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3章
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しおりを挟むその日、何気ない話の流れで、娼婦である彼女は驚いた顔をしてルカを見た。
「マーシャって……、あなたの好きな子って、男だったの!?」
どうやら、東国の名前は耳慣れず、名前で性別の判断が付いていなかったらしい。
マーシャという呼び方で薄々気付いていたが、「まさおみ」という音は、聞き取りづらいらしい。
「男だよ。私より十八も上の、頼りになる人だった」
「……レンってば、ゲイだったの?」
そう言われてルカは首をかしげた。
別に男が好きというわけではないが、彼女に全く欲情しないところに、彼女も多少なり思うところがあったらしい。
思わずクスリと笑ってしまう。
「どうかな。男が好きなのかと言われると、違うと思う。もともとの恋愛対象はたぶん女の子だと思うよ。今となってはあの人にしか心が動かないから、本当のところはわからないけどね」
「わからない?」
うん、とルカは苦く頷いた。
「……あの人を好きになってから、誰にも心が動いたことがないんだ。彼が、好きなんだ。どんなに素晴らしい人でも、彼じゃないということを思い知るだけだった。彼だけが欲しいんだと、思い知るばかりだった。彼よりも愛せる人に未だ出会えていないから、男だとか、女だとか、彼以外の恋愛対象なんて……知りようもないな」
言葉にしてしまうと、どうしようもなく正臣に囚われている自分に笑ってしまう。
盲信していた頃はそれに疑問を覚えたことさえなかった。
けれど、帰る場所を見失ったあの日から、彼以外に目を向けようと……いや、逃げようとしたのだ。しかし未だこの執着じみた恋情に囚われ続けている。
「ねぇ、マーシャって、どんな人だったの?」
「そうだな……どちらかといえば寡黙な人だったと思う。気を遣って話してくれていたのは、最初だけだった。私が男と知ると、途端に手を抜いて……。でも、私の気付かないところまで目を向けて、知らず助けてくれるような人だった」
彼を語る言葉は、止まることなく続く。彼女は、それを飽きた様子もなく、うん、うん、と頷いては先を促して耳を傾けてくれる。
蕩々と、彼のことを思い出して語れば、懐かしさと同時に、あの頃の愛おしさもよみがえる。記憶にある彼をなぞるように、あった事、思ったこと、今日も彼のことを語るのだ。話す言葉はつきない。
「素敵な人ね。レンは本当にマーシャが好きね。マーシャのことを語るレンの顔、好きよ」
いつの間にか涙をこぼしていたルカを抱きしめ、彼女が静かにルカの心を肯定してくれる。
正臣さん、正臣さん。
思い出す彼の姿は、どこまでも優しくて残酷だ。
『会いたい。正臣さん、あなたに、会いたいんだ』
涙をこぼしながら、遠く東国にいる彼に向けて呟く。
彼の記憶は、懐かしくて、幸せで、苦しい。
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