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2章
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しおりを挟む昼時から夕刻の正臣が仕事に戻っている間、ルカは手がつかないながらも、のろのろと出国の準備をしていた。正臣の帰宅に合わせて迎えに行けば、ルカの顔を見た正臣が、困ったように苦笑した。
「……こんなに目を赤くして。せっかくの別嬪さんがが台無しだ」
ルカは唇を結んで正臣を睨みつけた。何か声を出せば、そのまま泣き崩れてしまいそうだった。
正臣がルカの髪を梳くように、そっと頭を撫でる。ルカは口を噤んだまま目をしばたかせ、ポロリとこぼれてしまった涙をぬぐった。
夕暮れ前のひとときを、無言のまま二人で歩く。
「……必ず、この国に、帰ってくるから。必ず、会いに来るから。……だから、私の帰りを、待っていて」
アパートにほど近い場所で、ルカは人目を忍んで震える声で正臣に縋った。見上げた先には、泣きそうなルカとは対照的に、僅かに微笑む正臣の顔があった。
「……誰が待つか」
思いがけないその言葉に、ルカは絶句した。聞こえた言葉を、何度も反芻する。
優しいその声色で、正臣はルカを拒絶した。
「……正臣、さん……?」
言われた言葉の意味が、わからなかった。呆然と見上げるルカに、軽く笑ったままの正臣が続ける。
「いつになるかもわからないというのに、待ってられるか」
「……え?」
正臣がルカの頭を撫で、楽しげに笑った。
「ルカ、お前と過ごした時間は、楽しかった。俺にひとときの幸せをくれた。だが……こんな時間は長く続くもんじゃない。束の間だからこそ浸れる。……もうおしまいだ」
「……な、ん……」
正臣さんは、なにを言ってるんだ……?
理解する脳は、それを信じられず、混乱する。
「俺はお前を待たない。お前も帰ってこなくていい」
「……どうして!! 嫌だ! なぜそんなことを言うんだよ!! 私はあなたと別れたくない……!! 帰らなきゃいけないけど……でも、私は……!!」
「……若いな。お前は、本当にかわいい。……いい、情人だったよ」
彼は楽しげに笑って、まるでだだをこねる幼子を宥めるように、抱き寄せて背中を叩く。
「俺は俺の人生を生きる。お前も俺に囚われず、お前の人生を生きろ。……ルカ」
名前を呼ばれて震えながら睨みつけたルカの顎を、彼の親指が触れた。触れるだけの口づけが落とされて、ルカは溢れる涙を止められなくなる。
「どうして……!! 待たないっていったくせに、どうして……!!」
「餞別だ」
「……っ、ふざけるな!! そんなので、私が納得するとでも……!!」
憤るルカに対し、正臣は静かにそれを受け止めるばかりで、その手応えのなさに、正臣の気持ちが固いことを知る。
「なんで……なんで、正臣さん……」
悲しい、苦しい、悔しい。
この人は、最初から決めていたのだ。別れるつもりでずっと一緒にいたのだ。それはもちろんルカもも同じだ。けれど、彼は、未来を模索すらしてくれなかった。別れた先を考えてくれなかった。
許せなかった。こんなに好きにさせておいて、さっさと身を引こうとするのが。この程度で忘れられるほど軽い気持ちだと思われていたことが。
ルカは正臣を睨んだ。
それなら、私だって決めている。あなたを好きな気持ちが止められないと自覚したときから、自分に誓っていた。
あなただけだ。私は、あなただけでいい。
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