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1章
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しおりを挟む「あなたは彼のことが好きなのでは? それなのにそれでいいの?」
あら、と、彼女は楽しげに頷いた。
「……お嬢様は、さすが西国の方。はっきりとおっしゃいますわね。ええ、ようございますよ。どちらにしろ、あの方が私を選ぶことはございません。体を重ねてすら、ひとときさえも選んでもらえなかった身です。あの方のお心が少しでも報われるよう、祈るのが精一杯の身でございますもの。お嬢様はいつか帰る方。なのにあの方はあなたを望まれた。刹那の生き方をされる一条様らしい。……妬いてちょっとイジワルするのは、許して下さいましね」
チクチクと差し込まれる棘を、笑ってわざとだという彼女のしたたかさに、ルカは苦笑するしかない。
毒やら棘やらを孕んだ言葉なのに妙に憎めない人だと思う。いや、ルカが男であるからこそ、彼女のそういう姿に好意を抱くのかもしれない。何より、ルカは彼女の込めた棘では傷つかない。多少気分が悪いという程度の物だ。
ルカは強い女性が好きだ。女性には生きにくいこの世界で、流されながらも自身の足で立つ女性を小気味よく思うのだ。ルカにはそんな彼女を嫌うのは難しい。
けれど、それはそれである。
「嫌です。イジワルを言われて許したりしません」
いくら美しい女性からでも、意地悪をされて喜ぶ趣味はない。
にこりと笑ってルカが言えば、「あら」と、目を丸くした彼女が、コロコロと笑った。
「では、お詫びに一つ。あの方は多くの方を気にかけていらっしゃいます。もちろん花街にもあの方に感謝している者は、私も含めたくさんおります。ですがずいぶん前から、気遣い以外の情を誰かに与えることがなくなりました。私のようにお嬢様に妬く者も出てくるでしょう。ですがそのような囀りに耳を傾けないで下さいませ。共にいることのできる短い時を、無駄に過ごされませんよう。お嬢様といらっしゃるときのあの方の表情は、とても懐かしゅうございました。大切になさって下さいませ」
彼女はそう言って微笑むと、礼をひとつして、去って行く。
詫びと言いつつ、残した言葉は正臣を想うが故の言葉だ。正臣にひとときの幸せを、と込められた願いだ。そしてやはり幾ばくかの棘と。
ずっとではないから譲られたのだろうと思う。もし定住するとなれば、また違っていたのではないか。
彼女は潔くて強かだ。
背筋の伸びたその後ろ姿を、ルカはとても美しいと思った。
彼女のような者を押しのけて彼の隣にいることを後ろめたく思う気持ちが込み上げた。
男でしかない自分が、一身に彼の好意を受けている。返せもしないのにと思うと尚更、正臣の隣に並ぶべき「誰か」の居場所を奪っているような罪悪感がわく。
もっとも体を重ねないままの恋であるのだから、実際のところは男だろうが女だろうが、関係ないのだろうけれど。
バレなければ問題ない。その時が来れば別れるだけの関係だ。そして帰国すれば正臣の中にルカという女性の記憶が残るだけなのだ。ひとときだけの関係と、正臣もルカも認識している。ならば何も気にすることはない。
正臣もそれ以上を望んでいない。先ほどの彼女もその認識だろう。ルカとてそう思っている。きっとそれが綺麗で幸せな別れなのだろう。……そう思うのに。
得も言えぬいたたまれなさは拭えない。
何も問題ない。
ルカはもう一度自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返す。
なのに、彼を欺いているなにもかもが急に押し寄せてきたように感じて、酷く胸が苦しかった。
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