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第11章 クラス対抗魔法球技戦編
閉会式⑥
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優秀選手に選ばれてコメントを求められても、自分の名前は出さないで欲しい。
みんなが本人がそう言うのなら、と渋々了承した。
すると、ライム・グリエッタが何か思いついたように手を挙げて話した。
「はいはい!でもさ!ルーシィ自身が優秀選手に選ばれちゃったら、どうする気なの?」
「私が?
ははは、ないない。さすがにそれはある訳ないよ。そもそも私、1試合しか出てないし。目立たないようにしてたし。それに、この学院で、魔法が使えない人が正当な評価を受けることは多分無いよ」
「えー、そうかなぁー?」
ルーシッドはそう言って、純粋な眼差しで自分を見てくるライムに対して、苦笑いで答えた。
そう、この学院で自分が評価されることなど、あってはならないことであって、あり得ないことなのだ。
「生徒会選出の最優秀選手は、ルーシッド・リムピッドさんです。ルーシッドさん、どうぞご登壇ください」
呼ばれるはずのない自分の名前が呼ばれるのを聞いて、ルーシッドは状況を理解できず、その場に立ち尽くしていた。
「多分、この結果だと1年5クラスの受賞者たちは口をそろえてルーシッドさんの名前を出すでしょう。私たち生徒会の計画としては、今年いっぱいは、みんながルーシッドさんを受け入れられるような土台作りというか、外堀から少しずつ埋めていって、来年本格的にルーシッドさんを公の場で活躍させていこうという計画だったのだけれども…少し計画を早める必要があると判断したわ」
「ふぅん、なるほどね…で、具体的にはどうするつもりなの?」
「ルーシッドさんを生徒会選出の最優秀選手として発表することにするわ」
「………それは随分とまぁ、大胆な決断ね」
「各所から反発が出そうだね。特に、先生たちからかな」
ある程度、その答えを予想していたのか、セシディアはさして表情を変えずにそう言い、マーシャは苦笑いしながら答えた。
「覚悟の上よ。遅かれ早かれ、そうなることは避けられないでしょう。もうこのタイミングで正式に生徒会の公認を与えて、生徒会が後ろ盾になった方が、ルーシッドさんの風当たりも少しは弱まって、本人のためにもなるという判断よ」
「まぁ、今回、あの子はちょっと暴れすぎたし、仕方ないわね。もうちょっと力をセーブしてくれれば良かったものを。あそこまで圧倒的な試合を見せつけられたら、誰だって気づくもの。これは自分たちが知っている魔法ではないって。だから、本人もこれから少し生きづらくなるかも知れないけど、それほどのことをしたのだという自覚を持って欲しいわね」
セシディアはそう言ってため息をついた。
セシディアは知らない。
実は、あれでもルーシッドが力をセーブしていたということを。
今回ルーシッドが見せた力は、一般の人たちが理解し、許容できるギリギリのラインまで能力を落とした劣化版でしかないということを。
「ルーシッドさん?ご登壇くださいますか?」
会場がざわつく。
「おい…ルーシッドって?」
「あのFランクの?無色の?」
「いいのかよ…生徒会がそんなやつ選出して…」
「……ほら、ルーシィ!」
ルビアが、困惑して目を泳がせているルーシッドの背中を押す。ルーシッドはばつが悪そうに目線を下に向け、会場の誰とも目を合わせないようにしてステージに向かった。いつも以上に猫背になったルーシッドは、一段と小さく見えた。
ステージに上がっても、会場を見ることはできず、ルーシッドはうつむいたままだった。ルーシッドが隣に立ったのを確認してから、フリージアは話し始めた。
「先ほどのシアン・ノウブルさんのコメントにもあった点ですが、今回の1年5クラスの数々の偉業のほぼ全てに、ルーシッドさんの関与があったと生徒会は特定し、彼女を生徒会選出の最優秀選手とすることとしました。
