重さだ。幻想が多分に含まれている。
 かといって世界を知った子供の心変わりを咎めるのは酷というものだ。
 そんな子供の言葉を信じて待てなど、あまりにも残酷すぎる。

 そして、もし、正臣に待つと言われていたのなら、おそらくルカは、その約束の重さに耐えきれず、もっと早く潰れていただろう。そして、約束など守れなくて仕方がないと、もっと早く彼を忘れようと身近な人間に逃げていたかもしれない。そうして、約束を破った自身を責め続けることになっただろう。
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