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2章

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 甲板に出て夜風に当たる。頭の中を占めるのは、正臣のことだ。
 目を閉じれば「誰が待つか」とからかうように笑った、あの表情がよみがえった。

 私を拒絶した癖に。
 待たないといった癖に。私を突き放した癖に。
 なのに彼は、あたりまえのように私を守ってくれていて、こうやって私の心をつかんで離さないのだ。
 ずるい人だ。あなたは、本当にずるい。

 心の中で彼を詰り続ける。愛しくて愛しくて、なのにルカの心を受け取ってくれなかった彼を思って泣いた。
 詰っても詰っても、心に愛おしさが溢れてくる。
 酷い人だと、ルカは泣くしかなかった。
 三月にわたる帰途の旅路だ。考える時間は、いくらでもあった。

 ルカは、何度も正臣とのやりとりを思い返した。考えたくなくても考えてしまうため、諦めて考え続けた。
 突き放されたときはショックで売り言葉に買い言葉になってしまったものの、ルカは正臣の言葉を、今はもうそのままの意味で受け取ってなどいなかった。

 愛されていなかったのかと、あの後しばらく悩みもした。
 けれど、それはきっと違う。
 彼はルカを突き放すためにあえて言ったのだという結論に至った。
 考えればわかることだ。人を傷つける言い方を意味なくする人じゃない。
 ルカを傷つけるために放たれたあの言葉は、間違いなくルカのための言葉だ。

 ルカを東国から逃すための言葉だったのだろう。西町の話を聞く限り、ルカが思っていた以上に情勢は危険だったのだ。
 もしかしたら東国に一人残って、正臣だけを頼りに生きていくことを案じたのかもしれない。彼は軍人だ。いつ死ぬかもわからない。ルカは女装して潜伏している身だ。いつまで庇えるかもわからないだろう。正臣の考えが浸透しているとはいえ、状況が変われば、町の住人がいつ異国民を迫害しはじめるかさえわからない。

 けれど、ルカは思うのだ。
 それでも、「待っている」と言ってくれればよかったのにと。
 突き放されたことは当然だったのだと思う。けれど、待たないと言われたことがショックだった。
 約束ひとつしてくれなかったことが悲しかった。
 正臣がそれを言わなかったということは、きっと帰ってくるという言葉を、信用してもらえなかったということだと思い至り、悔しくもあった。
 思い出すと怒りが込み上げてくる。

「……正臣さんの、バカッ」

 最後に彼にぶつけた言葉を、一人で繰り返した。
 怒っているのに、涙が出る。悔しくて、苦しくて……本当は、悲しい。
 ルカの人生を生きろということは、きっと、自分のことなど気にするなと、囚われるなということだろう。
 それは、「ルカはそのうち正臣のことを忘れる」と、正臣に思われたということだ。
 ルカが正臣を想い続けることはないと、断じられたということだ。
 悔しかった。信じてくれなかったことが許せなかった。

 絶対忘れてなんかやるものかと思った。
 彼の元へ帰った時、あんなことを言ったことを謝らせてやると思った。信用してくれなかったことを詰ってやると誓った。
 そのためにも、必ず正臣の元に帰るのだ。


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