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第11章 クラス対抗魔法球技戦編
ストライクボール②
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ルーシッド達はストライクボールの2試合目が行われる会場の選手控室へと来ていた。
「多分大丈夫だとは思うけど、もし相手が砂の壁を使ってきたら、ヘティーよろしくね」
「えぇ、任せてちょうだい」
ルーシッドとヘンリエッタがそう話す。
「アヤメも私のフォロー、よろしく頼んだわよ」
「あややや…責任重大ですね」
ヘンリエッタからそう言われて、困ったような素振りをするアヤメ・クロッカスだった。
1試合目のルーシッド達の戦法は強烈なものだった。その戦法の話題は瞬く間に学院中に広まり、特に『砂の壁』を使った妨害に関しては、すでに真似するチームも出てきているほどだった。
もちろんルーシッドは、相手が真似してくる可能性を十分に想定したうえで2試合目のオーダーを組んでいた。
ルーシッドが考案した『簡易短縮詠唱法』だけは、それぞれが自分の試合に集中していて、相手が何と詠唱しているか聞こえない状況ゆえに、クラス内だけの秘匿技術として保たれていた。それゆえに、なぜ1年5クラスの詠唱はあんなに速いのかと噂にはなっていたが、詠唱が速いのは1年5クラスに限ったことではなく、サラを初めとした高レベルの魔法使いや、本来の短縮詠唱を使える者、契約召喚を行える者などもいるので、そこまでの問題とはなっていなかった。
ルーシッドの簡易短縮詠唱法のずる賢いところは正にそこであり、全く詠唱していないわけではなく確かに詠唱を行っていること、そして、普通の詠唱よりは速いが本来の短縮詠唱よりは遅いという点だった。それゆえに、方法はわからないがもしかしたら詠唱を工夫すれば何とかなるのかも知れない、というギリギリのラインを攻めてくるところが、非常に狡猾な方法である。
現に、この簡易短縮詠唱法を入学試験の時から使い続けているサラ・ウィンドギャザーは、本人のすごさもあいまって、詠唱の速さに関しては、「さすがサラ」で片づけられているという現状だった。
「今回の作戦のキモはロッテ。ロッテだからね。大丈夫、新しい魔法だけど、練習通りにやればできるよ」
「う、うん!がっ、がんばるっ!」
シャルロッテは明らかに緊張している様子で答えた。
緊張は魔法使いの天敵ともいえる存在だ。
緊張によって、舌がうまく回らなかったり、詠唱文を間違えたりしてしまえば、当然魔法は正しく発動しない。また、緊張によって上手く魔力を制御できないということもある。魔法使い同士の勝負において、相手より先に魔法を発動できるかどうかは、勝敗に直結している。魔法使いにとって、『平常心』というのが何より大切なのである。
「ロッテ、大丈夫よ。あなたにならできるわ」
シアンが笑いかける。
「よっ!水の女神様!」
ライムが合いの手を入れる。
「え、何それ?」
「なんでもないわ!」
ルーシッドが尋ねると、恥ずかしそうにシアンが話を遮った。
「ふふっ、うん、ありがと!頑張るよ!」
その様子を見て、緊張が解けたのか、シャルロッテの顔に笑顔が戻った。
それを見て、みんなは勝利を確信したかのように笑い返し、掛け声をかけて会場へと出て行った。
「なんか…回を増すごとに観客が増えている気がするわね…」
試合を見に来ていた生徒会長のフリージアが、観客席を見渡してそう話した。
今回の球技戦、ルーシッド達は初めて大闘技場を使った試合となった。大闘技場のコートはかなり大きいため、決勝戦以外の試合は、真ん中でコートを区切り、一度に2試合が同時に行われていた。
本日、ルーシッド達の隣で行われているのは、3年生のストライクボールであったが、特に目玉となる選手などは出場していない。この客数の多さは恐らくは、1年5クラスの試合目当てだろう。
「ん~……私は~…なんだかんだで初めて見ます~…楽しみです~」
にこにこしながら頬に手をやり、少し首を傾げた姿勢で、相変わらず独特のリズムで喋るのは、生徒会《カウンサル》の広報担当フィオーレ・シーウェンだ。
「ミクちゃんも実際見るのは初めてだからわくわくなのだ~」
副会長のミクリナ・フェンサーも、今日は訪れていた。ミクリナは相変わらずダボダボの袖をバタバタさせ、イスに座ると下に届かない脚をプラプラさせていた。こうして見ると、3年生はおろか、学生なのかどうかすら怪しい。
「あっ、入場してきたわよ」
選手たちが拍手で迎えられる。午前中のエリアボールの時とは打って変わり、今回のルーシッド達のクラスの選手のほとんどは、何も手に持たずに入場してきた。ヘンリエッタとアヤメの2人は、ショベル型の魔法具を手に持っていた。
ショベル型の魔法具は土を掘る際の補助として用いられるもので、土の操作魔法を魔法具に付与し、普通のショベルで掘るのに比べて力もいらず、速く掘ることができるものである。普通のショベルに比べて、すくう部分が大きく設計されており、そこに魔法回路が彫り込まれている。本来であれば、演奏装置を組み込む余裕はないので、この魔法具とは別に演奏装置を携帯することになる。通常は、ピッケルやハンマーなどの掘削用具一式を収納できる腰につけたり肩からかけて持ち運べる収納ケースに演奏装置を組み込むというのが一般的である。全ての魔法具を同じ音階で発動できるため利便性としてはかなり優れている。
しかし、今回ヘンリエッタとアヤメはそのようなものは持っておらず、ショベルを一本だけ持っているだけだった。
入場してきた1年5クラスの選手は、先頭にヘンリエッタ・オートロープ、続いてアヤメ・クロッカス、ペルカ・パーチメント、シャルロッテ・キャルロット、ソウジ・イズミの5人だった。
試合開始の合図と同時にヘンリエッタとアヤメは魔法具を発動させる。2人はまず柄の部分にある魔法石に触れて、魔法回路を起動する。魔法回路は通常のショベル型魔法具と同じで、すくう部分に彫り込まれていた。そして、持ち手の部分に取り付けられた円柱状のシリンダーのようなものを回すとメロディーが流れた。その今まででは考えられない小ささと構造の部品こそが、ルーシッドが作り出す自動演奏装置であった。
この一連の動作をしながら、2人はすでに魔法の詠唱を行っていた。魔法具の発動と魔法詠唱を同時に行うことで、確かに異なる2つの魔法をほぼ同時に、あるいは連続して発動することが出来る。しかし、これは口で言うほど簡単なことではない。慣れていないと、どちらかの動作がおろそかになり逆に別々に発動するより時間がかかってしまうこともある。2人はこの日のために相当練習をしてきたのだろう。
"oPen the fiAry GATE.
(開け、妖精界の門)
1 OF the ele:MenTs, UN-DINE.
(四大の一つ、水の精ウンディーネよ)
brING FRuitFuL RAIN ↓ THE g-ROUND."
(大地に実りの雨を降らせ)"
2人が発動させたのは『雨の魔法』だ。ルーシッド式短縮詠唱による圧倒的スピードで詠唱を終えると、ヘンリエッタ達の上には雨雲が生じ始めた。そして、すでに発動を終えていた魔法具で自分たちの足元の土を掘り起こし耕していく。そして、魔法の種をまくと、そこに雨が降り出した。すぐに種は発芽し、成長していく。
その間、ペルカとソウジは何もせずに黙っており、シャルロッテは何かの魔法を唱えているようだが、まだ効果は現れていないように見えた。
相手チームも徐々に魔法詠唱を終え、魔法を発動していく。そのうちの1人は砂の壁を作り、ヘンリエッタ達の視界を塞ごうとしてきた。
「やっぱり来たわね~」
ヘンリエッタの作り出した雲から落ちる雨足が強まると、砂の壁は消えていき視界は晴れた。砂の壁はたくさんの砂を空中に舞い起して視界を遮っているだけなので、こういった雨を降らせた場合には、砂も地面に落ちてその効果を失ってしまうのだ。
「自分たちがやった妨害策を、自分たちの手で打ち破ってみせるとはね」
その様子を見て、フリージアはふっと笑った。
そして、ヘンリエッタとアヤメが成長させたツタは地面を張って伸びていき、ストライクボールの的に巻きつき、そこから上へ上へと延びていく。
この辺りになって、ようやくペルカとソウジが魔法の詠唱を開始した。
"oPen the fiAry GATE.
(開け、妖精界の門)
GOD oF the sKy, JUPPITER.
(天空の神、ジュピターよ)
CLAP thunDER, SHOW your poWER."
(雷鳴轟かせ、汝の力を示せ)
2人がそう唱えると、天から十数本の雷が落ちる。それらは上に伸びたツタを這うようにして的を直撃し、雷に撃たれた木製の的は勢いよく炎を上げて燃えだした。
一瞬にして全ての的を破壊し、試合はあっという間に終了したのだった。ド派手な魔法によって試合を決めたことで、会場は大いに沸いた。
「あんな風にすると、狙ったところに雷を落とすことができるのね…」
ルーシッドが今回立てた作戦はいわゆる『避雷針』を使った雷によるピンポイント攻撃だった。もちろん、雷の魔法だけでも、魔法使い自身が狙いを定めればピンポイント攻撃はできる。中距離攻撃魔法『サンダーアロー』などは良い例である。
しかし、この『避雷針』を使った方法なら、逆に魔法使いが狙いを定めなくても、狙ったところに雷が誘導されて攻撃をすることができるというわけだ。狙いを定めなくて良い分、発動の時間短縮にもなるし、造形などに魔力をかけなくて良い分、魔法の威力も上がるのだ。
「でも、相手が良かったって感じだよね。相手選手魔法外しまくってたよ。結局1つも当てられなかったんじゃないかなー?」
「私もそれは気になりました~…でもさすがにあれは外しすぎでは~?」
ミクリナとフィオーレがそう話しているのを聞いて、フリージアは会場に目をやった。
1人、何もしていないように見えた選手がいた。
フリージアの視界に入った選手、それはシャルロッテ・キャルロットだった。
シャルロッテは他の選手からねぎらいの言葉をかけられていた。
でも、あのルーシィに限って、そんな無駄な人選をするだろうか?
恐らく、相手選手が全く魔法を当てられなかった原因はあの子にあるはず。
だが、どうやって?
フリージアにはその方法が皆目見当もつかなかった。
「うーん…!」
フリージアは悔しそうな表情をして、髪の毛をくしゃくしゃと掻いた。
話は試合冒頭にさかのぼる。
この試合が始まった時、実は真っ先に詠唱をして魔法を発動させたのはシャルロッテだった。シャルロッテが唱えた詠唱文はこうだ。
"oPen the fiAry GATE.
(開け、妖精界の門)
1 OF the ele:MenTs, SALA-MANDER + icE fiaRY, jaCK O' froST.
(四大の一つ、火の精サラマンダー、氷の妖精、ジャックフロストよ)
pLEAse L-END Me UR conFLictING poWER.
(相反する2つの力を我に貸し与えたまえ)
HOT air IN my RIGHT hand, COOL air IN my LEFT hand."
(右手に熱気を、左手に冷気を)
これによって発動する魔法は、ルーシッドがこの試合のために作り出したオリジナル魔法『幻の魔法』だ。
これはいわゆる蜃気楼を作り出す魔法である。
蜃気楼は密度の異なる大気の中で、光の屈折が生じ、そこにある物体が違う場所にあるように見える現象である。大気の密度は温度によって粗密が生じる。
この魔法は、『熱の魔法』と『闇の魔法』を同時に使用することで、大気の温度差を発生させ、人工的に蜃気楼を作り出し、相手に幻を見せる魔法だ。
特に今回は相手の視界の大気の温度を左右で変化させることによって、鏡映蜃気楼を作り出していた。これによって、物体の側方に蜃気楼が出現するため、そこに狙いを定めて魔法を発動させていた選手たちの魔法はことごとく外れていたというわけだ。
これは今まで多くの魔法使いが構想していたが実現できなかった、いわゆる『幻術魔法』であった。
それを、魔法の中でも最も低位に位置する『熱の魔法』と『闇の魔法』だけで実現させてしまったのだ。
この魔法とシャルロッテの働きによって、またしてもルーシッド達のクラスは、相手に1点も取られることのない、パーフェクトゲームを達成した。しかも、1試合目に自分たちの手で更新した最短記録を、さらに更新してのパーフェクトゲームだった。
試合を観戦していた生徒たちは、目に見える雷の魔法の威力のすごさに拍手を送っていたが、ルーシッドのクラスの生徒たちだけは、逆に目に見えない空気を見事に操って相手を妨害したシャルロッテに賛辞を贈ったのだった。どちらが魔法レベル的に難しいかは言うまでもない。それをシャルロッテはあの大舞台で見事にやってのけたのだった。
「多分大丈夫だとは思うけど、もし相手が砂の壁を使ってきたら、ヘティーよろしくね」
「えぇ、任せてちょうだい」
ルーシッドとヘンリエッタがそう話す。
「アヤメも私のフォロー、よろしく頼んだわよ」
「あややや…責任重大ですね」
ヘンリエッタからそう言われて、困ったような素振りをするアヤメ・クロッカスだった。
1試合目のルーシッド達の戦法は強烈なものだった。その戦法の話題は瞬く間に学院中に広まり、特に『砂の壁』を使った妨害に関しては、すでに真似するチームも出てきているほどだった。
もちろんルーシッドは、相手が真似してくる可能性を十分に想定したうえで2試合目のオーダーを組んでいた。
ルーシッドが考案した『簡易短縮詠唱法』だけは、それぞれが自分の試合に集中していて、相手が何と詠唱しているか聞こえない状況ゆえに、クラス内だけの秘匿技術として保たれていた。それゆえに、なぜ1年5クラスの詠唱はあんなに速いのかと噂にはなっていたが、詠唱が速いのは1年5クラスに限ったことではなく、サラを初めとした高レベルの魔法使いや、本来の短縮詠唱を使える者、契約召喚を行える者などもいるので、そこまでの問題とはなっていなかった。
ルーシッドの簡易短縮詠唱法のずる賢いところは正にそこであり、全く詠唱していないわけではなく確かに詠唱を行っていること、そして、普通の詠唱よりは速いが本来の短縮詠唱よりは遅いという点だった。それゆえに、方法はわからないがもしかしたら詠唱を工夫すれば何とかなるのかも知れない、というギリギリのラインを攻めてくるところが、非常に狡猾な方法である。
現に、この簡易短縮詠唱法を入学試験の時から使い続けているサラ・ウィンドギャザーは、本人のすごさもあいまって、詠唱の速さに関しては、「さすがサラ」で片づけられているという現状だった。
「今回の作戦のキモはロッテ。ロッテだからね。大丈夫、新しい魔法だけど、練習通りにやればできるよ」
「う、うん!がっ、がんばるっ!」
シャルロッテは明らかに緊張している様子で答えた。
緊張は魔法使いの天敵ともいえる存在だ。
緊張によって、舌がうまく回らなかったり、詠唱文を間違えたりしてしまえば、当然魔法は正しく発動しない。また、緊張によって上手く魔力を制御できないということもある。魔法使い同士の勝負において、相手より先に魔法を発動できるかどうかは、勝敗に直結している。魔法使いにとって、『平常心』というのが何より大切なのである。
「ロッテ、大丈夫よ。あなたにならできるわ」
シアンが笑いかける。
「よっ!水の女神様!」
ライムが合いの手を入れる。
「え、何それ?」
「なんでもないわ!」
ルーシッドが尋ねると、恥ずかしそうにシアンが話を遮った。
「ふふっ、うん、ありがと!頑張るよ!」
その様子を見て、緊張が解けたのか、シャルロッテの顔に笑顔が戻った。
それを見て、みんなは勝利を確信したかのように笑い返し、掛け声をかけて会場へと出て行った。
「なんか…回を増すごとに観客が増えている気がするわね…」
試合を見に来ていた生徒会長のフリージアが、観客席を見渡してそう話した。
今回の球技戦、ルーシッド達は初めて大闘技場を使った試合となった。大闘技場のコートはかなり大きいため、決勝戦以外の試合は、真ん中でコートを区切り、一度に2試合が同時に行われていた。
本日、ルーシッド達の隣で行われているのは、3年生のストライクボールであったが、特に目玉となる選手などは出場していない。この客数の多さは恐らくは、1年5クラスの試合目当てだろう。
「ん~……私は~…なんだかんだで初めて見ます~…楽しみです~」
にこにこしながら頬に手をやり、少し首を傾げた姿勢で、相変わらず独特のリズムで喋るのは、生徒会《カウンサル》の広報担当フィオーレ・シーウェンだ。
「ミクちゃんも実際見るのは初めてだからわくわくなのだ~」
副会長のミクリナ・フェンサーも、今日は訪れていた。ミクリナは相変わらずダボダボの袖をバタバタさせ、イスに座ると下に届かない脚をプラプラさせていた。こうして見ると、3年生はおろか、学生なのかどうかすら怪しい。
「あっ、入場してきたわよ」
選手たちが拍手で迎えられる。午前中のエリアボールの時とは打って変わり、今回のルーシッド達のクラスの選手のほとんどは、何も手に持たずに入場してきた。ヘンリエッタとアヤメの2人は、ショベル型の魔法具を手に持っていた。
ショベル型の魔法具は土を掘る際の補助として用いられるもので、土の操作魔法を魔法具に付与し、普通のショベルで掘るのに比べて力もいらず、速く掘ることができるものである。普通のショベルに比べて、すくう部分が大きく設計されており、そこに魔法回路が彫り込まれている。本来であれば、演奏装置を組み込む余裕はないので、この魔法具とは別に演奏装置を携帯することになる。通常は、ピッケルやハンマーなどの掘削用具一式を収納できる腰につけたり肩からかけて持ち運べる収納ケースに演奏装置を組み込むというのが一般的である。全ての魔法具を同じ音階で発動できるため利便性としてはかなり優れている。
しかし、今回ヘンリエッタとアヤメはそのようなものは持っておらず、ショベルを一本だけ持っているだけだった。
入場してきた1年5クラスの選手は、先頭にヘンリエッタ・オートロープ、続いてアヤメ・クロッカス、ペルカ・パーチメント、シャルロッテ・キャルロット、ソウジ・イズミの5人だった。
試合開始の合図と同時にヘンリエッタとアヤメは魔法具を発動させる。2人はまず柄の部分にある魔法石に触れて、魔法回路を起動する。魔法回路は通常のショベル型魔法具と同じで、すくう部分に彫り込まれていた。そして、持ち手の部分に取り付けられた円柱状のシリンダーのようなものを回すとメロディーが流れた。その今まででは考えられない小ささと構造の部品こそが、ルーシッドが作り出す自動演奏装置であった。
この一連の動作をしながら、2人はすでに魔法の詠唱を行っていた。魔法具の発動と魔法詠唱を同時に行うことで、確かに異なる2つの魔法をほぼ同時に、あるいは連続して発動することが出来る。しかし、これは口で言うほど簡単なことではない。慣れていないと、どちらかの動作がおろそかになり逆に別々に発動するより時間がかかってしまうこともある。2人はこの日のために相当練習をしてきたのだろう。
"oPen the fiAry GATE.
(開け、妖精界の門)
1 OF the ele:MenTs, UN-DINE.
(四大の一つ、水の精ウンディーネよ)
brING FRuitFuL RAIN ↓ THE g-ROUND."
(大地に実りの雨を降らせ)"
2人が発動させたのは『雨の魔法』だ。ルーシッド式短縮詠唱による圧倒的スピードで詠唱を終えると、ヘンリエッタ達の上には雨雲が生じ始めた。そして、すでに発動を終えていた魔法具で自分たちの足元の土を掘り起こし耕していく。そして、魔法の種をまくと、そこに雨が降り出した。すぐに種は発芽し、成長していく。
その間、ペルカとソウジは何もせずに黙っており、シャルロッテは何かの魔法を唱えているようだが、まだ効果は現れていないように見えた。
相手チームも徐々に魔法詠唱を終え、魔法を発動していく。そのうちの1人は砂の壁を作り、ヘンリエッタ達の視界を塞ごうとしてきた。
「やっぱり来たわね~」
ヘンリエッタの作り出した雲から落ちる雨足が強まると、砂の壁は消えていき視界は晴れた。砂の壁はたくさんの砂を空中に舞い起して視界を遮っているだけなので、こういった雨を降らせた場合には、砂も地面に落ちてその効果を失ってしまうのだ。
「自分たちがやった妨害策を、自分たちの手で打ち破ってみせるとはね」
その様子を見て、フリージアはふっと笑った。
そして、ヘンリエッタとアヤメが成長させたツタは地面を張って伸びていき、ストライクボールの的に巻きつき、そこから上へ上へと延びていく。
この辺りになって、ようやくペルカとソウジが魔法の詠唱を開始した。
"oPen the fiAry GATE.
(開け、妖精界の門)
GOD oF the sKy, JUPPITER.
(天空の神、ジュピターよ)
CLAP thunDER, SHOW your poWER."