試合においては、それほど華々しい活躍をしたわけではないので、他の枠では選ばれることはないだろうと考え、そのような陰に隠れた素晴らしい才能こそ、生徒会が選出するに相応しいと考え、このような選考といたしました。
では、ここに選考するに至った生徒会の選考理由を述べます。
ルーシッドさんが、今回の魔法球技戦で見せた全く新しい戦術や魔法、魔法具の数々は、どれもこれも斬新で、観客の興奮を大いに誘うものでした。100年近い歴史がある近代魔法球技の歴史の中で、誰も考えつかなかったような戦略、考えても実行する手段がなかった戦略を現実のものとし、魔法球技に新たな光を投げかけました。おそらく、今回ルーシッドさんが考案した戦略が、いずれは主流になるでしょう。
また、ルーシッドさんが今回の魔法球技で用いた魔法のうち、生徒会は少なくとも3つを、今までに発令するための魔法詠唱文が存在していなかった新魔法として認めます」
会場がその数を聞いて騒然とする。
1人の魔法使いが1度に発表する魔法の数ではない。
「1つはシアン・ノウブルさんがエリアボールで使用した、水の飛行魔法、魔法名『アクアウィング』。そして、ストライクボールでシャルロッテ・キャルロットさんが使用した『幻の魔法』です。この魔法は錯覚を引き起こす魔法であり、おそらく使用されていた相手選手すらも、魔法を使用されているとは思っていなかったかも知れませんが」
対戦した相手選手から「あれは魔法のせいだったのか。どうりで全然魔法が当たらないと思った」という声が聞こえてくる。
「もう1つは、名称は特に決まっていないようですが、神位妖精ヴァンパイアを使役するための魔法です。本来、ヴァンパイアは特殊な食材の魔力による契約召喚にしか応じないゆえに、今まで使役するための詠唱文は存在していませんでしたが、ルーシッドさんの手により詠唱文が完成しました。
しかも、この魔法は『輪唱』によって、食材の魔力と、実際に魔法に使用する魔力を別々に提供できることを可能にしたという、魔法技術的な観点からしても極めて価値の高い魔法です。
また、少なくとも4つの魔法を既存の魔法の詠唱文の一部を変更した亜種魔法と認定します」
その数の多さに、会場はさらに騒然とする。
本来であれば、亜種魔法を新しく1つ作るだけでもすごいことなのに、新魔法と合わせて合計7つ。
もはや数が多すぎて意味が分からない、といった空気である。
「複数人によって使用が確認された『炎の翼』の亜種魔法『火の移動魔法』、リリアナ・ソルフェリノさんとミスズ・シグレさんによって使用された『雷の矢』の亜種魔法『雷の移動魔法』。ロイエ・ネイプルスさんによって使用された『火の矢および土の球』の複合型亜種魔法『砂弾・火矢』、オリヴィア・アライオンさん、ライム・グリエッタさんによって使用された『風の矢および土の球』の複合型亜種魔法『砂弾・風矢』です。
しかし、このうち火の移動魔法以外は、おそらく魔法式自体が全く本来のものとは異なる可能性があるため、新魔法に数えられる可能性が高いです。また、『雷の移動魔法』に至っては、おそらく歴史上初めて、魔法詠唱による発動よりも先に魔法具による使用が確認された魔法ということになるでしょう。そもそも専用の魔法具による使用を前提とした前代未聞の魔法となります。
また、ルーシッドさんは、史上初めて『土の生成魔法』を発動する魔法具の開発に成功しました。バトルボールで使用された土の球を発動させた魔法具です。
また、今までどの魔法具師も実現することができなかった、魔法具の小型化における難題だった『魔法回路の小型化』と『自動演奏装置の小型化』を同時に克服し、史上初めて『自動演奏装置を搭載したポータブル魔法具』を完成させました。
さらに、複数の魔法を連続で発動させることによって、あたかも1つの魔法のような効果を生み出す魔法具をいくつも使用しました。また、混合魔法を魔法具で発動するための技術も開発しました。これらの魔法は、現代の魔法定義からすれば、従来からある魔法を組み合わせただけ、ということかも知れませんが、私としては新魔法に近い価値があると考えます。なぜなら、このような発動の仕方は詠唱によって行うことはできないため、魔法具のさらなる可能性を示してくれたからです。
