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2 なんで俺じゃダメなんだよ

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「……ふざけてない。俺は、ケイを抱きたい」
「は? ばかなの? ねぇ、お前、ほんとにバカじゃねぇの?」
「さっきのヤツはよくて、なんで俺がダメなんだよ! 一回きりのヤツより、お前の事知ってる俺の方がずっとましだろ?!」
「知ってるから、ダメだっつーの」
「なんで。俺、お前の事、大事にするし。……お願いします。やらせてください」

 このやろう。土下座しやがった。どんだけやりたいんだ。
「バカじゃねぇの?」
「ケイ、お願い。やらせて」
 土下座ったまま顔上げて首かしげて懇願する大の男の惨めったらしい姿に頭痛がする。くそ、なんかバカかわいい。バカにはバカの、突き抜けたかわいさってあるよな。くそ、恋の呪い、恐ろしい。

「バカか。踏みつけるぞ」
 目の前で足を振り上げて頭を踏みつけるふりをすれば、「え、そういうプレイ?」と、目をキラキラさせて、ソックスはいた足の指を舐めた。
「うぉ! アホか! きったねぇだろ!! なにしてんだよ! 早く口洗ってこい!」
 びびって慌てて足を引っ込めると、そのまま体勢崩してよろめく。転びそうな体勢を立て直そうと数歩後ろに足踏みすれば、すぐ後ろのでかいベッドにぶち当たる形で、ぽすんと座り込んで事なきを得た。

「あ、やっと、その気になってくれた? うれしいなぁ」
 土下座してた親友がすくっと立ち上がり、ベッドに腰掛けた俺を囲い込むように乗り上げてくる。
「あ?」
「足なめた口でキスしたら怒られそうだし、……体中舐めてから、も一回、キスしような」
 耳元で低いささやきが聞こえたかと思うと、ぬちゅっと脳髄貫くような音がした。
「ひぁ……っ」
 ぞりぞり、ぴちゃ、クチャ……と、耳の中を舐める音がする。音に、そして舌の感触に、ぞわぞわと快感が這い上がってくる。
「か、カケ……っ、やめっ、ひぁんっ」
 身体から力が抜ける。ぞくぞくして、くすぐったくて、でも気持ちよくて、身体を強ばらせながら俺に覆い被さる目の前の胸元に縋りつく。
「ハハッ、ケイ、お前、かわいーのな」
「バカや、ろ……っ」
 好きで、好きでたまらない相手に押し倒されて、抵抗する術なんて、俺は、知らない。




 抱えられた俺の足。揺れる視界。
 なし崩しで始まった性行為。
 親友が、いま俺を抱いている。

 大学はいって、何となく意気投合して、それからずっと一緒にいた。しゃべるのが下手な俺は、カケルの明るくて人なつっこい性格に何度も救われた。ひねくれた事ばかり言う俺をいつも笑って受け入れてくれた。
 女の子が好きで、驚くほどの回転率で彼女がころころ変わってゆく親友を、何度苦い思いで見つめただろう。そのくせ「なんかしっくりこない」とか言ってすぐに別れる。遊びで終われそうにない子とは付き合わないと言うのが信条で、「真面目そうな子とは、俺が好きにならない限り付き合わないから大丈夫!」とか当てにならない基準を偉そうに吐いていた。「だってやりたい」が免罪符になると思ってる辺りがバカな男だった。
 カケルは本当に良い奴なのに、女関係だけは「コイツクズだな」と思いながら、……俺は、ほっとしていた。だって、ずっとそばにいる俺の方が「彼女」より上って事だったから。

 まあ、それを言うなら、俺も一夜限りの相手を探して肌合わせて現実逃避してる辺り、親友のやってる事と同じだったのかもしれないが。でも互いに割り切った関係を求めてるってわかってる、寂しいから肌の温かさを求めるだけの関係。だからそれを免罪符にして、きっと、まだ、まし……なんて言い訳をしていた。
 でも、今、カケルに抱かれながら、ぼんやりと、思う。
「彼女」なんてごまかしてないだけ俺の方が誠実だろ、なんて嘯いても、やってる事は同じだったのかな。
 だから、俺、こんなに簡単に性欲発散の相手に、されちゃってるんだろうな。

 バカで、優しくて、大らかで、情が厚くて、俺が困ってるといつだって駆けつけてくるようなヤツで、でも同じぐらい俺に迷惑掛けまくるヤツで、にこにこと笑いながら俺を親友って言ってくれて、俺のそばにいてくれて……。
 なあ、カケル。すげぇ好きだよ。俺はお前の事が好きで好きでたまんなくて、だから、ずっと友達でいようって覚悟決めてて。お前がほんとに、「親友」より好きな「彼女」が出来るまでは、ずっと、そばにいてやろうって思ってて……。

 なのに、お前は俺を、今、抱いている。
 俺のケツにチンコつっこんで、腰ふっている。
 カケルにとって、恋人って、何? 俺はこれから、親友で、性欲処理? それとも俺、お前の歴代彼女たちみたいに、適当にやり捨てられんの?
 ……これって、彼女たちより上だなんて安心してた罰なの?


