169 / 181
第二、第三部番外編
異端②
しおりを挟む
そこからは、あっという間だった。
周囲に頼み込んではこっそり離宮付近の街に出て、平民になるための準備を進めた。具体的には服を買ったり、装飾品を少しずつ売ってお金にしたり、生活の様子を観察したり、といった感じに。
彼らはかつて兄や姉たちが話していたとおり、日々必死に生きていた。決して楽ではないのだろうけれど、誰もがイキイキしていて、自分らしく生活していた。
…あぁ、この人たちは満たされているんだ。
大抵は心に寂しい風が吹いて、足早に離宮に帰ることになる。
肝心の宮出先は、隣国ハルティアに決めていた。ハルティアは現在閉鎖的な風潮があり、グレシアナとは最近国交がほとんど無い。そのため、忍び込んでしまえば王家は探しにくい。何せ調査員なんて入国させれば関係悪化待ったなしだからだ。
半年後に成人を控えた日。離宮の使用人たちは帰宅、もしくは就寝した夜中に、私は作戦を決行した。
この異端な髪と瞳の色は、街で見つけた魔道具で変える。本来なら無属性の「色替え」魔法で変えられるものだが、生憎私の魔力は弱い。なので魔道具を使う。平民には魔力を持たない人が多いことから、魔力を使わない、魔鉱石などを用いたタイプの魔道具は重宝されている。無闇に魔法を使わない方が怪しまれないだろう。
服を着替え、街で買い集めた品々を詰め込む。そうすれば、そこには一人の旅する平民がいた。全く王族らしくない顔立ちがこんなところで活きるなんて、と自嘲してしまった。
さようなら、離宮。
さようなら、私を育ててくれたみんな。
さようなら……
私は月夜にそっと離宮を後にした。
◇◇◇
離宮を去ってからは、乗合馬車を乗り降りしながら、あてもなく外の世界を旅した。離宮とその周辺しか知らなかった私にとって、行き当たりばったりの旅は想像以上に新鮮で楽しいものだった。とはいえお金も限られているので程々にしながら、三日ほどでハルティアに入った。
特段何が変わるという訳では無かったが、自分の力だけで外国まで来ることができたことに、大きな満足感を覚えた。
そこからまた一日、直感的に住みやすそうだと思った街を新天地とすることにした。子爵領の、世間一般的に言うと田舎らしい街。そこでちょうど募集していた針子の仕事を住み込みで始め、私は正真正銘平民の生活をし始めた。
多少年齢は誤魔化しているけれど、順調過ぎて不安になるくらい、私は平民の生活に馴染んだ。田舎というのは情報が広まりやすいようで、珍しく田舎に越してきた私は一躍有名人になった。そんな時に出会ったのが、アークだった。
「ここに品物置いときますよー」
「いつもありがとうございます」
アークは、街のパン屋で働いている同い年の青年。いつも食堂のパンを届けに来ていた。平民には珍しいエメラルドのような瞳と、優しく屈託のない笑顔。異性との交流なんてほとんど無かった私は、あっという間に彼に恋をした。彼も私を意識していたらしく、付き合うまでに時間はかからなかった。
結婚も同じ。恋人になって間もなくプロポーズされ、喜びいっぱいのまま私はそれを了承。気づけば家出から半年で夫婦になった。その時は互いの気持ちが変わるなんて絶対に無く、ずっと幸せなままいられるのだと私もアークも信じきっていた。
そう、信じていた。
あの日……お腹に命が宿ってから、ちょうどふた月が過ぎた日までは。
周囲に頼み込んではこっそり離宮付近の街に出て、平民になるための準備を進めた。具体的には服を買ったり、装飾品を少しずつ売ってお金にしたり、生活の様子を観察したり、といった感じに。
彼らはかつて兄や姉たちが話していたとおり、日々必死に生きていた。決して楽ではないのだろうけれど、誰もがイキイキしていて、自分らしく生活していた。
…あぁ、この人たちは満たされているんだ。
大抵は心に寂しい風が吹いて、足早に離宮に帰ることになる。
肝心の宮出先は、隣国ハルティアに決めていた。ハルティアは現在閉鎖的な風潮があり、グレシアナとは最近国交がほとんど無い。そのため、忍び込んでしまえば王家は探しにくい。何せ調査員なんて入国させれば関係悪化待ったなしだからだ。
半年後に成人を控えた日。離宮の使用人たちは帰宅、もしくは就寝した夜中に、私は作戦を決行した。
この異端な髪と瞳の色は、街で見つけた魔道具で変える。本来なら無属性の「色替え」魔法で変えられるものだが、生憎私の魔力は弱い。なので魔道具を使う。平民には魔力を持たない人が多いことから、魔力を使わない、魔鉱石などを用いたタイプの魔道具は重宝されている。無闇に魔法を使わない方が怪しまれないだろう。
服を着替え、街で買い集めた品々を詰め込む。そうすれば、そこには一人の旅する平民がいた。全く王族らしくない顔立ちがこんなところで活きるなんて、と自嘲してしまった。
さようなら、離宮。
さようなら、私を育ててくれたみんな。
さようなら……
私は月夜にそっと離宮を後にした。
◇◇◇
離宮を去ってからは、乗合馬車を乗り降りしながら、あてもなく外の世界を旅した。離宮とその周辺しか知らなかった私にとって、行き当たりばったりの旅は想像以上に新鮮で楽しいものだった。とはいえお金も限られているので程々にしながら、三日ほどでハルティアに入った。
特段何が変わるという訳では無かったが、自分の力だけで外国まで来ることができたことに、大きな満足感を覚えた。
そこからまた一日、直感的に住みやすそうだと思った街を新天地とすることにした。子爵領の、世間一般的に言うと田舎らしい街。そこでちょうど募集していた針子の仕事を住み込みで始め、私は正真正銘平民の生活をし始めた。
多少年齢は誤魔化しているけれど、順調過ぎて不安になるくらい、私は平民の生活に馴染んだ。田舎というのは情報が広まりやすいようで、珍しく田舎に越してきた私は一躍有名人になった。そんな時に出会ったのが、アークだった。
「ここに品物置いときますよー」
「いつもありがとうございます」
アークは、街のパン屋で働いている同い年の青年。いつも食堂のパンを届けに来ていた。平民には珍しいエメラルドのような瞳と、優しく屈託のない笑顔。異性との交流なんてほとんど無かった私は、あっという間に彼に恋をした。彼も私を意識していたらしく、付き合うまでに時間はかからなかった。
結婚も同じ。恋人になって間もなくプロポーズされ、喜びいっぱいのまま私はそれを了承。気づけば家出から半年で夫婦になった。その時は互いの気持ちが変わるなんて絶対に無く、ずっと幸せなままいられるのだと私もアークも信じきっていた。
そう、信じていた。
あの日……お腹に命が宿ってから、ちょうどふた月が過ぎた日までは。
0
お気に入りに追加
1,599
あなたにおすすめの小説
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる