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3章
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しおりを挟むその日、仕事仲間でもある友人から食事に誘われた。話を要約すると姉の見合い攻撃から逃れたのを知ったらしい。
「あんなお上品な女じゃ、楽しめるわけないよなぁ!」
食事の後そう言って連れてこられたのは、いわゆる娼館だ。夜眠れないのがしんどいからと付いてきたのが間違いだったと、ルカは頭を押さえる。
「……なんだ、ここは」
「いいから、とりあえず女の子とイチャイチャしとけって。お前は遊ばなさすぎなんだよ! 生真面目すぎる。とりあえず、女の子の柔らかさを堪能しとけって」
良いやつだが、こういう趣味は合わない。
ルカは友人に呆れた目を向けた。
けれど問答無用に押し込められて、金まで勝手に払われて、とりあえず断るためにルカは部屋の中に入った。
春をひさぐ女性というと、正臣に心を寄せていた花街の女性の姿を思い出していた。彼女はどちらかというと芸を売るタイプに見えたが、正直なところ、ルカには違いがわかっていない。ただ、彼女たちは心のない売り物ではないし、プライドもある人間だ。それは知っている。正臣も、彼女たちを無下に扱うような真似はしなかった。
無言で立ち去れば不愉快だろう、などと頭が働いたのは、あの東国での日々が頭の片隅をよぎったからだ。
ドアを開けると、朗らかな声がルカを迎えた。
「いらっしゃい。こんな男前がきたのは久しぶりよ」
その娼婦は甘えるように囁いて、ルカの元に歩み寄ってきた。だが、媚びるように握られた手に、何の感慨もわかない。
ただ、寄り添ってきた身体に少しだけ驚いた。人肌はあたたかく、気持ちいいのだと思えたのだ。
こんな風に触れたのは、彼以来だ。
ぶわりと正臣と身体を重ねた記憶がよみがえる。
あの人の身体は、こんなに柔らかくなかった。もっと、堅くて、逞しくて、けれど扇情的で……。
官能的な記憶がよみがえった直後、夢の中のルカを嘲笑う正臣の表情がよぎった。
ちがう。彼は、そんな表情はしない。
けれど、心臓はドクドクと激しく打ち付け、恐ろしくて息もできなくなる。
正臣を思い出すのが、恐ろしくなっていた。
だって、彼は待っていない。彼は私を、待ってなんか、いない。
『誰が待つか』
あの日の言葉が痛みとなって突き刺さる。
突然にボロボロと涙がこぼれた。
「……やだ、どうしたの……?」
どうしようもなく恐ろしくて、目の前の女の身体に縋り付いた。なんでもよかった。このどうしようもない苦しさをごまかせるのなら。
『どうして。……正臣さん、どうして。正臣さん、なんで私を捨てたんだ……』
東国の言葉で絞り出すような声で叫ぶルカを、女性は無言で抱きしめ返した。
絶望に塗りつぶされそうになる感情が、じわりと落ち着いてくる。
荒くなった息を何度も何度も繰り返し、ルカは感情を鎮めようとした。
ルカは今抱きしめている、彼とまったく違う柔らかなぬくもりがあることに、なぜか安堵していた。
ふらつくルカの身体を、娼婦の女はベッドへと誘導する。
そして二人でベッドの端に座ると、彼女は子供をあやすようにポンポンとルカの背中をたたき、「苦しいことがあったのね」と、いたわるように声をかけてきた。そして縋り付くルカの手を外して、頭を抱え込むように抱きしめると「大丈夫」と何度も繰り返す。
頭を抱き込まれ、撫でられ、背中を撫でられ、次第に涙がおさまってゆく。
「……突然、すまなかった」
「良いのよ。ただ癒やされに来る人もいるもの」
カラリと笑って、彼女はルカの頬にキスをした。
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