【完結】虐待された少女が公爵家の養女になりました

鈴宮ソラ

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第二、第三部番外編

幸せな夢

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 庭を覆うのは、新緑と色とりどりの美しい花たち。テーブルを挟んで向かい合う妻が直々に手入れしている自慢の庭だ。初めは「女性が庭いじりなんて」と嫌煙していた母も、最近はこの庭が見える東屋で茶を飲んでいることを私は知っている。

「聞いてるの、カイ?」
「もちろんだよ、次の夜会の件だろう?リルならどんなドレスでも似合うさ。」
「もう、いつもそれなんだから。」
「本当のことだから仕方がないよ。」

 リルことリルネット・レガム。ふた月ほど前に私、カイザー・レガムの婚約者から妻となった、誰より愛しい女性。ふわふわとしたブロンドの髪を揺らし、彼女は笑う。その笑顔は庭園に咲くどんな花より愛らしく美しい。そのことを伝えると、彼女はまた大輪の笑顔を咲かせるのだった。


「お兄様、リルお姉様」

 妻と談笑していると、屋敷の方から妹のサーシャがやって来た。薄紅色に染まった頬からは笑みが零れている。

「アーノルドと婚約できることになったんです!」

我が家の愛すべき姫は、開口一番そう言った。
 アーノルドというのは、サーシャの恋人であり、レガム辺境伯家の分家出身の騎士だ。長年婚約を願い出ていたが、父上は可愛い末娘を手離したくないのか渋っていた。そして念願叶っての婚約とくれば、余程嬉しいに違いない。

「そうか、おめでとう。泣かされたらいつでもこの兄が成敗してあげよう。」

とはいえ、私も妹のことは妻の次に大切に思っている。目に入れても痛くないほどに大切だ。なのでサーシャを悲しませた暁には、アーノルドをボコボコにしてやろうと決意した。

「あのね、カイ。私からも話したいことがあるの。」

 改まった様子で、リルは自分の白い手を私の手に重ねた。

「私のお腹にね……」

 すると、段々とリルの輪郭がぼやけていく。視界が白身を帯び始めた。戸惑っていると、声が出せない事に気づく。何事も無いかのようにリルは口を動かすものの、私の耳は音を拾えない。否、音が世界から消えたようだった。








 目が、覚めた。私は泣いていた。
 あれは夢だった。かつての思い出。もう戻らない、幸せな夢。

 数刻前、私は王太子妃から直々に自害を命じられた。反逆は大罪だが、これまでの功績が加味されたらしい。
 王太子妃が去った後に、誰かが眠るように死ねる毒薬が入っているという小瓶を置いていった。これで死ねということだろう。そして、毒を飲む前に精神を落ち着かせようと一眠りしたら、あの夢を見た。

 まったく、私も衰えたものだ。二十年もの間、国民相手に演技をし続けていたというのに、今となっては自分の心すらコントロールできない。


「本心だろうが、偽りだろうが、貴方がやってきたことは貴方のものです。全て、貴方です。」


 クレア・ウォーカー・グレシアナ。十年、書類上で娘となった者だ。既に今は王太子妃となり、女侯爵の地位も手に入れた。
 彼女は利用されていた私にも、温かい言葉を投げかけてくれた。義父だったという理由だけで。なんと心が優しいのだろう、神と王太子の寵愛を受けるだけのことはある。

 私は、そんな彼女と彼女の大切な友人を、殺そうとした。しかし、できなかった。幾重の罪を犯した身体は、クレアに対して殺意を抱くことを許さなかった。
 理由は明確だ。優しげな顔に宿る、意思の強い瞳。そして何者にも手を差し伸べる優しさ。彼女は外見こそ違えど愛する妻、リルにそっくりだった。


 結局、私は復讐に溺れた哀れな罪人として、ここにいる。死んだらどうなるのだろうか。慈悲深い創造神シアンは、リルたちが待つ天国に招待してくれるだろうか。いや、無理だろう。聖書には自分の命を自ら奪うことは大罪とされている。

 だが、私にはこの道しか残されていない。
 せめてあの幸せな夢の続きを見られるよう祈りながら、私は小瓶の中身を飲み干した。
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