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シルヴァンの部屋は、俺の部屋よりずっとシンプルで、でも、すごく洗練されていた。
「寝るためだけの部屋だからね、あまり物を置かないようにしているんだよ」と言っていたけど、緻密に引き算されてできあがった部屋のように思えた。
「さあ、どうぞ」
「あ、ありがとう……ございます……」
ソファを勧められ、腰を下ろす。
俺の部屋のソファより、固い座り心地だった。
ちょっと落ち着かない。
シルヴァンは「お茶を淹れるから、少し待っていてね」とミニキッチンに立った。
ケトルでお湯を沸かす後ろ姿。何気ない日常の動作なのに、妙にそわそわした気分になるのは、ここがシルヴァンの部屋だからだろうか。
そういえば……。
「……いい匂いが、する」
「うん?」
不思議そうに振り返るシルヴァン。し、まった。心の中で言ったつもりが声に出ていた。
「どうしたの?」
「ぁ……う、あの、えっと」
「なあに?教えてよ」
「……い、いい匂いがするな、て。この部屋……」
「そうかい?香を焚いたりはしていないのだけど……」
分かってる。これ、シルヴァンの匂いだ……♡
シルヴァンからはいつもいい匂いがする。
たぶん、ちょっとだけ香水をつけてる。その匂いが、部屋全体にうっすらと漂っている。
「た、たぶん、香水……」
「ああ」
うなずいて、琥珀色の液体が入ったガラスのマグカップを、俺に手渡してくれた。
シルヴァンが隣に座る。甘い香りが、ふわっと鼻先に漂う。
「ずっとつかっているから、きっと部屋にも染みついたんだね」
シルヴァンは柔らかに笑った。
「すき、です」
「ん?」
「あっ……こ、この匂い、が。シルヴァンの匂い、すき」
変なことを口走ってしまった。でも、ちゃんと誤魔化せた。大丈夫。よかった。
「……」
「あ、あの、これ、おいしい、です」
「……そう。お口にあってよかったよ」
へへ……♡
なんか、なんか。
しあわせだなあ、と思う。
部屋に招待してもらうなんて、特別、な感じがする。シルヴァンには、そんなつもり、ないかもだけど、そう思っておく。そして、勝手に喜んでおく。
「ねぇ、シエル」
「はい?」
「さっきは、ごめんね。途中、おかしな空気にしてしまって」
「あ……いえ。で、でも、めずらしい?ですよね。シルヴァンが、あ、あんなふうに、感情的、に、なるの」
「やっぱり感情的になっていたかな……」
「す、すこしだけ」
「……困ったな。きみのことになると、私は冷静さを欠いてしまうみたいだ。どうしてだろう……」
質問というより、独り言みたいにシルヴァンはつぶやいた。
どうして。どうしてだろう。
本当に、少しは俺を特別だと思ってくれてる……から?
