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3章

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「じゃあ、そろそろする?」

 にこりと笑って、彼女がルカの股間をするりと撫でた。
 その瞬間込み上げたのは嫌悪感だ。
 それまでの穏やかだった感情は、一瞬で気持ち悪さに取って代わった。

「やめ……っ」

 とっさに振り払ったルカの行動を、彼女はどう受け取ったのか、クスクスと笑いながら更に触れてくる。ざっと血の気が引いた。

「元気がないわね」

 などという声も、もはやルカの耳を素通りした。寄り添って更に股間を撫でられて、込み上げる嘔吐感に堪えきれず女を突き飛ばした。

「きゃぁ!」

 正臣さんじゃない……!!

 柔らかなぬくもりだった。なのに、無理だった。

 彼じゃない、彼じゃない彼じゃない彼じゃない……!!

 心地よかったぬくもりは、一瞬にして気持ち悪さに取って代わる。
 欲しいのは、ただ一人だ。そんな風にルカに触っていいのは、たった一人だけだ。
 ルカは助けを求めるように求めるその人を呼んだ。

 まさおみさんまさおみさんまさおみさん……っ

 体中を暴れ回るような気持ち悪さで埋め尽くされる。
 耐えきれず、とうとう床に両手を突いて吐いた。

「や、ちょ……っ、きゃぁぁぁ!!」

 女の悲鳴が聞こえたが、痙攣するように吐き戻そうとする腹と、えずいてただただ苦しい状況に、ひぃひぃと息継ぎをするのが精一杯だった。

 なんで……どうして……。

 吐きながら、涙がこぼれる。
 あの人じゃないと駄目だと、こんな時にまで、思い知らされる。
 彼一人でいいと誓った自分の心が、どこまでも正臣を求めているのだと知る。
 涙を流しながら胃液しか出なくなった嘔吐を繰り返すルカに、娼婦の彼女が案ずる声をかけてきながら背中を撫でる。
 ただ気遣うだけのぬくもりは心地よく、ルカは涙をこぼしながら彼女を見上げた。
 嘔吐きながらヒューヒューと息も絶え絶えに、すまないと、彼女に向けて呟いた。


「……ごめんなさいね」

 部屋を片付け終わった娼婦が、困ったようにルカを見下ろしていた。

「いや、私こそ、申し訳ない」

 ルカも座ったまま苦笑すると、彼女は黙り込んでしまった。

「……その、あなたが嫌だとか、そういうわけではないんだ」

 ルカが申し訳なさからなんとか言い訳を絞り出せば、「良いのよ」と彼女は、気を取り直したように、カラリと笑った。

「女性に対して、何かトラウマとか?」

「…………忘れられない人がいるんだ」

「やだ、他の人に触られたくないぐらいなんて、重傷じゃない! どうしてこんなところににきたの?」

「連れてこられたんだ。……断るつもりだったのに、その前に醜態を見せてしまって。……すまない。匂いが取れるまで、しばらく部屋は使えないだろう。その分、支払いはする」

「ふふ、お兄さん、上客ね」

 明け透けな彼女との会話は、居心地がよかった。
 彼女の雰囲気は、誰かに似ていた。思い出せないが、親近感のような物がはじめからあった。

「でも、先に帰られちゃうと、また次を入れられちゃうかもしれないから、泊まっていってよ。私も休めるし、ちょうどいいわ」

 断りかけて、家に帰ったあとの寒々しさを思い出してしまった。最近眠れてないしんどさもあった。人がいれば、気が紛れるだろうか。
 性的な意図さえなければ、彼女のぬくもりは心地よい。それに、姉家族といるときと違って、一緒にいることに気を病まずにすむかもしれない。今ルカは彼女の時間を買っているのだ。彼女はルカの相手をするのが仕事だということは、眠れない自分に付き合わせるとしても気が楽だ。
 一人で眠る夜は、見たくない物ばかり見てしまって、苦しい。

「知ってる? 最近、動物に触れて癒やされるっていうのが流行っているのよ? 人間を抱き枕にするのも、悪くないんじゃない?」

 楽しげに笑ってみせる彼女に、ルカは力が抜けたように笑った。
 その日は、久しぶりに、夢を見ずに眠った。

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