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3章
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しおりを挟むそれに襲われたのは、突然だった。
その日はいつも通りに過ごしていた。商会に赴き、人と会話し、笑ったりもしていた。
そのときルカは書類を読んでいた。何かがあったわけではない。ふいに思考がふつりと途切れて、見ている書類の文字が頭に入ってこなくなった。ぼうっと書類を持ったまま、意味もなく見つめていた。それだけだ。
未来が押しつぶされたような、かき消されたような。ルカの中から何もかもが消えた、そんな感覚だ。
唐突に、なにも、わからなくなった。
ルカの中で、ずっと張り詰めていた何かが、切れた。
何の感情もなかった。自覚のないまま、ルカの目からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
ストンと力が抜けて、その場で倒れ込んだ。
そのまま動けなくなった。
状況は全て見えているのに、思考は止まって、目に映る物がただ流れていくような感覚だ。
周りで誰かが何かを叫んでいる。誰かが自分の身体に触っている。それを感じながら、ルカはそれすらも意識できていなかった。
西国に戻って十三年。一度も体調を崩したことのなかったその身体は、突然動きを止めた。
そこからは記憶にない。自力で家に帰ったというが、その日以降のルカの記憶はおぼろげだ。
そして翌日、心配した姉がルカをたずねて、床に倒れて意識を失っているのが見つけられた。
誰かの声が聞こえていた。けれど、ひどく遠かった。いや、何を言っているのかわからないが耳元で響いているような感じもする。ふわふわと、時現実味のない意識の中で、ぼんやりと目に映る何かを見ていた。
意識が戻ったときには一週間ほどが経過していた。その間も起きていたらしいのだが、全く記憶にない。気がつけば、姉の家で療養することが決まっていた。
ルカはベッドの上で、目に映る物を見るともなしに見続ける。何の感情もわかず、何かを考えることもなく、ただぼんやりとしていた。
何日も姉に促されるがまま寝食を続けていたが、ふと、自分は何をしているのだろう、と疑問がよぎった。
考えることが出来るようになってからは、転がり落ちるように感情は転落していった。
なぜ、と小さく呟いた。
ぼろぼろと止めどなく涙がこぼれる。
ルカの胸中に込み上げてきたのは、今までにない絶望感だった。
正臣に、会えないのだ。まだ、会えないのだ。他の者は東国に戻れるはずなのに、ルカだけ戻れない。
他に何も望んでいない。国も仕事もどうでもいい。なのに、なぜ。
「私は戻りたいだけなのに……! どうして……!!」
その日から、度々声を押し殺して泣くようになったルカに、声をかけられる者はいなかった。ルカがそのために、どれだけ力を尽くしてきたのか知っていた。
「レン、あなたはがんばりすぎたの。……少し、休みましょう」
姉の言葉に首を横に振った。
違うんだ、そうじゃないんだ。私はただ、正臣さんに、会いたいだけなんだ……。
その術を絶たれた絶望を伝えるだけの気力など、残っていなかった。
そのまま起き上がることもままならなくなり、ベッドで寝るばかりの療養の期間が訪れた。
そうして何も出来ない事が更なる無力感となり、ルカに押し寄せた。
それは、それまでのがむしゃらに走り抜ける苦労とはまったく別の類いの、苦悩の時間だった。
ルカは、東国に帰る意味を、見失っていた。
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