以上が、ルーシッドさんを生徒会選出の最優秀選手とした選考理由です」
会場は静まり返った。
「以上の理由をもってしても、ルーシッド・リムピッドさんが、生徒会選出の最優秀選手として相応しくないとお考えの人がもしこの中にいれば挙手をし、その理由をお聞かせください。その発言をお聞きしましょう。ただし、この生徒会長フリージア・ウィステリアを納得させるだけの理由を述べてください」
会場は静寂をもってそれに答えた。
フリージアはその様子を満足そうに眺めてから、ルーシッドの方を見た。ルーシッドは黙ってフリージアの演説を聞いていた。
「ルーシッドさんは何かありますか?」
そう言われて、はっと我に返り、ルーシッドは首をぶんぶんと横に振った。
「では改めて、今年度のクラス別魔法球技戦の生徒会選出の最優秀選手はルーシッド・リムピッドさんです」
フリージアが自ら拍手をすると、生徒会メンバーやルーシッドのクラス、ルーシッドのことを知っている生徒たちの間からまばらではあるが大きな拍手が起こり始め、それにつられる形で会場から拍手が起こった。
「では以上を持って、クラス別魔法球技戦の閉会式を終わります。しばらくこの会場は使用できますので、どうぞ引き続き、立食とご歓談をお楽しみください」
フリージアのその声に再び拍手が起こり、会場は再び賑わい出した。
ルーシッドはフリージアと一緒に壇上を降りた。すると、そこには生徒会《カウンサル》のメンバーが待っていた。
「大事になってしまってごめんなさいね」
壇上から降りるとフリージアはルーシッドに頭を下げた。
「今回の生徒の投票結果を見て、こうするのがルーシィさんにとって一番だと判断しました。陰で噂が独り歩きして、またルーシィさんに対する根も葉もない憶測が飛び交うよりは、大々的に生徒会が認める方が良いと思いました」
「あ、頭を上げてください。私もある程度、生徒投票の結果がこうなることは予想していました。まさかここまで上位を独占するとは思ってませんでしたが…。なので、友達には私の名前は出さないように口止めしていたんですが…。すみません、余計な手間を取らせてしまって…。その…生徒会の立場は大丈夫なんですか?私なんかを評価してしまって。のちのち問題になりませんか?ディナカレア魔法学院としては、あまり私の存在は認めたくないのでは?」
ルーシッドは申し訳なさそうにそう言った。
「……ルーシィさんも感づいてると思うけど、うちの学院、いえ、今の世界には3つの大きな派閥、『保守派』『革新派』『穏健派』があるわ。『穏健派』の人たちは日和見主義で自分たちに都合がいい方につくって感じだから、実質的には『保守派』と『革新派』がせめぎ合ってる感じかな。うちの学院の派閥構造は簡単に言っちゃえば、学長が『限りなく保守派に近い穏健派』、理事長が『革新派』ね。教員陣のほとんどは学長派かな。
私は『革新派』よ。
ルーシィのさんことを初めて知った時、胸が高鳴ったわ。
私はルーシィさんのような人を待っていた。
あなたこそ私が思い描いていた人よ。
私は、この学院を改革したいと思ってるの。
ルーシィさんと同じように、今まで評価されていない人の中にも、いっぱい個性的な才能を持っているがいるはずだわ。魔力の強さに頼れない、いや、頼らないからこそ、何か別の道に可能性を見出した人たちが。
そういった人たちの力なくしては、この世界は発展しないわ。
そういう人たちがもっと評価されるような学院にしていって、そしてこの学院を卒業した人たちが社会で活躍することで、この世界全体が変わっていく。
それが私の理想。
もちろん、最終的には学院の教員陣を何とかしないといけないんだけど…。
でもそこは私の出る幕じゃないから。
そっちはシンシア理事長に任せるわ。
私は、学生の立場で、そして生徒会長の立場でできることからやるつもりよ。
まずは賛同者を増やしたいの。
ありがたいことに、今の生徒会のメンバーも私の考えに賛同してくれたわ。そして、風紀ギルド長のマーシャも、総ギルドマスターのセシディアも、私に賛同してくれてるわ。
