十三回忌

佐倉島こみかん

文字の大きさ
上 下
1 / 4

十三回忌前日

しおりを挟む

 誰よりも私の誕生を願ったのは姉だった。
 でも私は、誰よりも姉の死を望んでいた。

『これでもう、全部、ちぃちゃんのものだからね』

 そんな姉の今際の言葉は、今でも呪いのように心の奥に刻みついている。






 姉の十三回忌を翌日に控えた土曜日、昼食後に2階の自室で数学の課題を解いていたら、母と祖母の言い争う声が聞こえてきた。
「だから、なんでそげん大事なことを前日になるまで言わんかったわけ? もう仕出し屋さんにも頼んだし、皆に連絡もしたでしょうが!」
「そんなに大きな声で言わなくても良いでしょうそげんふて声で言わんち良かがね泣きたくなる泣こごっあっ!」
「誰のために大きな声で言ってると思ってんのね! 耳が遠いからわざわざ大きな声で言ってんでしょうがっ、予定が急に変わって泣きたいのはむしろこっち!」
 何事かと1階に下り、台所の方からリビングに通じる引き戸をそっと開けて様子をうかがえば、母から強く言われた祖母が、不服そうにうつむいて黙り込む姿が見えた。
 母と祖母の喧嘩のいつものパターンだ。言いたいことを言いたい放題にきつく言う母と、気に入らないことがあるとすぐ黙り込む祖母。そんな祖母に母が更にイライラして言いまくって、祖母が更に機嫌を損ねて何も言わなくて……という悪循環。血の繋がった母娘おやこだけど正反対の性格で、血が繋がっているからこそ物言いに遠慮がなくて、ひどく相性が悪いのだ。
「何か言ったら?」
 黙ったままの祖母に、更に母は眉を吊り上げて言う。それでも、祖母は何も言わない。母は大きく溜め息をつくと、話にならんわと一言吐き捨てて、玄関に繋がっている方のドアからリビングを出て、大きな足音を立てながら二階に上がってしまった。たぶん、仕事部屋に行ったのだろう。
 この気まずい状態のリビングに入る勇気はなくて、私は足音を殺して2階に戻ることにした。
 2階に上がった母は仕事部屋にいた。階段を挟んで私の部屋の反対側にある仕事部屋のドアが開けっ放しになっている。中の様子をうかがうと、母はちょうど電話の子機を手に話しているところだった。
「あ、もしもし。明日の法事の仕出しをお願いしていました、松園です。はい。はい、そうです、十三回忌の」
 母は不機嫌さなど見せないオクターブ高い電話用の声で言う。
「それで、料理を11時に持って来てもらえるようお願いしていたんですが、お寺さんの都合で法事の開始が四十分ほど遅くなるそうで……はい、そうなんです。それで、11時半に変更して頂けないでしょうか……はい、はい、すみません。よろしくお願いします。はい、では」
 受け答えの終わった母はスイッチを切って子機をスタンドに戻し、また深いため息をついた。
「お母さん、どうしたの?」
 さも今、部屋から出てきましたというていで、母を気遣うトーンで声を掛ければ、母はハッとして私を振り返る。
「ああ、千里ちさと。ばあちゃんがね、遥佳はるかの法事の時間が、お寺さんの都合でずれることを今になって言い出して大変なのよ。しかも先週の内に聞いてたとか……伝えたつもりで忘れてたんだろうけど、何も言わないし。まあ、それで、これから方々に電話しないといけなくて。明日のことなのに、ほんっと、信じられない」
 話しているうちにさっきの苛立ちがぶり返してきたように母の語気が荒くなる。
「そうなんだ、大変なことになったね。私も手伝った方がいい?」
「律子おばちゃんに手伝ってもらうから大丈夫よ。あんたは気にせず、自分のことをしてなさい。来週からテスト週間でしょう」
 母は、私の叔母自分の妹の名前を出して、私に勉強を促した。
 母にとって私は、姉同様に県内トップの進学校に身を置いている自慢の娘なのだ。しかも、文理選択の末、文系トップクラスに入ったものだから、2年生になってから何よりも学業を優先させたがる。
「分かった、大変だったら言ってね」
「ありがとう」
 優等生で母思いの娘らしく労わるように言えば、母は小さく微笑んで返した。

 自室に戻って、小さく溜め息をつく。どうして母も祖母も何十年と親子をやっていて、ああも上手くやれないのだろう。もっと言い方を優しくすれば祖母もあそこまですねないし、祖母だって母のあの性格を知っているんだから自分の非を認めて素直に謝って理由を話せばいいのに。
 あいにく、父が単身赴任先から帰って来るまでまだあと3時間ほどある。それまで、私1人が祖母と母の間に立たなければならないのは苦痛でしかない。苦手な数列の問題を解いている方がずっとマシだ。

 お姉ちゃんは、また、誕生日に私を苦しめるんだね。

 ……なんて、居もしない姉への恨み言が口をつきそうになる。


 今日は、姉が亡くなってから12回目の私の誕生日――私は、姉と同じ歳になった。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Beside suicide

田向 早藁
青春
同じクラスの女子生徒が自殺した。特に理由もない熱量の低い自殺。僕の方が余程辛い思いをしているのに、何故そんな事が出来たんだ。見えない思いと友情は果たして君に届くのか。今助けに行くからね。

