上 下
128 / 163
3章

127 3 見えていなかったもの1

しおりを挟む

 彼女と結婚をするという違和感をごまかしながらも、毎日はあたりまえのように過ぎてゆく。

 ルカはプロポーズをするために指輪を買いに行った。人気の宝石店で、婚約指輪にふさわしい物を並べてもらう。現時点で恋人のような付き合いがあるわけでもないが、家での結びつきでの結婚はまだまだ多い。友人としての付き合いがあるなら、そこから結婚の話が出るのは、むしろ手順としては恋愛よりもずっと一般的だ。

 どういった物を彼女は好むだろうと思って、彼女の好きそうな物をいくつか見繕う。
 この中の物ならば特に問題はないだろう。どれを贈っても彼女なら喜んでくれる。そう信じられた。後は自分の好みで似合いそうな一つを選んで注文しようとしたそのとき。ふと、ある記憶が脳裏をよぎった。

 あの時ルカは、正臣へのお礼のために必死にカフスボタンを選んだ。

 鮮やかに、あの日の出来事が記憶の中によみがえった。

 悩んで悩んで、決められなくて、何日も何日も悩んで、やっと決めて店に行って、また実物を見て悩んだ。思い出したのは、そんなささやかな出来事だ。

 思い出して、吐き気がした。
 彼女への穏やかな気持ちと、ただ正臣に喜んでもらいたくて必死だった子供の自分と。
 違いすぎる感情を突きつけられて、恐ろしくなった。

 正臣の姿が脳裏をよぎる。それだけで胸が苦しく締め付けられて、本当にこれでいいのかと不安が込み上げる。酷く間違った選択をしているような気持ちになって、選んだ指輪を前にして、『それを包んでくれ』の一言が、どうしても言えなくなった。

 耐えられなくなって、指輪を買うのをやめて家に戻った。部屋にこもり、頭を抱える。

 思い出したくないのに、次から次へと記憶がよみがえってくる。どれも十八年も前の、些細な出来事だ。三十七年生きてきた中の、たった一年の中の、その中でも些細な……。
 忘れると決めたはずなのに、思い出してしまうと止められなくなった。勝手に頭の中であの日の記憶がよみがえる。

 悩みに悩んで選んだそれを持って正臣に渡すと、彼は厳しい表情をふわりと笑みに変えて、ありがとうと言った。大切に使うと。

『ルカ』

 正臣の声が、耳の奥でよみがえる。

『ルカ』

 彼が、私を呼んでいる。「ルカ」と優しく、何度も何度も呼んでくる。
 頭の中は、正臣の声で溢れていた。それがルカの心を苛んだ。

「……黙れっ」

 ルカは叫びながら耳を塞いだ。

 黙れ黙れ黙れ……!!

 頭の中で呼び続ける正臣に、呼ばれた数だけ黙れと叫ぶ。
 苦しくて、なのに泣きそうなほど優しい声色が愛おしさを胸の奥によみがえらせる。
 想いを捨てたい心が暴れ出す。その度に忘れられない癖にと、悲鳴を上げる。

『ルカ、大丈夫だ』

 やめろ。やめろ! やめろ……!! うるさい!! 私を呼ぶな!! そんな声で私を呼ぶな!!

『がんばったな。つらかっただろう。大丈夫だ。お前は俺が護ってやる』

 彼がルカに向けた言葉の数々がどんどんと呼び起こされる。

 うるさい……うるさい!!
 あなたが言ったくせに!! 待たないと、あなたが……!! あなたが私を突き放して捨てたくせに……!! あなたが捨てたんだ!! そんな声で私を呼ぶな!!
 もう、良いじゃないか……! あの人を忘れたって、良いじゃないか……!!

『ルカ』

 うるさい……!! 私は捨てられたんだっ、思い出すな……!!

『ルカ』

 まぶたの奥で、どこか悲しげに笑う彼の顔が浮かぶ。

 何故思い出す!!
 なぜ、あなたが消えない……!!