これはルーシィさんにとっても決して悪い話ではないはずよ。あなたの将来にも関わることだから。だから、ちょっといざこざに巻き込むような形になってしまうけど、私たちに協力してくれるかしら。もちろん、私たちもルーシィさんを全面的に守るわ」
ルーシッドはフリージアが話終えたあとも、驚いたように目を見開いて黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「なるほど。会長がそこまで前衛的な考えをお持ちだとは知りませんでした。
私はそこまで大きな野望は持っていませんが、でもそうですね……
元々、魔法の研究を始めたのは、魔力がない役立たずの自分にも、何か役に立てることはないのかを探すためでした。自分のことを認めてほしいという気持ちがなかったと言えば嘘になります。無能のままで人生が終わることに諦めがつかなかったんだと思います。
そして私は、一度は全てを諦めかけました。
でも、サリーに出会った。
サリーだけは私の力を認めてくれた。
だから、私は別に、他の全員からそっぽを向かれても、サリーにさえ認めてもらえればそれでいいと考えてました。
………でも、今はまたちょっと考えが変わってきました。
この学院に入って、友達ができました。私のことを認めて、信頼してくれる仲間たちです。この学院にも私の居場所ができました。
だから、この居場所を守ることに繋がるのであれば、私は会長に賛同します」
「ありがとう、ルーシィさん。ルーシィさんの思い、確かにこの生徒会長《カウンサルマスター》のフリージア・ウィステリアが受け取りました。
私はね、この学院が好き。
ルーシィさんもこの学院を自分の第二のホームだと思ってくれているなら、とても嬉しいわ。ルーシィさんの居場所を守れるように、私も頑張るわ」
フリージアはルーシッドに右手を差し出した。
てっきり握手を求められたのかと思って、ルーシッドも右手を出したのだが、そのまま手を掴んで引き寄せられ、ルーシッドはフリージアに抱きしめられた。
「ちょ、ちょっと!会長っ!!」
サラが慌てたようにフリージアを制して、2人を引き離す。
「あらあら、ごめんなさいね。でもいいじゃない、少しくらい。ルーシィさんが可愛かったものだから、つい手が出てしまったのよ」
「ダメです!ルーシィは私のものですから!」
「いや、あんたのものでもないやろ…」
シヴァが思わず突っ込みを入れる。
「ルーシィも誰それ抱かれちゃダメよ」
そう言って、サラはルーシッドを抱きしめる。
「……その言い方はどうかと思う」
ルーシッドはおとなしくサラの胸の中に納まりながら、ぼそりと冷静にそう言った。
「なんか、サリーさんのシスコン度合いが重症化している気がするわ」
「1年会えなかったことで重症化したところに加え、この1週間仕事で忙しくて、ルーシィ成分が枯渇したせいではないでしょうか」
フリージアに対して、謎に冷静な分析を述べるヴァン。
「1週間、本当にお疲れ様。いっぱいいっぱい活躍したわね。疲れたでしょう?」
「まぁさすがに少し寝不足かな。眠い」
ルーシッドは急に張りつめていた緊張の糸が解け、どっと疲れが出たのか、あくびをした。
「1学期は生活環境も変わって、色々あったから疲れたわよね。うちに帰ってゆっくりしましょう」
「そうだね、都会は人が多くて疲れるね。田舎が恋しいよ。みんな元気にしてるかな」
色々あった1学期も終わり、ディナカレア魔法学院は二か月間の夏休みに入る。
2学期はどんなことが自分に待ち受けているのだろうか。
でも、ルーシッドの中には先ほどの閉会式の時に抱えていた不安はもうなかった。
先のことを考えてもしかたない。
なるようになる。
とりあえず今は少しゆっくりしよう。
そして、忙しくてできなかった魔法の研究をしよう。
そう思うのだった。
みんなが本人がそう言うのなら、と渋々了承した。
すると、ライム・グリエッタが何か思いついたように手を挙げて話した。
「はいはい!でもさ!ルーシィ自身が優秀選手に選ばれちゃったら、どうする気なの?」
「私が?
