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1章

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「ルカ殿、明日、俺と出かけないか?」

 誘われたのは紅葉狩りだ。少し遠出になるが、見事な景観があるのだという。
 迷わず嬉しいという感情に占められた。もう、偽姉や乳母も一緒になどと思わない。二人だけがいい。正臣がずっと自分を見てくれる時間が、嬉しい。

「ぜひ」

 自然と笑ってしまう顔と、弾む声。
 きっと、正臣にはルカの気持ちが伝わってしまっているのだろうと思う。隠し切れていないのはわかっている。あからさまに好意を言葉にしないだけの理性は残っていたが、その程度だ。
 けれど正臣は、それ以上距離を詰めることなく、ただ優しい気遣いばかりを向けてくる。
 互いの気持ちをわかっていながら、曖昧で居心地の良い、表面だけの付き合いが続いていた。

 そのことが、ありがたくも寂しい。
 理性では、ちょうどいい距離感だとわかっている。そして、この関係のまま別れるのが理想だ。
 けれど、もっと会いたい。もっと一緒にいたい。もっと近い存在になりたい。
 キスしたい、触れたい、抱きしめたい。

 といっても、現実問題として正臣が自由に取れる時間など、あまりない。ほんの少し時間を互いに融通することで、なんとか偶然の道すがらを重ねるばかりなのだ。基本的に、ルカと正臣の移動時刻が時折かぶることがわかっている。その約束のない行き帰りの道の四半刻にも満たない時間をすごす程度だ。
 正臣がひと月に一度取れるかどうかの休日をルカに会うために使っているとしても、日常の雑事の合間となると、やはりそう多くはない。

 暑い夏の盛りも過ぎ、紅葉が鮮やかになり始めていた。この町にやってきて、もう十ヶ月近くが過ぎたのだと、ルカは指を折った。この町に来たときは十八才だったルカも、誕生日を過ぎ、十九になった。あと、どれだけこの町にいられるのか、まだわからない。

 早くこの国を出なければと思う。ずっとこの町にいたいと思う。どちらも本心だ。
 差別も偏見もどこにでもある。この町も例外ではない。優しい者ばかりではない。
 それでも、このご時世にもかかわらず、気遣ってくれる住人も多い、いい町だと思うようになっていた。
 ここは正臣が守っている、優しい町だ。

 会えない間、最近はずっと正臣のことを思い出している。正臣が時折見せる笑顔を思い出して、それが自分にだけ向けられていたと思うだけで、嬉しくて嬉しくて、胸が痛いほど軋む。

 正臣が好きだ。でも、彼のためにも自分のためにも、この曖昧な関係を終わらせた方が良いと思うこともある。
 けれど、好きな気持ちが頭の中で渦巻いて、彼が欲しいと訴える。
 思考は今日もいつも同じところを堂々巡りしている。
 だって一緒にいたいんだ。言葉を交わすのが嬉しい。隣にいられるのが嬉しい。
 この時間を手放せなかった。
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