ないない。そんなの、あるわけない。自惚れちゃ駄目だ。身のほどをわきまえなきゃ、と自分に言い聞かせて、「き、きっと……」と口を開く。
「お、俺が救世主……だから、じゃ、ないですか?あ、あの文字読めるの、お、俺だけ、だし、」
「無礼を働いて、怒らせたらまずいって?それは確かにあるかもね」
「そ、そんな。俺、怒ったり、なんかは」
「ふふ、分かってるよ」
シルヴァンは俺の頭を、ぽんぽん、と優しく叩いた。
「……でも、うん、そうだね。シエルは救世主だから……だから、こういう気持ちになるのかもしれないね。シエルは私の救世主だ。本当はね、私たちの、ではなくて、私だけの救世主だったらいいのにって思うんだよ。ずっときみを待っていた。あの本を解読してくれる誰かを」
「あ……」
ほら。
やっぱり、俺じゃなくてもよかったんだ。
あの本を翻訳できるやつなら、誰でも。
苦しい。
こんな気持ちになること自体、筋違いだって分かってる。
俺なんか、救世主じゃなければ特別に思われることなんて、ない。絶対にない。ありえない。
分かってるのに、すごく苦しくて、胸が痛い。
「寝るためだけの部屋だからね、あまり物を置かないようにしているんだよ」と言っていたけど、緻密に引き算されてできあがった部屋のように思えた。
「さあ、どうぞ」
「あ、ありがとう……ございます……」
ソファを勧められ、腰を下ろす。
俺の部屋のソファより、固い座り心地だった。
ちょっと落ち着かない。
シルヴァンは「お茶を淹れるから、少し待っていてね」とミニキッチンに立った。
ケトルでお湯を沸かす後ろ姿。何気ない日常の動作なのに、妙にそわそわした気分になるのは、ここがシルヴァンの部屋だからだろうか。
そういえば……。
「……いい匂いが、する」
「うん?」
不思議そうに振り返るシルヴァン。し、まった。心の中で言ったつもりが声に出ていた。
「どうしたの?」
「ぁ……う、あの、えっと」
「なあに?教えてよ」
「……い、いい匂いがするな、て。この部屋……」
「そうかい?香を焚いたりはしていないのだけど……」
分かってる。これ、シルヴァンの匂いだ……♡
シルヴァンからはいつもいい匂いがする。
たぶん、ちょっとだけ香水をつけてる。その匂いが、部屋全体にうっすらと漂っている。
「た、たぶん、香水……」
「ああ」
うなずいて、琥珀色の液体が入ったガラスのマグカップを、俺に手渡してくれた。
シルヴァンが隣に座る。甘い香りが、ふわっと鼻先に漂う。
「ずっとつかっているから、きっと部屋にも染みついたんだね」
シルヴァンは柔らかに笑った。
「すき、です」
「ん?」
「あっ……こ、この匂い、が。シルヴァンの匂い、すき」
変なことを口走ってしまった。でも、ちゃんと誤魔化せた。大丈夫。よかった。
「……」
「あ、あの、これ、おいしい、です」
「……そう。お口にあってよかったよ」
へへ……♡
なんか、なんか。
しあわせだなあ、と思う。
部屋に招待してもらうなんて、特別、な感じがする。シルヴァンには、そんなつもり、ないかもだけど、そう思っておく。そして、勝手に喜んでおく。
「ねぇ、シエル」
「はい?」
「さっきは、ごめんね。途中、おかしな空気にしてしまって」
「あ……いえ。で、でも、めずらしい?ですよね。シルヴァンが、あ、あんなふうに、感情的、に、なるの」
「やっぱり感情的になっていたかな……」
「す、すこしだけ」
「……困ったな。きみのことになると、私は冷静さを欠いてしまうみたいだ。どうしてだろう……」
質問というより、独り言みたいにシルヴァンはつぶやいた。
どうして。どうしてだろう。
本当に、少しは俺を特別だと思ってくれてる……から?
ないない。そんなの、あるわけない。自惚れちゃ駄目だ。身のほどをわきまえなきゃ、と自分に言い聞かせて、「き、きっと……」と口を開く。
「お、俺が救世主……だから、じゃ、ないですか?あ、あの文字読めるの、お、俺だけ、だし、」
「無礼を働いて、怒らせたらまずいって?それは確かにあるかもね」
「そ、そんな。俺、怒ったり、なんかは」
「ふふ、分かってるよ」
シルヴァンは俺の頭を、ぽんぽん、と優しく叩いた。
「……でも、うん、そうだね。シエルは救世主だから……だから、こういう気持ちになるのかもしれないね。シエルは私の救世主だ。本当はね、私たちの、ではなくて、私だけの救世主だったらいいのにって思うんだよ。ずっときみを待っていた。あの本を解読してくれる誰かを」
「あ……」
ほら。
やっぱり、俺じゃなくてもよかったんだ。
あの本を翻訳できるやつなら、誰でも。
苦しい。
こんな気持ちになること自体、筋違いだって分かってる。
俺なんか、救世主じゃなければ特別に思われることなんて、ない。絶対にない。ありえない。
分かってるのに、すごく苦しくて、胸が痛い。
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