49 / 163
1章
49 3-17
しおりを挟むどのくらい泣いただろう。落ち着きかけては、声を出そうとしてまた涙が溢れる……というのを何度か繰り返して、ようやく、涙が止まったところで、深く息をした。
「……っ、あ、の」
気を抜けばまた涙が出そうになる。けれど、反射的な反応で、気持ちはすっきりしていた。
正臣をチラリと見てから、目を伏せる。
「嘘をついて、ごめんなさい」
散々泣いた末、ようやく落ち着いたルカは、ぽつりと呟いた。
「……嘘だったのか?」
涙をぬぐうように正臣の無骨な親指が頬を撫でる。
彼は、なにが、とは言わなかった。ルカも聞かなかった。
けれど、何一つルカの中に嘘はなかったから、彼の問いかけの意味さえ分からないまま、何度も首を横に振った。
身の上のことでついている嘘もまだある。言えないことに至ってはいくつもあった。今も、自分の立場や目的は、正臣に何一つ言うつもりはない。仮に正臣が知った上で守ってくれるにしても、正臣にまで背負わせる気はなかった。それはルカ自身の問題だ。
どれだけ信用できるとしても、正臣は軍人だ。彼には彼の背負う物がある。ルカは二人を守らなければならない。ルカの抱える事情はルカ一人の問題じゃない。無意味に自分の情報を知らせる気はない。ルカのために命をかけて付き添ってくれている二人をどうでも良いなんて、絶対に言えない。だからこれからも、正臣に逃げている立場を明かす気はない。
けれど、正臣に向ける気持ちに嘘はなかった。彼に向けた好意の言葉も表情も、全て、心からの物だ。
「でも、黙っていた……から……あなたの好意を、利用、した、から……」
「……いくらでもすれば良い」
歯を食いしばって絞り出した言葉は、彼の穏やかな表情と、静かに言い含めるように紡がれた言葉で包み込まれる。
「そんなの、ダメだ……っ」
「お前は、いつかこの国を出るのだろう? ならば、その時まで利用すればいい」
「……っ」
ルカは言葉を失った。彼は、これからもまだ、自分に付き合ってくれるというのか。男だと知ってなお、ぶれない彼の在り方に、衝撃を受けた。
でも、そんなの、ダメだ。
呆然として、首をゆるゆると振る。
だって、彼は軍人で、取り締まる側で……。だって私は男で、彼が好きなのは女の私で……。
「乗りかかった舟だ。最後まで面倒を見てやる」
あたりまえのようにカラリと笑って、軽くそう言ってのけた正臣に、ルカは安堵してしまう。駄目だと思うのに、嬉しさが込み上げる。
また込み上げてきた涙を隠すように、ルカは正臣の首筋に顔を沈めた。
正臣の手が、宥めるようにポンポンとゆっくりリズムを刻むのが、心地よかった。
果たして、この日見に来た紅葉の景色は、ルカの記憶に、全く残らなかった。むしろ、この時何をしに行っていたかすら記憶に残らなかった。
美しいと思ったはずの紅葉は記憶の片隅に追いやられ、思い出せるのは、崖の向こうの青空と、なんのとはいわないが放物線、そして、後にも先にも見ることのなかった、正臣の目を剥いた表情であった。
11
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
侯爵令息、はじめての婚約破棄
muku
BL
侯爵家三男のエヴァンは、家庭教師で魔術師のフィアリスと恋仲であった。
身分違いでありながらも両想いで楽しい日々を送っていた中、男爵令嬢ティリシアが、エヴァンと自分は婚約する予定だと言い始める。
ごたごたの末にティリシアは相思相愛のエヴァンとフィアリスを応援し始めるが、今度は尻込みしたフィアリスがエヴァンとティリシアが結婚するべきではと迷い始めてしまう。
両想い師弟の、両想いを確かめるための面倒くさい戦いが、ここに幕を開ける。
※全年齢向け作品です。
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
「婚約を破棄する!」から始まる話は大抵名作だと聞いたので書いてみたら現実に婚約破棄されたんだが
ivy
BL
俺の名前はユビイ・ウォーク
王弟殿下の許嫁として城に住む伯爵家の次男だ。
余談だが趣味で小説を書いている。
そんな俺に友人のセインが「皇太子的な人があざとい美人を片手で抱き寄せながら主人公を指差してお前との婚約は解消だ!から始まる小説は大抵面白い」と言うものだから書き始めて見たらなんとそれが現実になって婚約破棄されたんだが?
全8話完結
学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~
ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる