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1章

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 返す言葉に躊躇っていると、ふっと正臣が息を吐いた。

「さっきの質問だが、俺は、君に手を出す気はない」

 それで話は終わりだといった様子に、なにかをごまかされたような居心地の悪さを覚え、ルカは流されないように更に切り込んだ。

「手を出す気もない女に、こんなに親切にする物ですか? あなたのような大人の男性が?」

 もっともらしいことをいって白々しい。甘い言葉を言って、適当にごまかそうとするな。
 一瞬照れてしまった自分を振り切って、ルカは正臣を睨め付ける。
 口ではなんとでも言えるのだ。言いくるめられるつもりはないと、示しておいたほうがいい。
 突っぱねれば、正臣は小さく喉を鳴らした。

「思いが通じ合えば、そういう事もあればと願うだろう。だが、君はその見目よりも若い。先を望める関係でもない。俺など君からすれば親の年代に近いというのに、それを君に望むつもりはないさ」

「いい年して、そんな関わりで満足できるとは思えません」

「……悲しいかな、いい年だからこそ、だな。それこそ君につり合う年齢の頃なら、そうはいかなかった」

 ……若ければ今頃、問答無用にこいねがっていたかもしれない。

 楽しそうな声で、耳元でそう囁かれる。
 低くやたらと色気のある声と吐息に、ぞわぞわっと背筋が震える。
 ルカが耳を押さえてあわてて身を引けば、正臣は必死で笑いを堪えようと口元を覆っている。くくっと喉を鳴らしてこちらを見ている余裕が腹立たしい。
 鳥肌が立つようなその感覚に、酷く心がざわめいた。

 気持ち悪かっただけだ、耳元で感じた息づかいがこそばゆかっただけだ。

 そう自分に言い訳しながら、ルカは、そればかりではない感覚から目をそらした。

「こんな事をするから、怪しまれるのかな?」

 クックと笑う様子が馬鹿にされたような気がして、ルカはむっとする。

「馬鹿にしていますか?」

「していないさ。いい年したオヤジの恋情なんぞ、疑るのは当然だろう。信じる必要などないさ。君はせいぜい利用してやればいい。惚れた女の言うことなんぞ、浮かれてホイホイ聞くぞ」

 からかうようにそう言った正臣の様子に、どこまでも侮られているような気持ちが込み上げた。
 悔しい。まともに取り合う相手と思われてないことが。子供だからか。それとも女だと侮られているのか。
 なぜか、正臣に馬鹿にされると許せなく感じる。他の誰にやられても、むしろそれを逆手にとって、適当にごまかせるのに。正臣にそんな態度をとられるのは、無性に許せなかった。

「……そんなこと言って、若い異国の女がその気になると……」

 ルカの震える声が、堪えきれない不快感に染まっていた。感情的になるのはよくないとわかっているのに、ルカは怒鳴りたくなるほどの怒りを覚えていた。

「ああ、いや、まってくれ。そう怒ってくれるな」

 慌てた様子で正臣が言葉を遮った。
 馬鹿にされたのだ、怒るに決まっている。ルカは睨め付けながら、今日はこのまま帰ろうかと考えたところで、ふむ……と少し考え込んでいた正臣が頭を下げた。

「軽く流して悪かった」

 この男は、本当に、こんな小娘に頭を下げることを躊躇わない。
 その様子に、思わず怒りが少しおさまる。これをされると苦笑するしかないではないか。

 それだけ、目上の男が年下の女性に向けて真面目に頭を下げるのは、あり得ないことなのだ。正臣は、ルカがどうしても許せない時は、いつも敏感に察知する。そして正面から受け止めるのだ。

「ルカ殿がそう感じたのも致し方ない……だが、俺は本当に君に手を出す気はないんだ。たとえ君が、好意を返してくれたとしても、だ」

 困ったように溜息をついた正臣が、ルカの顔をのぞき込んだ。

「君は、駆け引きには向かないな」

 そう言って正臣は苦笑する。

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