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2章
50 1 関係の変化 1
しおりを挟むルカが男と知られてから、正臣の好意は、以前と色を変えた。優しさや気遣いはそのままだが、彼から向けられていた恋情が一切消えたのだ。
当然だと分かっているのに、ルカはどうしようもない悲しみを覚えていた。悲しむ権利すらないのに。むしろ、嫌われてないだけで感謝するべきなのだ。
軍人であるにもかかわらず、ルカの秘密を守り、あまつさえ、以前と変わらぬ親交を保ってくれている。
正臣はルカの本名を聞かなかった。本物の旅券すら確認しようとしなかった。何も言わず、恩にも着せず、見逃してくれようとしていた。あまつさえ、今後の協力までも約束してくれた。
色恋の好意は消えても正臣は相変わらず優しかった。むしろ、気安さは増したのかもしれない。呼び方は「君」ではなく「お前」になり、ルカ殿ではなく、ルカと呼び捨てるようになった。けれど、会話は減った。以前はことあるごとに口説いてきた言葉がなくなった。以前の女性に対する気遣いが日に日に失われる。
それがイヤだというわけではない。気安い物言いは、むしろルカにとっても居心地がよかった。
ルカの方も少しずつ砕けていた。女言葉を使うのがどうしても嫌で、丁寧な言葉遣いでごまかしていたが、それも時折崩れるようになっていたし、敬称も「さま」をやめて「さん」と呼ぶようになった。
正臣の方も、以前の口説く物言いは、普段無口な彼を思えば多少無理をしていたのだろう。いまのゆったりとした空気は、以前より彼が自然体でいるように感じて、むしろ嬉しく思う。
それでも、失われてしまった恋情が恋しかった。
正臣が口説かなくなった代わりのように、ルカは彼を恋うようになった。
自ら会いたいと口にした。まとわりつくようになった。けれど、「好き」とは言えても、正臣のように自身の恋心を言葉にする勇気がなかった。男と知らずに恋う事と、男同士と知られているのに恋うのとでは、意味が違う。
だからそれを、正臣は懐いたとでも判断しているのだろう。子供を相手にするかのように、楽しげに笑って正臣は気安くルカの好意を受け入れる。
素直にそれを喜べばいいのに、ルカはそれを、はぐらかされているように感じていた。
素っ気ないわけではない。はねつけるようなこともしない。ただ、のらりくらりと躱すさまは、まるで女性のフリしていた頃のルカのようだ。
それがまどろっこしく、増した気安さに任せてルカは訴えた。
「正臣さん、最近、私の扱いが雑になったよね……」
以前のように恋われたい、言外の訴えは、正臣の呆れたような視線で封殺された。
「あたりまえだ。誰が男にまで気を遣うか」
「私は私なのに。……変わってないのに」
正臣の言葉は、意外にも辛辣で、思った以上にダメージがあった。悔しくて、言えない言葉をすねた物言いで隠す。
私のことを好きでいて。前みたいな目で私を見て。
だが、そんなルカの気持ちのこもった言葉を、正臣は鼻で笑った。
「……知っているか? 女は弱いんだ」
「知ってるよ!」
「いや、わかってない。男は強い。力の差は歴然としている。男というだけで、女からすれば脅威になる。力で負ける恐怖がわかるか? 抵抗できない恐怖は? ましてや、孕まされるかもしれない恐怖は? 女には俺達には理解出来ない脅威がある。俺はこの身体と顔だ。信頼できなければ、女は脅威を感じやすい。だから女のお前には気を遣う必要があった。……男ならそれは必要ないだろう。どう見てもお前は俺に怯えてないしな。……それともお前、女のように扱われたいのか?」
「……違う、けど……」
「だろうな。むしろ嫌だろう?」
「……うん」
呆れながら諭されて「何を甘えてるんだ」と、正臣が笑いながら頭を撫でてくる。その手つきは以前と同じくらい優しくて、以前より少しだけ大胆だった。
正臣の言うとおりだ。女として扱われたいわけじゃない。かといって、また前のように恋うて欲しいだけだなんて、言えるわけもない。
これ以上、どう言ったら良いのか分からなかった。
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