上 下
35 / 163
1章

35 3-3

しおりを挟む

 一度覚えた罪悪感は、日に日に増してゆく。
 正臣と言葉を交わす機会は、数日に一度程度だ。
 その度に、正臣の幸せを奪っているのではという罪悪感と、男であるという後ろめたさと、そして恐れが込み上げる。なのに、会えるのは嬉しい。

 正臣への好意は、否定できなくなってきている。彼と一緒にいるのが楽しいのだ。
 今日は、正臣に会えるだろうか。
 そう期待してしまう。彼の姿を探してしまう。
 何気なく言葉を交わすのが嬉しかった。無骨ながらも、気遣ってくれる何気ない言動が、心をあたたかくしてくれた。

 今はもう、彼を利用しようなどという気持ちは、なくなっていた。ただ会いたいから会っている自分に気付いていた。
 その好意が、以前とは少しずつ違いはじめていることにも。

 相手は男だ。

 そう思うと、ぞっとするような恐ろしさが込み上げる。自分の感情が信じられなくて逃げ出したいような気持ちに何度も駆られた。これはただの好意に過ぎないと、何度も否定した。けれど、会いたい気持ちは収まらない。
 言葉を交わすだけで弾む気持ちが止められない。

 居心地よかったはずの正臣との関係が、次第につらくなった。なのに会いたい。ずっと一緒にいたい。
 そして彼を騙している罪悪感よりも次第に強まってきたのが、恐れだ。

 正臣に男と知られるのが、怖い。

 バレなければ良いだけなのに、彼に嫌われるのが、怖い。
 もはや性別を知られて捕まることなどより嫌われる方が怖いなど、馬鹿げているとしか思えない。
 けれど怖いのだ。

 気持ち悪いと唾棄されるのか。それとも騙したと怒りをぶつけられるのか……もし、怒りに任して捕らえられたら……。

 不安が込み上げる。
 正臣に男だと知られたくない。なぜなら正臣が好きなのは「女」のルカだからだ。
 女だから大切にされている。女だからかわいいと思われている。……女だから恋われている。
 しかしルカは男なのだ。本当のルカのままだったなら正臣はこんなに大切にはしてくれなかっただろう。

 バレたら、どうなる……?

 その考えにとりつかれる事が増えた。正臣から嫌悪の目を向けられるのが恐ろしかった。
 女と思い込まれた挙げ句、ほだされて好意を抱き、自分のなすべき事より男に嫌われる方が恐ろしいなんて、あまりにも滑稽すぎる。
 偽りの好意を失いたくないなんて。

 バカだ。私は、バカだ。

 そう思うのに、会えばそれだけで気持ちは浮かれてしまう。


「こんなオヤジに言い寄られては迷惑だろうが」

 そう皮肉な笑みを浮かべて、正臣がルカを口説く。それだけで胸が小さく跳ね上がる。ルカはふいと目を背けて俯いた。

 好意がこもった諸々に触れるにつけ、気持ちは正臣へと傾いていった。
 ルカを呼ぶ声だったり、無骨さが滲む硬い表情がルカを見た瞬間ふっとやわらぐのを見たときだったり、差し伸べられた手だったり。そんな他の誰にも見せない柔らかさが、ルカにだけは向けられる。

 その度にぐっと込み上げるのは、この人を抱きしめて閉じ込めたいような、独占欲じみた感情だ。
 そんな感情、認めたくなかった。ただの好意だと思いたかった。けれど、その感情はあまりにも、ルカの知るただの好意とは違っていた。
 泣きたいような気持ちで、自覚する。

 私は、この人が好きだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

王子様と魔法は取り扱いが難しい

南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。 特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。 ※濃縮版

【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

処理中です...