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3章

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 時間という物は人の心を蝕んでゆく。考える時間がなかったが故に、考えずにいられた「もしも」が、日ごと現実味を帯びて襲ってくる。
 待たないと言った彼が、ルカを待つ義理などない……、その事実が、じわじわと弱ったルカの心を侵食してゆく。

 正臣から別々の道を示唆されたあの言葉を、忘れた事はなかった。けれど、ルカは終わらせるつもりがなかった。だからルカにとって、自身が発した言葉こそが約束の言葉だった。
 あなたの元に帰ると、桜をもう一度一緒に見ようと、訴えたその言葉を、正臣は受け取ってくれると信じて疑いもしなかった。

 だが、今までルカの都合よく見えていた世界を失ってみれば、ただの思い込みでしかなかったのだ。
 あの日、正臣によって道は分かたれた。交わる日が来ると信じるルカは愚かなのだ。

「……正臣さん」

 彼を呼んでも、返ってくる声はない。あたりまえの事実に絶望した。

 どうして私を捨てたんだ。どうして私を信じてくれなかったんだ。

 ボロボロと涙がこぼれる。

 どうして。どうして。好きって言ってくれたくせに。甘やかすだけ甘やかして捨てるだなんて、ひどいじゃないか。なぜ私の言葉を信じてくれたなかったんだ。

 ふと顔を上げれば、そこに鏡があった。
 そこにいるのは、いかにも西国の顔立ちをした大人の男だ。
 見慣れていたはずのその顔を見て、ルカはぞっと血の気が引いた。
 あれから更に背も伸び、骨格は更にがっちりとした物へと変わっていた。顔からは子供のような柔らかさは抜け、精悍な男らしい顔立ちへと変わった。もう少女と見まがうような青年はいない。三十を過ぎた、かわいらしさの欠片もない、男の顔だ。

 正臣が愛してくれた青年は、そこにはいなくなっていた。

 ドクンと、心臓が止まるような衝撃を受けた。

「…………うああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 気が狂ったように声を上げる。見たくない。そんな事、許す物か!!

 関係ないと言った!! 正臣さんは、私が、私自身のことが好きだと!! 違う!! 関係ない!!

 動かなくなっていた身体が衝動的に動く。ルカは訳もわからないまま側にあった椅子を鏡に叩き付けた。
 割れる音が響く。それでもまだ気が収まらなくて、更に叩き付けた。

 違う! 違う!! 違う!!

 私が男である事に、正臣さんは一度たりとも……!! 正臣さんは姿ではなく私自身を……!!

 ルカは狂ったように鏡を殴りつける。
 物音に気付いて、姉が駆けつけてきた。使用人が呼ばれ、暴れるルカは無理矢理押さえつけられた。

 錯乱していたその間の記憶は、ルカにはない。
 我に返ったときには使用人に拘束され、泣いている姉の姿がまず目に入った。暴れていた感覚がまだ腕に残っていて、ただただ泣く姉を前に、ルカは「ごめん」と謝った。
 信じていた何かが脆く崩れ去り、ルカは今なにをどうすれば良いのかさえ分からなくなっていた。

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