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1章
33 3 恋は落ちる物1
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前からやってくるその女性を見て、ルカは思わず眉を顰めた。
あの花見の時出会った花街の女性だ。花街の女性は見分けがつきにくく、同一人物か自信がなかったが、何となく彼女のような気がした。
「あら。あの時、一条様とご一緒だったお嬢様ではありませんか?」
通り過ぎようとしたルカを引き留めたのは、彼女の方だ。
「……こんにちは」
ルカは花街の女性を美しいと思う。父に連れられていった席で見た民族舞踊は、動きがなんとも言えずたおやかで、人形が動いているようなその様子は不思議な気持ちになった。ルカも男だ。美しい女性と話すのは正直なところ心浮き立つ物がある。
彼女のことも美しいと思うのだ。しかし、なぜか気持ちがもやりと燻る。
「先日は、一条様の珍しいお姿を見て、はしゃいでしまいました。お気を悪くされておりませんか?」
「いえ、大丈夫です」
気分悪かったが、わざわざそれを言っても、つけ込む隙になるだけだ。
ルカは笑顔で流した。
「一条様は、この世界に入るしかなかった私どものような者にも、とても気を遣って下さるの。異国民にも、同じ。あの方はいつも誰かのために奔走してらっしゃる。誰か一人を選ぶところなんて、もう二度と見ることはないと思っていましたの。妬いて、思わずお嬢様にはイジワルをしてしまいましたわ」
コロコロと笑って、ごめんなさいねと再び謝る姿に嫌な感じはない。たとえ言葉の端々に気になる言葉があるとしても。とはいえ、その内容はルカには関係のないことだ。それよりも、絶妙に毒がこもっているのにもかかわらず、そこに嫌な感情を見せないのはさすがは接客のプロということなのだろう。
ここは、見習っておこう、とでも思っておくべきか。
なんとも言えない気持ちは燻るものの、ルカは苦笑した。
それにしても……。
「正臣さんは、やっぱり、だれにでも、優しいんだ……」
ぽつりと口から漏れた声に、ルカ自身が驚く。
気にしないと思っていたのに、つい、気になってしまった。
ルカが食いついたことに気を良くしたのか、彼女はにっこりと笑って頷いた。
「ええ、なかなかやり手の軍人さんらしいので冷酷な噂も流れておりますけど、一般の方への情は、本当に厚い方ですわ」
確かにとルカは頷く。正臣の世話になってる東国人の目から見ても、やはり正臣は情が厚いのか。
彼からの好意を全部否定するのは何となく嫌だったため、正臣から監視されている疑いが少しでも払拭される内容は、やはりほっとする。
「軍人さんがあんなに優しいのって、珍しいですね」
「そうですわね。一度辛酸をなめた方は、両極端になられる方が多いものですが、あの方は両極端を併せ持った方になってしまわれて。困ってる方を見つけると、すぐに手を差し伸べてしまわれる。……いいのか悪いのか。いつもその気もなく人を引っかけてるから、質が悪いのですわ」
コロコロと笑うその目がルカをとらえた。
「私のことですか?」
苦笑すれば、彼女はゆっくりと首を振った。
「お嬢様は違います。あの方が噂になるほど自ら誰かに拘ったことはございません。お嬢様はあの方にとって、特別なのですわ。先日はちょっと見極めてやろうと思ってイジワルをしてみましたのよ。そしたら一条様の必死なこと。本当に良い物を見ましたわ」
彼女は楽しげに笑う。
「お嬢様は異国に帰る方でしょう? ひとときでも、あの方の憩いとなって下さる方がいらっしゃるのは嬉しく思うのです」
彼女の言葉は本心に思えた。これだけ感情を隠すのが上手な人間を読むのは難しいが、楽しげな笑みに嘘は見えない。けれど先ほどから、さりげなく込められている棘にも気付いている。
意地悪はまだ続いているようだ。
だからルカも心配する素振りで返した。
あの花見の時出会った花街の女性だ。花街の女性は見分けがつきにくく、同一人物か自信がなかったが、何となく彼女のような気がした。
「あら。あの時、一条様とご一緒だったお嬢様ではありませんか?」
通り過ぎようとしたルカを引き留めたのは、彼女の方だ。
「……こんにちは」
ルカは花街の女性を美しいと思う。父に連れられていった席で見た民族舞踊は、動きがなんとも言えずたおやかで、人形が動いているようなその様子は不思議な気持ちになった。ルカも男だ。美しい女性と話すのは正直なところ心浮き立つ物がある。
彼女のことも美しいと思うのだ。しかし、なぜか気持ちがもやりと燻る。
「先日は、一条様の珍しいお姿を見て、はしゃいでしまいました。お気を悪くされておりませんか?」
「いえ、大丈夫です」
気分悪かったが、わざわざそれを言っても、つけ込む隙になるだけだ。
ルカは笑顔で流した。
「一条様は、この世界に入るしかなかった私どものような者にも、とても気を遣って下さるの。異国民にも、同じ。あの方はいつも誰かのために奔走してらっしゃる。誰か一人を選ぶところなんて、もう二度と見ることはないと思っていましたの。妬いて、思わずお嬢様にはイジワルをしてしまいましたわ」
コロコロと笑って、ごめんなさいねと再び謝る姿に嫌な感じはない。たとえ言葉の端々に気になる言葉があるとしても。とはいえ、その内容はルカには関係のないことだ。それよりも、絶妙に毒がこもっているのにもかかわらず、そこに嫌な感情を見せないのはさすがは接客のプロということなのだろう。
ここは、見習っておこう、とでも思っておくべきか。
なんとも言えない気持ちは燻るものの、ルカは苦笑した。
それにしても……。
「正臣さんは、やっぱり、だれにでも、優しいんだ……」
ぽつりと口から漏れた声に、ルカ自身が驚く。
気にしないと思っていたのに、つい、気になってしまった。
ルカが食いついたことに気を良くしたのか、彼女はにっこりと笑って頷いた。
「ええ、なかなかやり手の軍人さんらしいので冷酷な噂も流れておりますけど、一般の方への情は、本当に厚い方ですわ」
確かにとルカは頷く。正臣の世話になってる東国人の目から見ても、やはり正臣は情が厚いのか。
彼からの好意を全部否定するのは何となく嫌だったため、正臣から監視されている疑いが少しでも払拭される内容は、やはりほっとする。
「軍人さんがあんなに優しいのって、珍しいですね」
「そうですわね。一度辛酸をなめた方は、両極端になられる方が多いものですが、あの方は両極端を併せ持った方になってしまわれて。困ってる方を見つけると、すぐに手を差し伸べてしまわれる。……いいのか悪いのか。いつもその気もなく人を引っかけてるから、質が悪いのですわ」
コロコロと笑うその目がルカをとらえた。
「私のことですか?」
苦笑すれば、彼女はゆっくりと首を振った。
「お嬢様は違います。あの方が噂になるほど自ら誰かに拘ったことはございません。お嬢様はあの方にとって、特別なのですわ。先日はちょっと見極めてやろうと思ってイジワルをしてみましたのよ。そしたら一条様の必死なこと。本当に良い物を見ましたわ」
彼女は楽しげに笑う。
「お嬢様は異国に帰る方でしょう? ひとときでも、あの方の憩いとなって下さる方がいらっしゃるのは嬉しく思うのです」
彼女の言葉は本心に思えた。これだけ感情を隠すのが上手な人間を読むのは難しいが、楽しげな笑みに嘘は見えない。けれど先ほどから、さりげなく込められている棘にも気付いている。
意地悪はまだ続いているようだ。
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