ははは、ないない。さすがにそれはある訳ないよ。そもそも私、1試合しか出てないし。目立たないようにしてたし。それに、この学院で、魔法が使えない人が正当な評価を受けることは多分無いよ」
「えー、そうかなぁー?」
ルーシッドはそう言って、純粋な眼差しで自分を見てくるライムに対して、苦笑いで答えた。
そう、この学院で自分が評価されることなど、あってはならないことであって、あり得ないことなのだ。
「生徒会選出の最優秀選手は、ルーシッド・リムピッドさんです。ルーシッドさん、どうぞご登壇ください」
呼ばれるはずのない自分の名前が呼ばれるのを聞いて、ルーシッドは状況を理解できず、その場に立ち尽くしていた。
「多分、この結果だと1年5クラスの受賞者たちは口をそろえてルーシッドさんの名前を出すでしょう。私たち生徒会の計画としては、今年いっぱいは、みんながルーシッドさんを受け入れられるような土台作りというか、外堀から少しずつ埋めていって、来年本格的にルーシッドさんを公の場で活躍させていこうという計画だったのだけれども…少し計画を早める必要があると判断したわ」
「ふぅん、なるほどね…で、具体的にはどうするつもりなの?」
「ルーシッドさんを生徒会選出の最優秀選手として発表することにするわ」
「………それは随分とまぁ、大胆な決断ね」
「各所から反発が出そうだね。特に、先生たちからかな」
ある程度、その答えを予想していたのか、セシディアはさして表情を変えずにそう言い、マーシャは苦笑いしながら答えた。
「覚悟の上よ。遅かれ早かれ、そうなることは避けられないでしょう。もうこのタイミングで正式に生徒会の公認を与えて、生徒会が後ろ盾になった方が、ルーシッドさんの風当たりも少しは弱まって、本人のためにもなるという判断よ」
「まぁ、今回、あの子はちょっと暴れすぎたし、仕方ないわね。もうちょっと力をセーブしてくれれば良かったものを。あそこまで圧倒的な試合を見せつけられたら、誰だって気づくもの。これは自分たちが知っている魔法ではないって。だから、本人もこれから少し生きづらくなるかも知れないけど、それほどのことをしたのだという自覚を持って欲しいわね」
セシディアはそう言ってため息をついた。
セシディアは知らない。
実は、あれでもルーシッドが力をセーブしていたということを。
今回ルーシッドが見せた力は、一般の人たちが理解し、許容できるギリギリのラインまで能力を落とした劣化版でしかないということを。
「ルーシッドさん?ご登壇くださいますか?」
会場がざわつく。
「おい…ルーシッドって?」
「あのFランクの?無色の?」
「いいのかよ…生徒会がそんなやつ選出して…」
「……ほら、ルーシィ!」
ルビアが、困惑して目を泳がせているルーシッドの背中を押す。ルーシッドはばつが悪そうに目線を下に向け、会場の誰とも目を合わせないようにしてステージに向かった。いつも以上に猫背になったルーシッドは、一段と小さく見えた。
ステージに上がっても、会場を見ることはできず、ルーシッドはうつむいたままだった。ルーシッドが隣に立ったのを確認してから、フリージアは話し始めた。
「先ほどのシアン・ノウブルさんのコメントにもあった点ですが、今回の1年5クラスの数々の偉業のほぼ全てに、ルーシッドさんの関与があったと生徒会は特定し、彼女を生徒会選出の最優秀選手とすることとしました。
試合においては、それほど華々しい活躍をしたわけではないので、他の枠では選ばれることはないだろうと考え、そのような陰に隠れた素晴らしい才能こそ、生徒会が選出するに相応しいと考え、このような選考といたしました。
では、ここに選考するに至った生徒会の選考理由を述べます。
