敵国軍人に惚れられたんだけど、女装がばれたらやばい。

水瀬かずか

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2章

91 4 夢の終わり1

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 梅の花が満開だった。

「花はよく似ているけど全然違う」

 歩いていると庭先に咲く梅の花が目に飛び込んでくる。
 この町にやってきたのはもう一年以上前だ。年が明けて間もない頃だった。あの頃は毎日が必死で、慌ただしくて、誰も彼もが敵に見えていた。梅の花に目をやる余裕などなかった。
 それが今はどうだ。休憩中の正臣を見つけて、隣に並んで恋人気取りだ。
 いや、事実恋人なのであるが、浮かれてのんきなものだと思う。ルカは正臣の恩恵で、梅などを見て和んでいるのだ。

 ここへ来て、落ち着きはじめたのは、あの桜を見に行った頃だった。美しいものを見て和んだのは、久しぶりだった。
 正臣が守ってくれているということを受け入れだしてから、どんどんと心に余裕がでてきたのだろう。
 懐かしさすら込み上げる。
 隣の正臣は、さらりとルカの頭を撫でてくる。

「背が伸びたな」

「……そうかな?」

「ああ。そのうち俺の背も抜くかもしれないな」

「抜きたいなぁ。私の父が正臣さんぐらいだったから、もしかしたら抜けるかも」

「俺より背の高い恋人か。目立つな」

「たしかに!」

 おそらく正臣も気付いている。そんなにルカが長く逗留できないことぐらい。けれど、それは気付かないフリをして、ルカは未来を語る。
 まだ大丈夫、まだもう少しいられる。
 他愛のない話に逃避して、現実から目を背ける。

「……もうすぐ、桜の季節だね。また、正臣さんと見に行きたいな」

「そうだな。今度は、どこへ行く?」

 ルカは、ぱっと笑顔になって正臣を見た。

「去年と同じところがいい!」

「他にも見応えのある場所もあるが……」

「去年、あそこを選んでくれたのは、私が人目を気にしなくていいように考えてくれたんでしょう? 私は正臣さんとゆっくりと花見がしたいから、あそこが良い」

 ルカが笑って見上げれば、正臣は苦笑してルカの頭を撫でた。

「そうか」

「また、お弁当を持っていこう。去年見た桜、すごく綺麗だったから。すごく楽しみ」

 まもなく来る春は近い。あとふた月もしないうちにその約束は果たされるはずだった。


 船に空きが出たという話が、ついにもたらされた。

 わかっていたことだが、それは突然のことだった。待ち続けていたことだというのに、ルカはどうしようもない衝撃を受けていた。
 だが、それに気持ちを割く余裕などない。すぐにこの町を出て三日後の出船に間に合わさなければならない。
 だからその日、情報を得てすぐさま屋敷で働く偽姉と乳母に伝えに走り、雇い先への挨拶を終わらせた。乳母親子も屋敷での引き継ぎもある。今日中に準備を終わらせて、明日の朝、町を出ることを決めた。

 ルカは正臣の元に走った。家の中の準備は夜にする。ルカに残された時間は、それまでの短い間だけだ。

 これが最後の逢瀬となる。


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