 ぐちゅぐちゅと、水音が響いている。ヒンヒン泣きながら、俺はカケルの荒い息づかいに耳を傾ける。
 好きなヤツとするセックスは、信じられないほど気持ちよくて、幸せだ。
 ずっと触れたかった。手を伸ばして、俺のだと言って抱きしめたかった。キスして、肌を合わせて、交わりたかった。カケルと一つになる夢を見て、何度もマスかいたりもした。
 今、その夢が叶ってる。
 それはすごく幸せで、だから絶望する。
 カケルは別に、俺の事が好きなわけじゃない。やりたかっただけで、生理的に勃たせる事が出来ただけで、俺の好きと、こいつの好きは違う。
 こんなのは続く関係じゃない。続かないのなら、こんな幸せ、知りたくなかった。

「ひぐっ、あっ、あっ、もう、や、あっ」
 何度も何度も突き上げられる単調な快感に、ボロボロ、ボロボロと涙がこぼれる。
「もう、やだ、カケル、やだ……もう、やだよぉ……」

 なあ、友達とするセックス、お前は、楽しいのかな。好きなヤツに、好かれてないまま抱かれるのって、何にもないよりかは、幸せなのかな。
 なあ、お前、気持ちいい? 好きでもないくせに、やりたいだけで男を相手にして、気持ちいい?
 抱かれたくないわけじゃない。むしろ、抱かれたかった。嫌なわけじゃない、うれしい。気持ちいい。ずっと、ずっとこのままいたいぐらい。なのに、好きなヤツと気持ちの伴わないセックスは、とても悲しい。触れられる幸せをこんなにも感じているのに、とても寂しい。友達のままでいるより、ずっと苦しい。
 がくんがくんと揺さぶられながら、俺は、ただ泣く事しか出来なかった。

「カケルっ、やだ、も、やだっ、あっ、あっ」
「……っ、泣くなよっ」
「うあぁ……!!」
 怒鳴られると同時に、えぐるような突き上げがきた。
 気持ちいい、苦しい、うれしい、悲しい。
 泣きながら嬌声を上げる。
「そんなにっ、そんなに、俺に抱かれるのは、嫌かよ……っ」
 絞り出すような声が俺の上からふってくる。今にも泣き出しそうなほどに涙のにじんだ、揺らぐような声が。

 ……カケル?
 虚ろに天井に向けていた焦点を、カケルへと移す。
 いつもは朗らかに笑顔を浮かべている顔が、今は悲しげに歪んでいた。
 どうして? お前が望んだんだろ? なんでお前がそんな顔してんだよ。

「どうして、泣くんだよっ、どうして、俺じゃダメなんだよ……!! 男が良いなら、俺でもいいじゃないか!! 初対面の男ならよくて、どうして俺が抱くのは、ダメなんだよ……!!」
 俺を穿ちながら、カケルが泣いていた。頬を涙でぬらしながら俺を犯していた。
「かけ、る……?」
 なんで、お前まで泣いてんの? 
 頬に触れたくて手を伸ばす。
 お前に泣かれたら、胸が苦しい。悲しい。泣くなよ。
 理屈とか抜きで、抱きしめて、大丈夫だよって、言いたくなる。
「ケイ、ケイ……っ」
 両手を伸ばした俺の腕の中に、倒れ込むようにカケルの身体が落ちてくる。
 そのままぐっと抱きしめられた。名前が何度も呼ばれて、深いキスを繰り返した。その合間に、俺もカケルの名前を呼び続けた。
 求められている。
 そんな錯覚に陥って、そっから先は、むさぼり合うように求め合った。
 苦しさとか悲しさとか全部ぶっ飛んで、カケルと抱き合える幸せと、カケルに与えられる快感だけが全部になった。

 きもちいい。すきだよ、カケル、おまえのことが、めちゃくちゃ、好きだよ。

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