ルーシッドさんが、今回の魔法球技戦で見せた全く新しい戦術や魔法、魔法具の数々は、どれもこれも斬新で、観客の興奮を大いに誘うものでした。100年近い歴史がある近代魔法球技の歴史の中で、誰も考えつかなかったような戦略、考えても実行する手段がなかった戦略を現実のものとし、魔法球技に新たな光を投げかけました。おそらく、今回ルーシッドさんが考案した戦略が、いずれは主流になるでしょう。
また、ルーシッドさんが今回の魔法球技で用いた魔法のうち、生徒会は少なくとも3つを、今までに発令するための魔法詠唱文が存在していなかった新魔法として認めます」
会場がその数を聞いて騒然とする。
1人の魔法使いが1度に発表する魔法の数ではない。
「1つはシアン・ノウブルさんがエリアボールで使用した、水の飛行魔法、魔法名『アクアウィング』。そして、ストライクボールでシャルロッテ・キャルロットさんが使用した『幻の魔法』です。この魔法は錯覚を引き起こす魔法であり、おそらく使用されていた相手選手すらも、魔法を使用されているとは思っていなかったかも知れませんが」
対戦した相手選手から「あれは魔法のせいだったのか。どうりで全然魔法が当たらないと思った」という声が聞こえてくる。
「もう1つは、名称は特に決まっていないようですが、神位妖精ヴァンパイアを使役するための魔法です。本来、ヴァンパイアは特殊な食材の魔力による契約召喚にしか応じないゆえに、今まで使役するための詠唱文は存在していませんでしたが、ルーシッドさんの手により詠唱文が完成しました。
しかも、この魔法は『輪唱』によって、食材の魔力と、実際に魔法に使用する魔力を別々に提供できることを可能にしたという、魔法技術的な観点からしても極めて価値の高い魔法です。
また、少なくとも4つの魔法を既存の魔法の詠唱文の一部を変更した亜種魔法と認定します」
その数の多さに、会場はさらに騒然とする。
本来であれば、亜種魔法を新しく1つ作るだけでもすごいことなのに、新魔法と合わせて合計7つ。
もはや数が多すぎて意味が分からない、といった空気である。
「複数人によって使用が確認された『炎の翼』の亜種魔法『火の移動魔法』、リリアナ・ソルフェリノさんとミスズ・シグレさんによって使用された『雷の矢』の亜種魔法『雷の移動魔法』。ロイエ・ネイプルスさんによって使用された『火の矢および土の球』の複合型亜種魔法『砂弾・火矢』、オリヴィア・アライオンさん、ライム・グリエッタさんによって使用された『風の矢および土の球』の複合型亜種魔法『砂弾・風矢』です。
しかし、このうち火の移動魔法以外は、おそらく魔法式自体が全く本来のものとは異なる可能性があるため、新魔法に数えられる可能性が高いです。また、『雷の移動魔法』に至っては、おそらく歴史上初めて、魔法詠唱による発動よりも先に魔法具による使用が確認された魔法ということになるでしょう。そもそも専用の魔法具による使用を前提とした前代未聞の魔法となります。
また、ルーシッドさんは、史上初めて『土の生成魔法』を発動する魔法具の開発に成功しました。バトルボールで使用された土の球を発動させた魔法具です。
また、今までどの魔法具師も実現することができなかった、魔法具の小型化における難題だった『魔法回路の小型化』と『自動演奏装置の小型化』を同時に克服し、史上初めて『自動演奏装置を搭載したポータブル魔法具』を完成させました。
さらに、複数の魔法を連続で発動させることによって、あたかも1つの魔法のような効果を生み出す魔法具をいくつも使用しました。また、混合魔法を魔法具で発動するための技術も開発しました。これらの魔法は、現代の魔法定義からすれば、従来からある魔法を組み合わせただけ、ということかも知れませんが、私としては新魔法に近い価値があると考えます。なぜなら、このような発動の仕方は詠唱によって行うことはできないため、魔法具のさらなる可能性を示してくれたからです。
以上が、ルーシッドさんを生徒会選出の最優秀選手とした選考理由です」
会場は静まり返った。
