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第二、第三部番外編
異端③
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「貴方様は、オラルト伯爵のご子息なのです。」
ある日、二つ西の領を治める伯爵の使者と言った人物が家を訪ねてきた。彼が言うに、アークは伯爵の息子であり、現伯爵が彼を跡継ぎとして迎え入れたいらしい。
「お、俺が……貴族?」
「左様でございます。」
使者曰く、彼の母はとある子爵家のご令嬢で、現オラルト伯爵と愛し合って婚約していたそうだ。しかし子爵家が没落したため、婚約は破談になった。婚前だったが既に子を身ごもっていた子爵令嬢はこの街に身を寄せ、アークを生んだ際に亡くなってしまう。アークは生まれてすぐ孤児院に預けられ、今の両親に育てられた。つまり、彼は伯爵家と子爵家の血を引く、正真正銘の貴族なのである。と。
「なぜ、今更になって来たんですか?」
「伯爵様は、子爵令嬢…ナタリー様が行方知れずとなってしまったことに大変ショックを受けられていました。子がいる事もご存知ではありませんでした。そのためお迎えするのが遅れてしまったのです。」
そうして、アークは伯爵家に向かうことになった。アークたっての希望で、私も一緒に。私は不安でたまらなかった。せっかく逃げたはずだった王侯貴族の世界に、再び足を踏み入れることになるかもしれなかったからだ。
悪い予感は当たるもので、オラルト伯爵は私たち夫婦をとても歓迎してくれた。そして、アークを次期伯爵にし、平民の私を次期伯爵夫人に認めると言った。一介の平民にすれば、大した玉の輿だろう。しかし私は不安を拭いきれないまま、伯爵家で過ごすことになった。
時が経ち、私は男の子を産んだ。私の元の色が入っていたらどうしようかと思ったが、幸いアークにそっくりな明るい茶髪とエメラルドの瞳だったので安心した。それと共に、何者にも変え難い愛おしさで胸がいっぱいになった。
「俺にそっくりだ……!」
「そうね」
「俺の子だ……!」
しきりに子供を撫でるアーク。そんな彼らを見ていたら、これからの生活の不安なんて消し飛ぶようだった。
男の子はビクターと名付けられた。その時が幸せの絶頂だった。
しかし、そんな生活は長くは続かなかった。
程なくして、アークは伯爵位を継ぎ、社交を始めた。伯爵になってから、彼は変わり始めた。
「平民のお前が伯爵夫人になれたんだ、もっと感謝しろ。」
「平民のお前に社交なんて難しいだろう?だから屋敷で待ってろ。」
何かにつけて私を平民だと見下すようになったのだ。日を追う事に、私を見るエメラルドの目は冷たく、態度は素っ気なくなっていく。唯一の癒しだったビクターも、貴族出身の乳母に育てられる。
加えて、平民暮らしでは決して手の届かなかった贅沢をにお金をつぎ込むようになっていった。例えば服、宝石、装飾品、果てには賭博。
日に日に逼迫する財政は、管理する私に悲鳴を上げさせた。注意しても、平民が口を出すなと言われる始末。
彼は、かつての彼ではなくなっていた。
毎日必死に金策に走っていた私は、ある日流行病に身を蝕まれた。アークは感染を恐れて私を別邸に隔離し、顔を合わせない日々が続く。寂しさと苦しさで、私は初めて涙を流した。
日に日に身体が弱っていく。呼吸するだけのことを必死に行い、一秒一秒が長く感じた。
「アーク、は……?」
かすれ声で侍女に聞くと、困ったような表情で彼女は言った。
「パーティーに行かれています。」
嘘だ。
時刻は朝。こんな早くからパーティーをしているはずがない。私が時間もわからないほど衰弱していると思っているらしい。
だが、そんな謎の嘘をつくこと。それはつまりアークが今伯爵邸にいないことを意味している。
今、どこにいるの?
病床の夫人を置いていくほど、大切な用事なの?
絶望の中で、私は意識を手放した。
ある日、二つ西の領を治める伯爵の使者と言った人物が家を訪ねてきた。彼が言うに、アークは伯爵の息子であり、現伯爵が彼を跡継ぎとして迎え入れたいらしい。
「お、俺が……貴族?」
「左様でございます。」
使者曰く、彼の母はとある子爵家のご令嬢で、現オラルト伯爵と愛し合って婚約していたそうだ。しかし子爵家が没落したため、婚約は破談になった。婚前だったが既に子を身ごもっていた子爵令嬢はこの街に身を寄せ、アークを生んだ際に亡くなってしまう。アークは生まれてすぐ孤児院に預けられ、今の両親に育てられた。つまり、彼は伯爵家と子爵家の血を引く、正真正銘の貴族なのである。と。
「なぜ、今更になって来たんですか?」
「伯爵様は、子爵令嬢…ナタリー様が行方知れずとなってしまったことに大変ショックを受けられていました。子がいる事もご存知ではありませんでした。そのためお迎えするのが遅れてしまったのです。」
そうして、アークは伯爵家に向かうことになった。アークたっての希望で、私も一緒に。私は不安でたまらなかった。せっかく逃げたはずだった王侯貴族の世界に、再び足を踏み入れることになるかもしれなかったからだ。
悪い予感は当たるもので、オラルト伯爵は私たち夫婦をとても歓迎してくれた。そして、アークを次期伯爵にし、平民の私を次期伯爵夫人に認めると言った。一介の平民にすれば、大した玉の輿だろう。しかし私は不安を拭いきれないまま、伯爵家で過ごすことになった。
時が経ち、私は男の子を産んだ。私の元の色が入っていたらどうしようかと思ったが、幸いアークにそっくりな明るい茶髪とエメラルドの瞳だったので安心した。それと共に、何者にも変え難い愛おしさで胸がいっぱいになった。
「俺にそっくりだ……!」
「そうね」
「俺の子だ……!」
しきりに子供を撫でるアーク。そんな彼らを見ていたら、これからの生活の不安なんて消し飛ぶようだった。
男の子はビクターと名付けられた。その時が幸せの絶頂だった。
しかし、そんな生活は長くは続かなかった。
程なくして、アークは伯爵位を継ぎ、社交を始めた。伯爵になってから、彼は変わり始めた。
「平民のお前が伯爵夫人になれたんだ、もっと感謝しろ。」
「平民のお前に社交なんて難しいだろう?だから屋敷で待ってろ。」
何かにつけて私を平民だと見下すようになったのだ。日を追う事に、私を見るエメラルドの目は冷たく、態度は素っ気なくなっていく。唯一の癒しだったビクターも、貴族出身の乳母に育てられる。
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日に日に身体が弱っていく。呼吸するだけのことを必死に行い、一秒一秒が長く感じた。
「アーク、は……?」
かすれ声で侍女に聞くと、困ったような表情で彼女は言った。
「パーティーに行かれています。」
嘘だ。
時刻は朝。こんな早くからパーティーをしているはずがない。私が時間もわからないほど衰弱していると思っているらしい。
だが、そんな謎の嘘をつくこと。それはつまりアークが今伯爵邸にいないことを意味している。
今、どこにいるの?
病床の夫人を置いていくほど、大切な用事なの?
絶望の中で、私は意識を手放した。
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