(雷鳴轟かせ、汝の力を示せ)
2人がそう唱えると、天から十数本の雷が落ちる。それらは上に伸びたツタを這うようにして的を直撃し、雷に撃たれた木製の的は勢いよく炎を上げて燃えだした。
一瞬にして全ての的を破壊し、試合はあっという間に終了したのだった。ド派手な魔法によって試合を決めたことで、会場は大いに沸いた。
「あんな風にすると、狙ったところに雷を落とすことができるのね…」
ルーシッドが今回立てた作戦はいわゆる『避雷針』を使った雷によるピンポイント攻撃だった。もちろん、雷の魔法だけでも、魔法使い自身が狙いを定めればピンポイント攻撃はできる。中距離攻撃魔法『サンダーアロー』などは良い例である。
しかし、この『避雷針』を使った方法なら、逆に魔法使いが狙いを定めなくても、狙ったところに雷が誘導されて攻撃をすることができるというわけだ。狙いを定めなくて良い分、発動の時間短縮にもなるし、造形などに魔力をかけなくて良い分、魔法の威力も上がるのだ。
「でも、相手が良かったって感じだよね。相手選手魔法外しまくってたよ。結局1つも当てられなかったんじゃないかなー?」
「私もそれは気になりました~…でもさすがにあれは外しすぎでは~?」
ミクリナとフィオーレがそう話しているのを聞いて、フリージアは会場に目をやった。
1人、何もしていないように見えた選手がいた。
フリージアの視界に入った選手、それはシャルロッテ・キャルロットだった。
シャルロッテは他の選手からねぎらいの言葉をかけられていた。
でも、あのルーシィに限って、そんな無駄な人選をするだろうか?
恐らく、相手選手が全く魔法を当てられなかった原因はあの子にあるはず。
だが、どうやって?
フリージアにはその方法が皆目見当もつかなかった。
「うーん…!」
フリージアは悔しそうな表情をして、髪の毛をくしゃくしゃと掻いた。
話は試合冒頭にさかのぼる。
この試合が始まった時、実は真っ先に詠唱をして魔法を発動させたのはシャルロッテだった。シャルロッテが唱えた詠唱文はこうだ。
"oPen the fiAry GATE.
(開け、妖精界の門)
1 OF the ele:MenTs, SALA-MANDER + icE fiaRY, jaCK O' froST.
(四大の一つ、火の精サラマンダー、氷の妖精、ジャックフロストよ)
pLEAse L-END Me UR conFLictING poWER.
(相反する2つの力を我に貸し与えたまえ)
HOT air IN my RIGHT hand, COOL air IN my LEFT hand."
(右手に熱気を、左手に冷気を)
これによって発動する魔法は、ルーシッドがこの試合のために作り出したオリジナル魔法『幻の魔法』だ。
これはいわゆる蜃気楼を作り出す魔法である。
蜃気楼は密度の異なる大気の中で、光の屈折が生じ、そこにある物体が違う場所にあるように見える現象である。大気の密度は温度によって粗密が生じる。
この魔法は、『熱の魔法』と『闇の魔法』を同時に使用することで、大気の温度差を発生させ、人工的に蜃気楼を作り出し、相手に幻を見せる魔法だ。
特に今回は相手の視界の大気の温度を左右で変化させることによって、鏡映蜃気楼を作り出していた。これによって、物体の側方に蜃気楼が出現するため、そこに狙いを定めて魔法を発動させていた選手たちの魔法はことごとく外れていたというわけだ。
これは今まで多くの魔法使いが構想していたが実現できなかった、いわゆる『幻術魔法』であった。
それを、魔法の中でも最も低位に位置する『熱の魔法』と『闇の魔法』だけで実現させてしまったのだ。
この魔法とシャルロッテの働きによって、またしてもルーシッド達のクラスは、相手に1点も取られることのない、パーフェクトゲームを達成した。しかも、1試合目に自分たちの手で更新した最短記録を、さらに更新してのパーフェクトゲームだった。
試合を観戦していた生徒たちは、目に見える雷の魔法の威力のすごさに拍手を送っていたが、ルーシッドのクラスの生徒たちだけは、逆に目に見えない空気を見事に操って相手を妨害したシャルロッテに賛辞を贈ったのだった。どちらが魔法レベル的に難しいかは言うまでもない。それをシャルロッテはあの大舞台で見事にやってのけたのだった。
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