敵国軍人に惚れられたんだけど、女装がばれたらやばい。

水瀬かずか

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3章

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 翌日、見舞いに部屋に訪れた義兄から「すまなかった」と謝られた。

「お前に、無理をさせすぎていた」

「……違うよ。義兄さんからの仕事に、不満なんてなかった。でも、ちょっと減らしてくれると、助かるな。……こんなだし」

「……そうだな」

 苦笑する義兄にルカも笑う。

「心配かけてるよな。ごめん。……自分じゃ、ないみたいなんだ。突然訳がわからないぐらい感情が込み上げて、何もかもが許せなくなる。……壊れた物を見ると、ほんの少しだけ、すっきりするんだ。まるで自分が壊れて、消えてしまったような安心感があって……」

「……レアンドロ」

「おかしいよね。物に当たるせいで、姉さんにも心配かけてる」

「いや、いい。余計なことを考えるな。気に病むな。長引く。やりたいようにやれ」

 あんまりな言いようにルカは吹き出した。義兄らしい気遣いだった。

「ありがとう」

 きっと、姉に怒られてしまったのだろう。普段からルカに無茶を振り続けているのを怒られていたのだ。ルカの錯乱した姿に思うところがあったのかもしれない。
 こんな状態の義弟など面倒に思われても仕方ないのに、案外律儀だなと笑うと、義兄はむっつりとして「見損なうな」と顔を背けた。

「知ってるよ、義兄さんは、身内には優しいもんな」

「ああ、お前はかわいい弟だよ」


 誰かの泣いている声がした。ふと意識が浮上して、自分がいつの間にか眠っていたことに気付く。
 身体を起こすと、今度は姉がいた。

「姉さん?」

「レン、レアンドロ。私のかわいい弟。こんなになるまでがんばらせてごめんね、ごめんね……」

 自分を抱きしめて泣く姉に、「違うよ」と首を振る。

「仕事のことを言っているのなら、違うんだ。義兄さんにも言ったけど、本当に仕事のせいじゃない。私はやりたくてやっていた。謝らないで。義兄さんを責めないでやってよ」

「いいえ。あの人は、いいようにあなたを使いすぎなの。許すもんですか」

 そう言ってまた姉が泣く。
 姉の心配する気持ちに、申し訳なさと、受け止めてくれる彼女への安心感が広がる。
 ルカは小さく笑った。

「本当に違うんだ、ただ、私は、東国に帰りたかっただけなんだ」

『正臣さんに、会いたかっただけなんだ』

「……え? なんて言ったの?」

 東国の言葉で呟いたそれは、姉には聞き取れない。ルカは「なんでもない」と、静かに首を振った。

「こっちに帰ってきて十年以上たつのに、東国の十年には代えられないのね。あなたにとって、東国が、帰るところなのね」

「……そうだね」

 十年じゃない。たった一年だ。たった一年の正臣との時間を、捨てられないのだ。父や母よりも、姉やその家族よりも、苦楽を共にした商会の者達よりも、正臣のもとに帰りたかった。

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