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1章

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 正臣のことをそういう意味で好きだと自覚すれば、後はなし崩しだ。坂道を転がるように、全ての認識が恋心へと転化していった。

 その姿を見れば嬉しくて胸が弾む。目を細めて微笑むその眦に口付けたいと思ってしまう。穏やかに響く低い声に、どうしようもなく色気を感じてしまう。ぞわりと粟立つ感覚に、ゴクリと息をのんだ。

「ルカ殿」

 自分を呼ぶ低い声が、ひどく色めいて聞こえた。こんなに、セクシーな声をしていただろうか。
 息をのんだまま正臣に目を向ければ彼の涼しげな優しい目元にドキリと胸がはねる。目を見るからいけないんだと目尻の皺に目が行き、優しげで愛嬌があるというか、かわいい……などと考えてしまう。ただのおっさんの小じわだと理性が訴えるが、違うのだ。正臣の小じわは、なんか違うのだ。とにかくかわいいのだと自分に言い聞かせながら、また目をそらす。男らしい顔のラインが良いよなぁ、東国の細いラインとも違って、かといって西国の男ほど厳つい骨格でもない……などと考えながら。本当に正臣の何もかもが色めいて見えてしまう。

 なんだこれ。

 つい正臣に見惚れる心を隠しながら、なんとか普通を装って、会話を続けているが、これはヤバい。
 正臣の何もかもが好きだ。

「さて、名残惜しいが、ここでお別れのようだ」

 いつものように分かれ道にさしかかったところで、正臣が立ち止まった。

「え、もう、着いてしまったんですね」

 ルカの声が寂しげに響いた。

「君にもそう思ってもらえるとは、光栄だな」

 楽しげな正臣の目元が柔らかく弧を描き、ルカは顔が熱くなるのを感じながらわずかに目を伏せる。
 すると、今度は彼の唇が見えて、そのまま視線が釘付けだ。
 この人はキスをするとき、どんな顔をするのだろう。

 キスなら、男だとバレない、し……。

 それくらいなら良いのではないだろうか。だが、正臣はそんな風に手を出してはくれないだろう。なら、自分からなら……。

 ……落ち着け。さすがに往来でそんなことは出来ない。

 考えていたことが恥ずかしくなって、耳まで熱くなる。

 本当に私は何を考えているんだ。

「……明日は、何時頃、昼食に出られますか?」

 意を決して尋ねてみれば、ひどく驚いた正臣の顔があった。

「それは、俺の時間に合わせてくれるということかな? それとも逃げるためか」

「……逃げません」

 会いたいというのははばかられて、答える言葉がついすねた口調になってしまった。それがまた子供のようで、ルカの顔も耳も未だかつてないほど赤くなってしまう。

「そうだな、昼の鐘の音がしたら官舎を出るとしよう。……一緒に食事に行きたいが、誘われてくれるか?」

「……いいですよ」

「そうか」

 ルカがこんなかわいくない態度をしているというのに、正臣は楽しげに破顔した。

 正臣が笑うと嬉しい。

 ルカは一緒になって笑うと、正臣に別れを告げた。
 別れの挨拶に、頬にキスをしたら駄目かなぁ、などと考えながら。
 東国では頬にキス程度のスキンシップでも、破廉恥などと言われてしまうので、寂しい。西国なら普通の挨拶なのに。

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