敵国軍人に惚れられたんだけど、女装がばれたらやばい。

水瀬かずか

文字の大きさ
上 下
95 / 163
2章

94 4-4

しおりを挟む

 昼時から夕刻の正臣が仕事に戻っている間、ルカは手がつかないながらも、のろのろと出国の準備をしていた。正臣の帰宅に合わせて迎えに行けば、ルカの顔を見た正臣が、困ったように苦笑した。

「……こんなに目を赤くして。せっかくの別嬪さんがが台無しだ」

 ルカは唇を結んで正臣を睨みつけた。何か声を出せば、そのまま泣き崩れてしまいそうだった。
 正臣がルカの髪を梳くように、そっと頭を撫でる。ルカは口を噤んだまま目をしばたかせ、ポロリとこぼれてしまった涙をぬぐった。
 夕暮れ前のひとときを、無言のまま二人で歩く。

「……必ず、この国に、帰ってくるから。必ず、会いに来るから。……だから、私の帰りを、待っていて」

 アパートにほど近い場所で、ルカは人目を忍んで震える声で正臣に縋った。見上げた先には、泣きそうなルカとは対照的に、僅かに微笑む正臣の顔があった。

「……誰が待つか」

 思いがけないその言葉に、ルカは絶句した。聞こえた言葉を、何度も反芻する。
 優しいその声色で、正臣はルカを拒絶した。

「……正臣、さん……?」

 言われた言葉の意味が、わからなかった。呆然と見上げるルカに、軽く笑ったままの正臣が続ける。

「いつになるかもわからないというのに、待ってられるか」

「……え?」

 正臣がルカの頭を撫で、楽しげに笑った。

「ルカ、お前と過ごした時間は、楽しかった。俺にひとときの幸せをくれた。だが……こんな時間は長く続くもんじゃない。束の間だからこそ浸れる。……もうおしまいだ」

「……な、ん……」

 正臣さんは、なにを言ってるんだ……?
 理解する脳は、それを信じられず、混乱する。

「俺はお前を待たない。お前も帰ってこなくていい」

「……どうして!! 嫌だ! なぜそんなことを言うんだよ!! 私はあなたと別れたくない……!! 帰らなきゃいけないけど……でも、私は……!!」

「……若いな。お前は、本当にかわいい。……いい、情人だったよ」

 彼は楽しげに笑って、まるでだだをこねる幼子を宥めるように、抱き寄せて背中を叩く。

「俺は俺の人生を生きる。お前も俺に囚われず、お前の人生を生きろ。……ルカ」

 名前を呼ばれて震えながら睨みつけたルカの顎を、彼の親指が触れた。触れるだけの口づけが落とされて、ルカは溢れる涙を止められなくなる。

「どうして……!! 待たないっていったくせに、どうして……!!」

「餞別だ」

「……っ、ふざけるな!! そんなので、私が納得するとでも……!!」

 憤るルカに対し、正臣は静かにそれを受け止めるばかりで、その手応えのなさに、正臣の気持ちが固いことを知る。

「なんで……なんで、正臣さん……」

 悲しい、苦しい、悔しい。
 この人は、最初から決めていたのだ。別れるつもりでずっと一緒にいたのだ。それはもちろんルカもも同じだ。けれど、彼は、未来を模索すらしてくれなかった。別れた先を考えてくれなかった。
 許せなかった。こんなに好きにさせておいて、さっさと身を引こうとするのが。この程度で忘れられるほど軽い気持ちだと思われていたことが。
 ルカは正臣を睨んだ。

 それなら、私だって決めている。あなたを好きな気持ちが止められないと自覚したときから、自分に誓っていた。
 あなただけだ。私は、あなただけでいい。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

そんなお前が好きだった

chatetlune
BL
後生大事にしまい込んでいた10年物の腐った初恋の蓋がまさか開くなんて―。高校時代一学年下の大らかな井原渉に懐かれていた和田響。井原は卒業式の後、音大に進んだ響に、卒業したら、この大銀杏の樹の下で逢おうと勝手に約束させたが、響は結局行かなかった。言葉にしたことはないが思いは互いに同じだったのだと思う。だが未来のない道に井原を巻き込みたくはなかった。時を経て10年後の秋、郷里に戻った響は、高校の恩師に頼み込まれてピアノを教える傍ら急遽母校で非常勤講師となるが、明くる4月、アメリカに留学していたはずの井原が物理教師として現れ、響は動揺する。

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

聖女の兄で、すみません! その後の話

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』の番外編になります。

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中

きよひ
BL
 ここはドラゴンや魔獣が住み、冒険者や魔術師が職業として存在する世界。  カズユキはある国のある領のある街で「なんでも屋」を営んでいた。  家庭教師に家業の手伝い、貴族の護衛に魔獣退治もなんでもござれ。  そんなある日、相棒のコウが気絶したオッドアイの少年、ミナトを連れて帰ってくる。  この話は、お互い想い合いながらも10年間硬直状態だったふたりが、純真な少年との関わりや事件によって動き出す物語。 ※コウ(黒髪長髪/褐色肌/青目/超高身長/無口美形)×カズユキ(金髪短髪/色白/赤目/高身長/美形)←ミナト(赤髪ベリーショート/金と黒のオッドアイ/細身で元気な15歳) ※受けのカズユキは性に奔放な設定のため、攻めのコウ以外との体の関係を仄めかす表現があります。 ※同性婚が認められている世界観です。

【完結】帝王様は、表でも裏でも有名な飼い猫を溺愛する

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
 離地暦201年――人類は地球を離れ、宇宙で新たな生活を始め200年近くが経過した。貧困の差が広がる地球を捨て、裕福な人々は宇宙へ進出していく。  狙撃手として裏で名を馳せたルーイは、地球での狙撃の帰りに公安に拘束された。逃走経路を疎かにした結果だ。表では一流モデルとして有名な青年が裏路地で保護される、滅多にない事態に公安は彼を疑うが……。  表も裏もひっくるめてルーイの『飼い主』である権力者リューアは公安からの問い合わせに対し、彼の保護と称した強制連行を指示する。  権力者一族の争いに巻き込まれるルーイと、ひたすらに彼に甘いリューアの愛の行方は? 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう 【注意】※印は性的表現有ります

処理中です...