 頭の中で正臣の声が消えない。
 嫌だと思うのに消えない。
 あふれ出る感情で気が狂いそうだった。愛しい、憎い、恨めしい、会いたい。忘れたい。苦しい。悲しい。拒絶されたのに。私は、捨てられたのに。

 気が狂ったように当たり散らす。叫んで彼の名を呼んで泣き続けた。苦しくて、助けを求めるように、自分の中に溢れる彼の声をかき消すように彼の名を呼ぶのだ。

 正臣さん!! 正臣さん……!! 正臣さん……!!

 苦しくて苦しくて、なのに、最後に思うのは、たったひとつだ。


 正臣さんに、会いたい。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

柩の中の美形の公爵にうっかりキスしたら蘇っちゃったけど、キスは事故なので迫られても困ります

せりもも
BL
エクソシスト(浄霊師)× ネクロマンサー(死霊使い) 王都に怪異が続発した。怪異は王族を庇って戦死したカルダンヌ公爵の霊障であるとされた。彼には気に入った女性をさらって殺してしまうという噂まであった。 浄霊師(エクソシスト)のシグモントは、カルダンヌ公の悪霊を祓い、王都に平安を齎すように命じられる。 公爵が戦死した村を訪ねたシグモントは、ガラスの柩に横たわる美しいカルダンヌ公を発見する。彼は、死霊使い(ネクロマンサー)だった。シグモントのキスで公爵は目覚め、覚醒させた責任を取れと迫って来る。 シグモントは美しい公爵に興味を持たれるが、公爵には悪い評判があるので、素直に喜べない。 そこへ弟のアンデッドの少年や吸血鬼の執事、ゾンビの使用人たちまでもが加わり、公爵をシグモントに押し付けようとする。彼らは、公爵のシグモントへの気持ちを見抜いていた。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

だからっ俺は平穏に過ごしたい!!

しおぱんだ。
BL
たった一人神器、黙示録を扱える少年は仲間を庇い、絶命した。 そして目を覚ましたら、少年がいた時代から遥か先の時代のエリオット・オズヴェルグに転生していた!? 黒いボサボサの頭に、丸眼鏡という容姿。 お世辞でも顔が整っているとはいえなかったが、術が解けると本来は紅い髪に金色の瞳で整っている顔たちだった。 そんなエリオットはいじめを受け、精神的な理由で絶賛休学中。 学園生活は平穏に過ごしたいが、真正面から返り討ちにすると後々面倒事に巻き込まれる可能性がある。 それならと陰ながら返り討ちしつつ、唯一いじめから庇ってくれていたデュオのフレディと共に学園生活を平穏(?)に過ごしていた。 だが、そんな最中自身のことをゲームのヒロインだという季節外れの転校生アリスティアによって、平穏な学園生活は崩れ去っていく。 生徒会や風紀委員を巻き込むのはいいが、俺だけは巻き込まないでくれ!! この物語は、平穏にのんびりマイペースに過ごしたいエリオットが、問題に巻き込まれながら、生徒会や風紀委員の者達と交流を深めていく微BLチックなお話 ※のんびりマイペースに気が向いた時に投稿していきます。 昔から誤字脱字変換ミスが多い人なので、何かありましたらお伝えいただけれ幸いです。 pixivにもゆっくり投稿しております。 病気療養中で、具合悪いことが多いので度々放置しています。 楽しみにしてくださっている方ごめんなさい💦 R15は流血表現などの保険ですので、性的表現はほぼないです。 あったとしても軽いキスくらいですので、性的表現が苦手な人でも見れる話かと思います。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

その男、有能につき……

大和撫子
BL
 俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか? 「君、どうかしたのかい?」  その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。  黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。  彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。  だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。  大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?  更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

花の聖女として異世界に召喚されたオレ

135
BL
オレ、花屋敷コガネ、十八歳。 大学の友だち数人と旅行に行くために家の門を出たらいきなりキラキラした場所に召喚されてしまった。 なんだなんだとビックリしていたら突然、 「君との婚約を破棄させてもらう」 なんて声が聞こえた。 なんだって? ちょっとオバカな主人公が聖女として召喚され、なんだかんだ国を救う話。 ※更新は気紛れです。 ちょこちょこ手直ししながら更新します。

処理中です...