上 下
79 / 163
2章

79 3-7

しおりを挟む

 今、東国は緊張状態にある。束の間の平和はまもなく終わることもわかっている。水面下で変革の時が来ているのだ。だから、のんきに恋に溺れている場合でないことは、頭ではわかっていた。機会が見つかり次第、早々にこの国を出なければならないことも。
 それでも、ルカはこのまま正臣の側にいられる可能性を、考えるようになっていた。

 それはあり得ないことだと、頭ではわかっている。
 逃してくれた母のことを考えても、共に国を出るために助け合ってきた偽姉や乳母のことを考えても、絶対に選べない選択肢だ。
 おそらく、ルカがここに残ると言えば、乳母と偽姉もまた、帰国をやめるだろう。そしてここで潜伏して商会に戻ることを待つことになる……それは簡単に予想が付くことだ。

 それは、あまりにも危険だ。これから戦乱に巻き込まれるかもしれない状態で、異国の女性が、確かな後ろ盾もなく暮らすのは命がけだ。
 偽姉と乳母を、そんな状況に晒すわけにはいかない。
 二人とも本当なら商会に残りたかったのだ。そんな彼女たちを無事逃すために、ルカは国を出て、彼女たちもまた、ルカを逃すために国を出る。

 ルカも彼女たちも、無理に国を出ようとは思っていないのが実情だ。だが、互いが互いを安全のために国から出したいと思っている。互いが、国を出るために最善を尽くすためのくびきであった。それをわかっていて、母は私に彼女たちを預けたのだ。
 ルカには、正臣の側にいるためにこの国に残る、という選択肢は、最初からない。どれだけ残りたくても、ルカには守るべき物がある。そして今もまだ商会に残る者達のために、革命後の商会を支えるパイプとして働く義務もある。

 それらはルカ達自らが望んだことではない。けれど、それを望まれた。それに応えたいと思った。そのために命に代えて守られてきたのだ。
 ルカはその思いを踏みにじる選択肢など、持っていなかった。ルカ一個人の情で捨てられる物ではなかった。

 それでもと思うのだ。
 それでも、考えずにはいられない。もし、正臣の元に残れるならと。

 騙してしまう形で、二人だけを船に乗せることができるのではないか。共に乗船する者の中に、西国へ行く者もいるだろう。それなりに身分の高い者も多い。その間雇い入れてもらえれば、後ろ盾はなんとかなるはずだ。
 そうすれば、ルカは一人ここへ残ることだってできるだろう。革命が成功すれば、商会の貿易地点として、こちらの地域にだって手を伸ばしたいはずだ。そうすれば、ここでの生活を確保できる。

 正臣の元に残るための手段を、考え続けている自分を、止めることができなかった。
 駄目だとわかっているのに、その可能性を捨てられない。捨てたくない。
 正臣の側にいたい。
 理性とは裏腹に、ここに残るための手立てを、ルカは着実に考えはじめていた。
 馬鹿げていると頭ではわかるのに、正臣に向かう想いを止められない。

 ルカが西国に戻ったあと、東国との貿易のルートを存続させるのにすべきことがあるのはわかっていた。
 商会の母体となる西国の貿易商……父の生家に、東国との交易を続けるよう交渉しなければならない。
 ルカは今後の商会の未来も背負っているのだ。ルカの帰国は必要なことだ。軍人に思いを寄せてやめたなど、あってはならない。

 正臣が今後もルカを捕まえないという保証など、どこにもない。情勢が瞬く間に変わってゆく今の時代、いつ裏切られたとしてもおかしくはない。
 絶対に捕まるわけにはいかない。だから、残るなど、あってはいけない。
 自分に何度もそう言い聞かせ続ける。
 理性では、そうわかっているのだ。それでもルカは、持ってはいけない希望を探りはじめていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

侯爵令息、はじめての婚約破棄

muku
BL
侯爵家三男のエヴァンは、家庭教師で魔術師のフィアリスと恋仲であった。 身分違いでありながらも両想いで楽しい日々を送っていた中、男爵令嬢ティリシアが、エヴァンと自分は婚約する予定だと言い始める。 ごたごたの末にティリシアは相思相愛のエヴァンとフィアリスを応援し始めるが、今度は尻込みしたフィアリスがエヴァンとティリシアが結婚するべきではと迷い始めてしまう。 両想い師弟の、両想いを確かめるための面倒くさい戦いが、ここに幕を開ける。 ※全年齢向け作品です。

「婚約を破棄する!」から始まる話は大抵名作だと聞いたので書いてみたら現実に婚約破棄されたんだが

ivy
BL
俺の名前はユビイ・ウォーク 王弟殿下の許嫁として城に住む伯爵家の次男だ。 余談だが趣味で小説を書いている。 そんな俺に友人のセインが「皇太子的な人があざとい美人を片手で抱き寄せながら主人公を指差してお前との婚約は解消だ!から始まる小説は大抵面白い」と言うものだから書き始めて見たらなんとそれが現実になって婚約破棄されたんだが? 全8話完結

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

処理中です...