「以上の理由をもってしても、ルーシッド・リムピッドさんが、生徒会選出の最優秀選手として相応しくないとお考えの人がもしこの中にいれば挙手をし、その理由をお聞かせください。その発言をお聞きしましょう。ただし、この生徒会長フリージア・ウィステリアを納得させるだけの理由を述べてください」
会場は静寂をもってそれに答えた。
フリージアはその様子を満足そうに眺めてから、ルーシッドの方を見た。ルーシッドは黙ってフリージアの演説を聞いていた。
「ルーシッドさんは何かありますか?」
そう言われて、はっと我に返り、ルーシッドは首をぶんぶんと横に振った。
「では改めて、今年度のクラス別魔法球技戦の生徒会選出の最優秀選手はルーシッド・リムピッドさんです」
フリージアが自ら拍手をすると、生徒会メンバーやルーシッドのクラス、ルーシッドのことを知っている生徒たちの間からまばらではあるが大きな拍手が起こり始め、それにつられる形で会場から拍手が起こった。
「では以上を持って、クラス別魔法球技戦の閉会式を終わります。しばらくこの会場は使用できますので、どうぞ引き続き、立食とご歓談をお楽しみください」
フリージアのその声に再び拍手が起こり、会場は再び賑わい出した。
ルーシッドはフリージアと一緒に壇上を降りた。すると、そこには生徒会《カウンサル》のメンバーが待っていた。
「大事になってしまってごめんなさいね」
壇上から降りるとフリージアはルーシッドに頭を下げた。
「今回の生徒の投票結果を見て、こうするのがルーシィさんにとって一番だと判断しました。陰で噂が独り歩きして、またルーシィさんに対する根も葉もない憶測が飛び交うよりは、大々的に生徒会が認める方が良いと思いました」
「あ、頭を上げてください。私もある程度、生徒投票の結果がこうなることは予想していました。まさかここまで上位を独占するとは思ってませんでしたが…。なので、友達には私の名前は出さないように口止めしていたんですが…。すみません、余計な手間を取らせてしまって…。その…生徒会の立場は大丈夫なんですか?私なんかを評価してしまって。のちのち問題になりませんか?ディナカレア魔法学院としては、あまり私の存在は認めたくないのでは?」
ルーシッドは申し訳なさそうにそう言った。
「……ルーシィさんも感づいてると思うけど、うちの学院、いえ、今の世界には3つの大きな派閥、『保守派』『革新派』『穏健派』があるわ。『穏健派』の人たちは日和見主義で自分たちに都合がいい方につくって感じだから、実質的には『保守派』と『革新派』がせめぎ合ってる感じかな。うちの学院の派閥構造は簡単に言っちゃえば、学長が『限りなく保守派に近い穏健派』、理事長が『革新派』ね。教員陣のほとんどは学長派かな。
私は『革新派』よ。
ルーシィのさんことを初めて知った時、胸が高鳴ったわ。
私はルーシィさんのような人を待っていた。
あなたこそ私が思い描いていた人よ。
私は、この学院を改革したいと思ってるの。
ルーシィさんと同じように、今まで評価されていない人の中にも、いっぱい個性的な才能を持っているがいるはずだわ。魔力の強さに頼れない、いや、頼らないからこそ、何か別の道に可能性を見出した人たちが。
そういった人たちの力なくしては、この世界は発展しないわ。
そういう人たちがもっと評価されるような学院にしていって、そしてこの学院を卒業した人たちが社会で活躍することで、この世界全体が変わっていく。
それが私の理想。
もちろん、最終的には学院の教員陣を何とかしないといけないんだけど…。
でもそこは私の出る幕じゃないから。
そっちはシンシア理事長に任せるわ。
私は、学生の立場で、そして生徒会長の立場でできることからやるつもりよ。
まずは賛同者を増やしたいの。
ありがたいことに、今の生徒会のメンバーも私の考えに賛同してくれたわ。そして、風紀ギルド長のマーシャも、総ギルドマスターのセシディアも、私に賛同してくれてるわ。