『10年後お互い独身なら結婚しよう』「それも悪くないね」あれは忘却した会話で約束。王子が封印した記憶……

内村うっちー
青春
あなたを離さない。甘く優しいささやき。飴ちゃん袋で始まる恋心。 物語のA面は悲喜劇でリライフ……B級ラブストーリー始まります。 ※いささかSF(っポイ)超展開。基本はベタな初恋恋愛モノです。 見染めた王子に捕まるオタク。ギャルな看護師の幸運な未来予想図。 過去とリアルがリンクする瞬間。誰一人しらないスパダリの初恋が? 1万字とすこしで完結しました。続編は現時点まったくの未定です。 完結していて各話2000字です。5分割して21時に予約投稿済。 初めて異世界転生ものプロット構想中。天から降ってきたラブコメ。 過去と現実と未来がクロスしてハッピーエンド! そんな短い小説。 ビックリする反響で……現在アンサーの小説(王子様ヴァージョン) プロットを構築中です。投稿の時期など未定ですがご期待ください。 ※7月2日追記  まずは(しつこいようですが)お断り! いろいろ小ネタや実物満載でネタにしていますがまったく悪意なし。 ※すべて敬愛する意味です。オマージュとして利用しています。 人物含めて全文フィクション。似た組織。団体個人が存在していても 無関係です。※法律違反は未成年。大人も基本的にはやりません。

海岸線の彼

真麻一花
青春
毎週水曜日。バスを降りて海岸線を歩く。そして後ろから駆け抜けて行く二人乗りのバイクを待つ。 そしてあっけなく追い抜いて行く金髪の男子高校生の姿を見送る。 それが週に一度の楽しみだった。 落ち着いている女子高校生と、少しやんちゃ風な金髪の男子高校生の出会いの話。 小説家になろうにも投稿してあります。

悲しみの向こう側

雲龍神楽
青春
18歳にして病魔と戦い余命5年と言われたが、10年生きてこの世を去った麻耶。 麻耶を襲ったのは、現代の医学では治療法のない病魔だった。 親友の杏奈は、麻耶の死を受け入れることが出来なかった。杏奈は麻耶の死以前に杏奈のお姉ちゃんの佑奈の死があったからだ。 麻耶は自分の余命が残り僅かだとわかった時麻耶が杏奈に残したものとは。 杏奈に降りそそぐ運命とはーー。

死神少女と社畜女

キノハタ
青春
 「ねえ、お姉さんの寿命あと一週間だけど、何したい?」  ある日、働きづめのOLまゆの前に現れた、死神の少女ゆな。  まゆにしか見えず、聞こえず、触れない彼女は、楽しげに笑いながらこう問いかける。  あと一週間だけの命で一体何がしたいだろう。  もしもうすぐ死ぬとしたら、私は一体何をするのだろう。

いつかどこかで────ノスタルジーの物語

岩田シン
青春
 この小説はノスタルジーの物語です。最初の1行から最後の1行まで全てがノスタルジーの物語です。過ぎ去った日々の思い出を懐かしむ感情、ノスタルジーというものを如何に文学として表現するか、その一つの実験的試みとも言えるのがこの小説です。この小説は詩で始まり、詩で終わります。この物語の中で8篇の詩が出て来ますが、その全ての詩に大きな意味が込められています。この小説に出て来る詩と物語そのものとの間には関連性というのは全く無く、物語は静かに進行するし、詩の方は物語とは別に読む人を別の空間へ連れて行き、別の夢想の世界へ誘います。全体としてノスタルジーというものを文学として表現している、そういうタイプのちょっと変わった小説です。  正直な所、この小説はある意味マニアックと言うか、ユニーク過ぎる部分があるので読む人によって評価が分かれる事でしょう。この小説に出て来る詩を何も考えずにザーッと読み飛ばしてしまうと、ただの平凡な物語という風になってしまうかもしれません。作者としては出来る限り深く詩の方を鑑賞して頂き、夢想やノスタルジー、ファンタジーや空想といった世界に浸って頂ければ、その相乗効果でこのノスタルジーの物語は完全なノスタルジーの物語になるものと確信しています。 (作品をお読みになる時は投稿の日時をよく御確認頂き、投稿の日時・時間が早いものから順番に読んで頂き      ます様お願い申し上げます。一番最初は、 ”本章 いつかどこかで───ノスタルジーの物語 序幕”で、   その次に〝本章 ノスタルジーの物語 その1”になり、それから一番上の ”その2”に行き、それからは順に下へ ”その3 、 その4” と行き、次に ”終章 いつかどこかで  Epilpogue ” で終わりというふうになっています。                                                         普通は、次の話を読むときは ”次の話→”のところをクリックされると思いますが、この小説を読まれる時は面倒ですが、真ん中の ”表紙へ”をクリックして一回戻り、投稿の日時・時間を確認した後、早いものから順番に読んで頂きます様お願い申しあげます。)  パソコンの操作に不慣れなため、読者の皆様に面倒をおかけする事になって しまいほんとに申し訳ございません。

幼なじみの距離

暁月 紺
青春
新興住宅地で育った幼なじみの二人。 変化する家庭環境や、それに伴い出来ていく距離を埋めることは出来るのか?

【完結】雨の魔法にかけられて

蒼村 咲
青春
【あらすじ】「え、ちょっと!? それ、あたしの傘なんですけど!」雨降りの放課後、クラスメイトに傘を持ち帰られてしまった中井真結。途方に暮れていたところに通りかかったのは、たまに話すかなという程度のなんとも微妙な距離感の男子だった。 【作品情報】『もう少しだけ』を加筆修正・改題したものです。全5話です。

処理中です...