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1章
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しおりを挟む時々、こうして、あの日の夢を見て起きることがある。その度に、自分のなすべき事を確認して、ルカは決意をあらためる。
家を出たのは、寒さが訪れはじめた十月のことだった。ひと月の知人宅での潜伏のあと、いろんなところを渡り歩き、年明けは見知らぬ土地で過ごした。そうしてこの町にたどり着くのに、最初の潜伏先を出てからふた月がかかっていた。
それからここに逗留し始めて早二ヶ月以上が過ぎたのだ。
まだまだ肌寒いが、昼間はだいぶ春の陽気を感じられる日もある。
毎日があまりにも平和で、半年ほど前の胸が潰れそうな出来事が嘘のようだ。それゆえに込み上げる不安と焦り、両親への心配。なすべき事への責任感と、自分にはどうしようもない出来事の両方に、押しつぶされそうになる。
きっと一人だったら、今頃母の元に戻っていただろう。この国の情勢は悪化の一途を辿っている。この町の平穏さが異常なだけだということは、噂に聞いている。
物流が滞り、人も苛立ちを溜めている。それでも異国民への反発となってないのは、他の地方では率先して異国民を虐げる軍人達が、この町には少ないためだ。よそ者に厳しいのはどこも同じだ。この町だって例外ではない。ましてや東国まで来る異国民など、そろって金持ちだ。それだけで妬みを含んだ嫌悪の対象となる。けれど、そんな異国民だからこそもたらす文化もある。その恩恵も大きい。それを受け入れられる環境が、この町は整っていた。
だから、偽姉と乳母が、最初の潜伏先の夫人からもらった紹介状で、この町の貿易商の屋敷で雇ってもらえているのだ。それだけの余裕がこの町の住人にはあるということだ。ルカは立場上直接的に匿うことはできないということで、雇ってもらうことは厳しいが、家族が町の有力者の元で雇われているという後ろ盾ができ、それなりの安全を確保される。さらにその貿易商の伝手で、時折使いを頼まれる形で、方々との情報集めができるぐらいにはに力を貸してもらっている。貿易商はお使いを頼んだだけで、それ以外のことは貿易商とは関係がなく、ルカが勝手にやっている、ということだ。
それができる意味でも、この地にいることは有益だ。
それに比べて、港町の治安は悪いと聞いている。できるだけ早くこの国を出たいのであれば、港町に逗留する方が効率がいい。だが、そのまま行方不明になる可能性は、格段に上がる。異国の女が港町で行方不明になっても、密航したのではと言われてしまえば、捜査は打ち切られる。
正臣がこの町の軍人を取り仕切っているという話は間違いではないらしい。この町の軍人で大佐なのだから、発言力が高いのはわかっていた。だがそれ以上に、軍人達からも住人からも信頼が厚いようだ。纏う威厳こそ納得ではあるが、それにしても民間人への対応は佐官らしくない。大佐なんて、現場に行ってもただ威張っているだけの物ではないのか。正臣のように民間に目を向けて気遣うような佐官なんてそういない。
正臣に反発する者はそれなりにいるのだろうが、逆らえる者は少ないようだ。権力があるというよりは、慕われている、尊敬されている、という状態が近いのだろう。
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