これはルーシィさんにとっても決して悪い話ではないはずよ。あなたの将来にも関わることだから。だから、ちょっといざこざに巻き込むような形になってしまうけど、私たちに協力してくれるかしら。もちろん、私たちもルーシィさんを全面的に守るわ」
ルーシッドはフリージアが話終えたあとも、驚いたように目を見開いて黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「なるほど。会長がそこまで前衛的な考えをお持ちだとは知りませんでした。
私はそこまで大きな野望は持っていませんが、でもそうですね……
元々、魔法の研究を始めたのは、魔力がない役立たずの自分にも、何か役に立てることはないのかを探すためでした。自分のことを認めてほしいという気持ちがなかったと言えば嘘になります。無能のままで人生が終わることに諦めがつかなかったんだと思います。
そして私は、一度は全てを諦めかけました。
でも、サリーに出会った。
サリーだけは私の力を認めてくれた。
だから、私は別に、他の全員からそっぽを向かれても、サリーにさえ認めてもらえればそれでいいと考えてました。
………でも、今はまたちょっと考えが変わってきました。
この学院に入って、友達ができました。私のことを認めて、信頼してくれる仲間たちです。この学院にも私の居場所ができました。
だから、この居場所を守ることに繋がるのであれば、私は会長に賛同します」
「ありがとう、ルーシィさん。ルーシィさんの思い、確かにこの生徒会長《カウンサルマスター》のフリージア・ウィステリアが受け取りました。
私はね、この学院が好き。
ルーシィさんもこの学院を自分の第二のホームだと思ってくれているなら、とても嬉しいわ。ルーシィさんの居場所を守れるように、私も頑張るわ」
フリージアはルーシッドに右手を差し出した。
てっきり握手を求められたのかと思って、ルーシッドも右手を出したのだが、そのまま手を掴んで引き寄せられ、ルーシッドはフリージアに抱きしめられた。
「ちょ、ちょっと!会長っ!!」
サラが慌てたようにフリージアを制して、2人を引き離す。
「あらあら、ごめんなさいね。でもいいじゃない、少しくらい。ルーシィさんが可愛かったものだから、つい手が出てしまったのよ」
「ダメです!ルーシィは私のものですから!」
「いや、あんたのものでもないやろ…」
シヴァが思わず突っ込みを入れる。
「ルーシィも誰それ抱かれちゃダメよ」
そう言って、サラはルーシッドを抱きしめる。
「……その言い方はどうかと思う」
ルーシッドはおとなしくサラの胸の中に納まりながら、ぼそりと冷静にそう言った。
「なんか、サリーさんのシスコン度合いが重症化している気がするわ」
「1年会えなかったことで重症化したところに加え、この1週間仕事で忙しくて、ルーシィ成分が枯渇したせいではないでしょうか」
フリージアに対して、謎に冷静な分析を述べるヴァン。
「1週間、本当にお疲れ様。いっぱいいっぱい活躍したわね。疲れたでしょう?」
「まぁさすがに少し寝不足かな。眠い」
ルーシッドは急に張りつめていた緊張の糸が解け、どっと疲れが出たのか、あくびをした。
「1学期は生活環境も変わって、色々あったから疲れたわよね。うちに帰ってゆっくりしましょう」
「そうだね、都会は人が多くて疲れるね。田舎が恋しいよ。みんな元気にしてるかな」
色々あった1学期も終わり、ディナカレア魔法学院は二か月間の夏休みに入る。
2学期はどんなことが自分に待ち受けているのだろうか。
でも、ルーシッドの中には先ほどの閉会式の時に抱えていた不安はもうなかった。
先のことを考えてもしかたない。
なるようになる。
とりあえず今は少しゆっくりしよう。
そして、忙しくてできなかった魔法の研究をしよう。
そう思うのだった。
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