98 / 163
2章
97 4-7
しおりを挟む甲板に出て夜風に当たる。頭の中を占めるのは、正臣のことだ。
目を閉じれば「誰が待つか」とからかうように笑った、あの表情がよみがえった。
私を拒絶した癖に。
待たないといった癖に。私を突き放した癖に。
なのに彼は、あたりまえのように私を守ってくれていて、こうやって私の心をつかんで離さないのだ。
ずるい人だ。あなたは、本当にずるい。
心の中で彼を詰り続ける。愛しくて愛しくて、なのにルカの心を受け取ってくれなかった彼を思って泣いた。
詰っても詰っても、心に愛おしさが溢れてくる。
酷い人だと、ルカは泣くしかなかった。
三月にわたる帰途の旅路だ。考える時間は、いくらでもあった。
ルカは、何度も正臣とのやりとりを思い返した。考えたくなくても考えてしまうため、諦めて考え続けた。
突き放されたときはショックで売り言葉に買い言葉になってしまったものの、ルカは正臣の言葉を、今はもうそのままの意味で受け取ってなどいなかった。
愛されていなかったのかと、あの後しばらく悩みもした。
けれど、それはきっと違う。
彼はルカを突き放すためにあえて言ったのだという結論に至った。
考えればわかることだ。人を傷つける言い方を意味なくする人じゃない。
ルカを傷つけるために放たれたあの言葉は、間違いなくルカのための言葉だ。
ルカを東国から逃すための言葉だったのだろう。西町の話を聞く限り、ルカが思っていた以上に情勢は危険だったのだ。
もしかしたら東国に一人残って、正臣だけを頼りに生きていくことを案じたのかもしれない。彼は軍人だ。いつ死ぬかもわからない。ルカは女装して潜伏している身だ。いつまで庇えるかもわからないだろう。正臣の考えが浸透しているとはいえ、状況が変われば、町の住人がいつ異国民を迫害しはじめるかさえわからない。
けれど、ルカは思うのだ。
それでも、「待っている」と言ってくれればよかったのにと。
突き放されたことは当然だったのだと思う。けれど、待たないと言われたことがショックだった。
約束ひとつしてくれなかったことが悲しかった。
正臣がそれを言わなかったということは、きっと帰ってくるという言葉を、信用してもらえなかったということだと思い至り、悔しくもあった。
思い出すと怒りが込み上げてくる。
「……正臣さんの、バカッ」
最後に彼にぶつけた言葉を、一人で繰り返した。
怒っているのに、涙が出る。悔しくて、苦しくて……本当は、悲しい。
ルカの人生を生きろということは、きっと、自分のことなど気にするなと、囚われるなということだろう。
それは、「ルカはそのうち正臣のことを忘れる」と、正臣に思われたということだ。
ルカが正臣を想い続けることはないと、断じられたということだ。
悔しかった。信じてくれなかったことが許せなかった。
絶対忘れてなんかやるものかと思った。
彼の元へ帰った時、あんなことを言ったことを謝らせてやると思った。信用してくれなかったことを詰ってやると誓った。
そのためにも、必ず正臣の元に帰るのだ。
10
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
侯爵令息、はじめての婚約破棄
muku
BL
侯爵家三男のエヴァンは、家庭教師で魔術師のフィアリスと恋仲であった。
身分違いでありながらも両想いで楽しい日々を送っていた中、男爵令嬢ティリシアが、エヴァンと自分は婚約する予定だと言い始める。
ごたごたの末にティリシアは相思相愛のエヴァンとフィアリスを応援し始めるが、今度は尻込みしたフィアリスがエヴァンとティリシアが結婚するべきではと迷い始めてしまう。
両想い師弟の、両想いを確かめるための面倒くさい戦いが、ここに幕を開ける。
※全年齢向け作品です。
「婚約を破棄する!」から始まる話は大抵名作だと聞いたので書いてみたら現実に婚約破棄されたんだが
ivy
BL
俺の名前はユビイ・ウォーク
王弟殿下の許嫁として城に住む伯爵家の次男だ。
余談だが趣味で小説を書いている。
そんな俺に友人のセインが「皇太子的な人があざとい美人を片手で抱き寄せながら主人公を指差してお前との婚約は解消だ!から始まる小説は大抵面白い」と言うものだから書き始めて見たらなんとそれが現実になって婚約破棄されたんだが?
全8話完結
【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~
ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。
僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
********
小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる