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第2章 ギルド体験週間編―初日
ギルド体験週間初日⑦ フェリカと契約召喚、そして来訪者
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結局、フェリカが強引に押し切り、一緒にお風呂に入ることになったルーシッド、ルビア、フェリカの3人。
「へぇ、思ったより広いのね」
「ほら、ルーシィも隠れてないでおいでよ」
「うぅ…」
「無敵のルーシィにも弱点があったのね」
ルビアがくすくすと笑う。
「全然無敵じゃないよぉ…」
寮の部屋は3人で住むのには十分すぎる広さで、簡単な調理ができる小さなキッチンつきのリビングルームと大小2つの個室、バスルームが備わっていた。学生はいつでも学食が使えるので、あまり自分で料理する必要はないが、お茶やお菓子などを部屋で作るためのキッチンがついているのだ。
寮の部屋は大小様々あるようで、これは同性3人部屋タイプのようだ。
ちなみに意外に思えるかもしれないが、科学と言うものが存在しないこの魔法界においては、料理やお風呂などに使う火や、夜の照明としての明かりなども全て『魔法』である。化石燃料や電気といったものは当然存在しない。
火を起こしたり、湯を温めたりする魔法具やランプの魔法具があって、その魔法具に赤い魔力を流すことで、魔法が発動するのだ。照明用としては、白い魔力を使う『雷の魔法具』も存在している。
では、赤い魔力を持つ魔法使いがいなければどうすればいいのか?
そのために広く用いられているのが『魔法石』である。魔法石は人間の世界で言うところの燃料や電池に近いもので、魔力が蓄積された石である。この魔法石を魔法具にセットすると、魔法具の魔法が発動するのだ。魔法石は天然のものと人工のものがあるが、天然のものは数が少なく、今出回っているほとんどが人工魔法石である。
だが、魔法石に蓄えることができる魔力はそこまで多くなく、中位魔法や高位魔法はほとんど使うことができない。
それでも、日常生活で使う低位魔法、例えばお湯を温めるなどの、火系統の低位魔法『熱の魔法』などは、一般家庭であれば魔法石1個で10日くらいは家の全ての魔法具をまかなうことができる。
それでも、赤い魔法石を作るためには、赤い魔力を持つ魔法使いが必要なので、赤い魔力を持つ魔法使いは、どこでも貴重な存在である。
そのため、多くの場所で赤い魔力を持つ魔法使いが有力者になっていることも少なくない。
「んー…この感じだと、大きい部屋の方に2人、小さい部屋に1人って感じだね?」
お風呂上りのルーシッドが、個室を見回してそう言った。
「…まぁ、ベッドもそうなってるし、そうでしょね」
「えー、1人だけ別って、何か嫌じゃない?大きい部屋に3人で寝ようよ!楽しいよ!」
「いや…ベッド動かすとか無理でしょ…」
フェリカの提案にちょっとあきれたように答えるルビアだったが、内心はルーシッドもルビアも、部屋を見た時に『あ、3人一緒の寝室じゃないんだ』と思って、少しがっかりしていたのだった。全員が何となく漠然と、『寮の部屋では3人一緒の部屋で寝る』ということを想像していたのだ。
「あ、じゃあ!ベッド2つくっつけて、3人で寝る!どう?ナイスアイディアじゃない?」
「真ん中の継ぎ目の部分の人が痛いと思うわよ…私は嫌よ」
「そっかぁ…確かに…いいアイディアだと思ったんだけどなぁ…ルーシィ何とかならない?」
フェリカは残念そうに肩を落として、ルーシッドの方をちらりと見る。一件無茶ぶりにも思えるが、何となくルーシッドなら何とかしてくれるんじゃないかとも思っていた。
「んー…2つのベッドを1つのベッドにすればいいんでしょ?まぁ、できないことはないけど」
「で、できるの?そんなこと?」
自分で振っておいて驚くフェリカ。まさかホントに何とかできるとは。
「まぁ、治癒魔法の応用みたいなものかな、傷口をつなぎ合わせる感じで、2つのベッドの式の構造を一度ばらして、つなげばいいんでしょ?材質同じだし、わりと簡単だよ」
「言いたいことはわかるけど、それを実行できるのがすごいわ…」
ルビアは相変わらずのルーシッドの非常識ぶりにため息をついた。治癒魔法の応用と言っても、治癒魔法は『人の傷を治す魔法』であって、普通の魔法使いがベッドに治癒魔法をかけたところで、何も起こらない。起こるわけがない。それはもはや応用の域を超えた『新しい魔法』なのではないか、と思ったが、ルーシッドの行動にいちいち突っ込んでいてはキリがないので、あきらめるルビアだった。
寝室に関する問題も片付いたので、リビングルームでくつろぐ3人。
ルーシッドは昼から引っかかっていたあの事を、思い切って聞いてみようと思った。
「あのさ、リカ…」
「ん?なにー?」
「リカの魔力って、やっぱり私と同じで特殊な魔力なの?」
「あー…そのことか…やっぱルーシィには気づかれてたか…」
昼に話を濁すように、うやむやにしたのをルーシッドは見過ごしていなかった。
「え?でも、リカの魔力って確か『クリムゾン(深紅)』よね?魔力検査の時そう言ってたのを聞いたけど。別にそんなに珍しい色でもないと思うけど」
「え、そうなの?」
「うーん…やっぱ二人には話しておかないとね…パーティーなんだし…」
フェリカは意を決してように話した。
「わたし…実は、ルーシィと同じで魔法が全く使えないんだ…」
「え、なんで?どういうこと?」
「子供のころからね、普通クリムゾンだったら、赤系統か黒系統は使えるはずなのに、どれも全く詠唱文に反応しなくて…色々調べてもらったんだけど原因がわからなかったの。何かの病気だろうってことで片付けられてた。
で、ある時『鑑定の魔眼』を持ってる賢者さんがいるって聞いて、私の魔力を見てもらったんだ。そしたら、私の魔力はクリムゾンじゃなくて『血の色』っていう今まで見たこともない特殊な色で、結合が強すぎて分解できないから、赤とか黒系統の魔法は使えないんだろうって言われたんだ。
でも血の色に適合する魔法は発見されてないから魔法は使えない、って言われたんだ」
「そうか…だから、ベル先輩の『紫の魔力』に反応してたのね」
「え、でも、ルーン魔法は?あれはどうやって使ってるの?」
「うん、あれが唯一私が使える魔法?かな。ルーシィと同じで、色々魔法について調べてるときに『ルーン魔法は血を使ってルーン文字を刻み、特殊な儀式をすることによって発動する』っていう記述を見つけたの。
その古代の儀式に関してはよくわからなかったけど、もしかしたら私の魔力『血の色』なら反応するんじゃないかと思って色々試してみたら、偶然できたんだよね。全てのルーンが使えるわけじゃないから、多分完全なルーン魔法ではない、まがい物なのかも知れないけど…」
「でもすごいじゃない、古代魔法を現代に再現できたなんて」
ルビアは慰めるように言うが、フェリカの顔色は晴れない。
「だからね?昼にルーシィにあんなこと言わせちゃったけど、あたしだって同じ。ううん、あたしの方がもっと足を引っ張ると思うんだ…だってあたし勉強もできないし、魔法もろくに使えないし…なかなか言い出せなくてごめん…2人に嫌われたくなくて…でも…こんなあたしが…2人に釣り合うのかなぁ…パーティー組んでいいのかなぁ…」
フェリカの目からは涙がぽろぽろとこぼれた。
「リカ…何言っているのよ、そんなこと気にしなくていいのよ」
「でも…でも…」
「ほら、ルーシィもそう思うでしょ?」
「……血の色…血と同じ効果…1つ思いついたことがあるんだけど」
一人で何かを考えながら、ぶつぶつ呟いていたルーシッドが顔をあげて言った。
「この状況で冷静に話をすすめるあんたがすごいわ…え、リカの話聞いてた?」
「え、あ、ごめん。ちょっと考え事してて、何?どうしたの?」
「はははっ、ルーシィらしくていいね。で、何?何を思いついたの?」
フェリカは涙を手で拭って笑う。
「血の色で発動する魔法について思い当たることがあるんだ」
「え…うそ…?」
「うん、多分だけど…エアリーはどう思う?」
『はい、あ、まずはリカ?あなたはこのパーティーに必要な存在ですよ。自分を不要な存在だなんて思わないでくださいね』
「うわぁ…この子、ルーシィよりよっぽど人間らしいわ…」
ルビアはルーシッドを、すごく残念な人を見るような目で見る。
『ルーシィは集中すると周りが見えなくなることがあるので…すいません』
「人間ができているっ…!」
フェリカに対して、人間ではありませんが、というこれまた人間らしい突っ込みをしてから、エアリーは話を続ける。
『ルーン魔法が発動できるということは、血と同じ効果を魔力が持っていると考えられます。なので、ヴァンパイアの力を借りることができるかもしれません。文献によればヴァンパイアは血を好むようですので』
「え…ヴァンパイアって、あの…?」
「うん、今までヴァンパイアが好む魔力は判明していなかったけど、もしかしらた血の色がそれなのかも知れない」
「確かに…今までヴァンパイアは妖精として存在だけは知られていたけど、魔法の詠唱文だけはわかっていなかった…うん、いけるかも知れない!」
「まぁ、とりあえず召喚するだけしてみようか?」
「え、召喚ってそんな簡単にできるものなの?」
フェリカは驚いてルーシッドに聞き返す。
「呼び出すこと自体は難しくはないよ、『召喚魔法陣』っていう特殊な魔法陣を書いて、そこに魔力を流すだけだよ。契約が成立するかはまた別の話だけど。エアリー?
書庫検索:召喚魔法陣」
『検索完了しました。展開しますか?』
「うん、お願い」
ルーシッドたちの部屋の壁に大きな魔法陣が展開された。
「じゃあ、リカ、この魔法陣に魔力を流してみて。魔力検査のときみたいにしてくれればいいから」
「う、うん。わかった。なんか緊張する…」
フェリカが魔法陣に触れると、魔法陣が輝きを放つ。
「召喚が成功すれば、何らかの変化があるはずなんだけど…」
―『なんと良き香りの魔力か…召喚されたのは何十年振りかのぉ?』
「へぇ、召喚できると声が聞こえるんだね?」
「そんな…わ、私にも聞こえる…」
「私にも…あり得ないわ…」
召喚についてあまり詳しくないフェリカはのん気にそう言うが、ルーシッドとルビアは息を飲む。
普通の妖精であれば、契約者本人しかその存在を認識することはできないはずである。そこにいる全員に認識できるくらい強い力を持つ妖精など聞いたことがない。伝承や神話では、人間は妖精を普通に見ることができ、話すことができたと書かれているが、いつの日からかできなくなってしまったのだ。それは人間の側の力が弱くなってしまったのか、妖精とのつながりが弱まったからなのか、魔法という力を得た代償なのか、はっきりしたことはわかっていない。
3人が固唾を飲んで見守っていると、魔法陣から女性がすぅ…と出て来た。ブロンドの綺麗な長い髪に白い肌、血の色をした目。人間ではない。女性の姿をしているが、ふわふわと空中に浮かんでおり、後ろの魔法陣が透けて見えている。
「へぇ……召喚すると妖精って見えるんだね…?」
「……そんなはずないんだけど…」
「えぇ…あり得ない…そんなはずないわ…」
さすがにフェリカも何かおかしくない?という顔で2人を見る。
契約者が存在を認識できるといっても、それははっきりとした形をともなって見えるというわけではない。契約したものの話によると、自分の魔力と同じ色のうっすらとしたもやのような光が見えるようになるとのことだ。このように人間の形をとって現れる妖精など聞いたことがない。
『良き香りの主は……真ん中のお前じゃな?どうした、何を呆けた顔をしておる?私と契約したいのじゃろう?』
「……え、あ、はいっ!」
『くっくっく…良いだろう!ただし条件がある!』
「な…なんでしょうか…?」
いよいよ契約の条件提示だと、フェリカは緊張し、ごくりと唾を飲む。例え召喚できたとしても、条件を達成できなければ契約することはできない。
『朝昼晩おやつ、魔力の提供をしてもらうぞ?』
「はい………
え、それだけ?」
『な、なんじゃ、無理か…うぅ、ではおやつはあきらめるからせめて三食だけでも…』
「いや、そうではなく…もっと難しい条件を言われるのかと…」
『あぁ、妖精の中にはそうやって困らせて楽しんでるやつらもいるようじゃな。じゃが私から言わせれば意味が分からん!契約されんかったら、魔力がもらえないではないか!?頼むっ!契約してください!魔力をください!』
ヴァンパイアは土下座してお願いしてきた。
「最初の威厳っぽい感じは!?」
「なんか…思ってたのと違う…」
「私も…え、契約召喚ってこんな感じなの?」
「違うと思うなぁ…」
ルーシッドとルビアは、フェリカとヴァンパイアのやり取りを遠い目をして見ていた。
『うまいっ!』
マリーと名乗ったヴァンパイアは、早速美味しそうに血の色の魔力で作ったドーナッツを頬張る。
「うーん…具現化して喋る妖精なんて聞いたことないよ…」
「ねぇ?どういうことなのかしら…」
ルーシッドとルビアが不思議そうに話しているのを聞いて、もぐもぐ食べながらマリーはちらりと2人を見た。
『ん?あぁ、それは妖精の力の強さによるんじゃないか?〈神位の妖精〉まぁ、一般的には単純に〈神〉と呼ばれておる高位の妖精なら、具現化して喋ることもできようぞ?まぁ、そんな酔狂なことする妖精もそうそうおらんじゃろうが』
「え…ちょっと待って…あなた神位妖精なの…?」
『そうじゃが…なんだ、知らんかったのか?』
神位の妖精とは、妖精族の頂点、妖精の女王とほぼ同等の位である妖精のことであり、他の妖精たちと大きくことなる特徴がいくつかある。
まずは、扱える属性を2つ以上持っていること。
そして、唯一無二の存在であること。つまり、他の妖精、例えば火の妖精『サラマンダー』、と言えば無数にいるのに対して、神位の妖精は、その名前がつく者がそれ一人しか存在しない。
神位の妖精は、妖精の女王との間の合意により、人間と妖精との間の法に縛られることはない。従いたくなければ従わなくてもよい。自分でその詠唱に答えるかどうかを決められるのだ。
『まぁ私は他のやつらとは違って、契約専門じゃからの、知られてなくても当然か』
「なるほど…だから詠唱文が存在しなかったのか…ヴァンパイアに関する文献は少ないしなぁ…」
「神位の妖精は自由な妖精が多いと聞いたことがあるけど、ここまで自由だとは…」
普通なら神位の妖精が契約召喚に答えることなどあり得ない。ルーシッドとルビアは納得すると同時に、ヴァンパイアのマリーという存在の非常識さに戸惑いを隠せない。
「あの…マリーさん?」
フェリカが美味しそうに魔力ドーナッツを頬張るマリーに尋ねた。
『なんじゃ?マリーで良いぞ』
「あ、はい、マリーは契約していない間は何を食べているの?」
『ん?あぁ…まぁ、妖精は食事という概念は基本的にはないからな、別に魔力を食べなくても死なないし』
「や、やっぱり、人間の血を吸うの?」
『は?血?なんで、そんなまずそうなもの吸わにゃならん?そもそも妖精は物質的なものは食べんぞ?』
「え、でもヴァンパイアに関する文献に血を好むって…」
『ははーん、それはあれじゃな、きっと以前に契約したやつが〈血の色をした魔力を好む〉と書き記したものが、どっかで間違って伝わってしまったんじゃろう』
「なるほど…」
その時だった。コンコンと部屋のドアをノックする音がした。
「こんな時間に誰かしら?」
ルビアが立ち上がり、ドアに向かう。
『私はお前らにしか見えんから、安心せぇ』
マリーはそう言って、魔力ドーナッツを頬張り続ける。
ドアを開けると、そこには女生徒が立っていた。リボンの色からして2年生だ。ブロンドのショートヘアーに青くきれいな瞳。眼鏡がよく似合う才女といった感じの生徒だった。
「こんばんは。夜分遅くに失礼します」
「えっと……どちら様ですか?」
「私は、クレア・イエロー・グランドと申します。ルーシッドさんはいらっしゃいますか?」
そう、突然の来訪者は、クレア・イエロー・グランド。
純血の副ギルド長にして、『完全防御』の異名を持つ、黄の純色の魔法使い、クレア・イエロー・グランドだった。
「それで…えっと、私に何の用でしょうか?」
中に通されたクレアはルーシッドと対面する形でテーブルに座っていた。
フェリカは近くのソファに座り、ルビアは少し離れたところで腕を組んで立ち、クレアを検分するように睨んでいた。
「そう警戒しないでください。良くない噂を聞いているかも知れませんが、私はあなた達の敵ではありません。純血がリムピッドさんの特殊な魔力に注目していることは事実ですが、まだ何もする気はないようです。ウィンドギャザーさんの件もあって迂闊に手は出せないのでしょう。今日はお願いがあってきたのです」
「お願い?私にですか?」
「はい、リムピッドさん、折り入って頼みがあります。レイチェルを救ってください。お願いします」
そう言って、クレアは頭を下げた。
「え…レイチェルっていうと、純血のギルド長の、あのレイチェルさんですか?」
「そうです。レイチェル・レッド・フランメルです」
「す、救うってどういうことですか?」
しばしの沈黙の後、クレアは静かに口を開いた。
「……レイは変わってしまいました…昔はあんな人じゃなかったのに…自分たち新しい世代で、純色の魔法使いの間に根強く残る、混色に対する差別意識や特権階級意識を無くしていきたいねって、語り合っていたんです。そんなレイがあたしは大好きでした。
エレメンタル・フォーに選ばれた時も、これで改革に一歩前進だって喜んでいました。私もエレメンタル・フォーに選ばれたら、改革派が半数になって、意見としては却下できなくなるからって、そして賛同者を集めていこうって、自分は先に一人で頑張ってるって言ってたんです…でも……
エレメンタル・フォーに入ってからレイは変わってしまいました……多分、他の保守派の人たちに飲まれてしまったんだと思います。一番若い自分の意見なんて見向きもされない、改革なんて結局無理なんだって、やる気を失い、暗くふさぎ込みがちになってしまいました。今の純血も過激派の暴走状態です。レイは、強い純色の象徴として、過激派のいいように使われているんです。
お願いします。以前のレイを取り戻したいんです、力を貸してください!」
クレアはもう一度頭を下げた。
「言いたいことはわかりました。あなたが嘘を言っているようにも思えません。
ですが…なぜ私に白羽の矢がたったのでしょうか?」
「それは…レイにサシで勝てるのはあなたしかいないと見込んでのことです」
「わ、私に、レイチェル先輩と直接対決をしろと言うことですか?」
「そうです。レイも負けちゃえば、背負わされてるものとか全部なくなって、吹っ切れると思うんです。それに、純色の魔法使い、それもエレメンタル・フォーの一人が無色の魔法使いに負けたとなれば、純色の求心力は急激に落ちるでしょう。そうなれば、純色の影響力も弱まり、保守派の発言力や過激派の行動も抑え込めると思います」
「なるほど…確かに一理あるかもしれません…でも具体的にはどうするんですか?」
「なるべく大勢の前、できれば全校生徒の前でレイと決闘して勝つのが望ましいです。レイとウィンドギャザーさんの決闘をマッチングするので、そこに乱入する形でレイに決闘を挑むというのはどうでしょうか?」
「なるほど…確かにサリーとレイチェル先輩の対決なら人が呼べますね…個人的にはそのまま見てみたい気もしますが…」
「そうです。ウィンドギャザーさんには悪いですが、客寄せパンダになってもらいます」
「でも、そう上手くいきますかね?」
「今日、ゲイリーが負けた件で、純血は焦っています。純色の求心力を取り戻すために、明日から色々なところで決闘を仕掛けていき、強い純色のイメージを取り戻すと言っていました。そのメインイベントとして、レイとウィンドギャザーの決闘をマッチングする方向で動きます。過激派は必ず乗るでしょう」
「ふむ…」
ルーシッドはしばし考え込んでから、ゆっくりと口を開いた。
「一つ確認しておきたいことがあります」
「なんでしょうか?」
「全て私が勝つこと前提の計画ですが…もし私が負けたらどうするんですか?」
「負ける可能性があるんですか?」
「ゼロではないでしょう」
「いえ、あなたは負けませんよ、あなたは明らかにレイより強い。それは入試の戦いを見ればわかります。複雑な気持ちですけどね。個人的には私のレイには無敵でいて欲しい。でも、その強さがレイを締め付けているなら…別に最弱でも構いません。私が好きなのは『赤の純色の魔法使い、完全焼却』ではなく、私のただの幼馴染のレイです」
「…その気持ちはわかりますよ……わかりました。引き受けます」
ルーシッドはサラに対する自分の感情と重ねていた。自分もサラが『SSランク、全色の魔法使い』だから好きなのではない。優しい幼馴染のサラだから好きなのだ。サラが魔法が使えなくても、その気持ちが変わるわけではない。クレアのこの言葉も本心からのものだろう。クレアを信じてみようと思った。
「ありがとうございます」
クレアは頭を深々と下げた。
「頭を上げてください。クレア先輩。それと、サラにはこの計画を伝えるつもりですか?」
「…その点に関しては悩んでいます。ウィンドギャザーさんは生徒会ですので、計画がバレる可能性を考えています」
「サリーなら大丈夫だと思いますよ、口は堅いです。それに事前のすり合わせなしでサリーに決闘を申し込んで、万が一にも断られるという可能性もなくはありません。よろしければ私からそれとなく伝えましょうか?」
「その通りですね、わかりました。あなたを信じます。ウィンドギャザーさんの件は、あなたにお任せします。純血に何か動きがあったらお伝えします」
クレアが立ち上がろうとしたその時、ルーシッドは呼び止めた。
「待ってください。私たちが頻繁に会うのは危険です。警戒されて、計画がバレる可能性があります。ちょっと待っていてください」
そう言うとルーシッドは立ち上がって、自分の荷物をあさって、ルーシッドが普段使っているエアリーのグラムを書き込んだ魔法具より一回り小さい魔法具を取り出した。
「こちらをお持ちください」
「これは…魔法具ですか?見たことのない魔法具ですが…まさかオリジナルですか?」
「はい、その板に指で文字を書き込むと、私が持ってるこの魔法具にその文字が送られるっていう魔法具です」
ルーシッドが魔法具にタッチすると
START UP(起動)
という文字が出て、しばらくすると
上の一行に
MAIL(メール)
という文字が浮かぶ。
それを指で押すと
TO LUCID(ルーシッド宛)
TEXT(本文)
SENDING(送信)
という文字が浮かんだ。
「このTEXTというところを押してから、指で伝えたい内容を書き込んでください。
書き終わったら、SENDINGを押せば、私に届きますので」
ルーシッドが実際に試して見せると、確かにその通りになった。
「これは…とんでもない魔法具ですね…」
クレアは手に取ってごくりと唾を飲み込んだ。
クレアが驚くのも無理はない。意外に思えるかも知れないが、魔法界には電話やEメールなどにあたる通信手段は発達していない。遠くの人と連絡を取りたい場合には手紙を届けてもらうという、非常に原始的な方法を使うしかないのだ。
仮にこのルーシッドの魔法具が世に出回ることになれば、それはこの世界に革命を起こすことになるだろう。
「その魔法具の事は秘密にしてくださいね。まだ試作段階ですし、知られると色々面倒なので。一応、それをお貸しするのは、あなたへの信頼の証です」
「ありがとう。信頼には答えるわ」
「ルーシィ…あの人の話信じるの?」
クレアが帰った後で、フェリカが尋ねた。
「まぁ、嘘をついているようには思えなかったし、とりあえずは話に乗っかってみるよ」
「罠かも知れないわよ」
ルビアはあまり乗り気ではないようだ。
『まぁ、虎穴に入らずんば虎子を得ず、と言うじゃろ。聞いていたところ、その純血というやつらが、面倒ごとを起こしとるんじゃろ?今のところ、それを止める手段が他に思い当たらんのなら、やつの話に乗っかるしかないじゃろ』
マリーはドーナッツを食べ終えて、フェリカと同じソファに座って休んでいたが、話はしっかりと聞いていたようだ。
『私も同感です。クレアさんの様子を観察していましたが、恐らくレイチェルに関する話は本当でしょう。それに、ルーシィが負けるはずありませんし、罠だとしても問題ありません。正面から叩き潰しましょう』
「エアリーってたまに過激なこと言うよね…」
ルーシッドは少し苦笑いした。
『なっ、なんじゃ!?どこからか声が聞こえるぞ?私以外にも妖精がおるのか?』
急にどこからともなく声がしたので、マリーは驚いて辺りを見回した。
『この魔法具から話しています。どうも、自己紹介が遅れました。私はエアリーです。妖精ではありませんよ。ルーシィに作られた人工知能です』
『こ、これは……ふむ……いや、これにはすでに人格化しておる、生命が宿っておるな…』
「え、そんなことってあるんですか?」
『私に聞かれてもわからん…こんな存在は見たことがない…これをお前が作ったというのか?お前…何者じゃ?』
「んー…何者って言われても…」
『…そういえばおかしいの…お前からは何の匂いもせん……お前、魔法使いではないのか?』
「あ、やっぱり、妖精からしても、匂いしないんですね。私、魔力に色が無いんですよ、匂いも味もしないから、妖精を使役出来ないんですよ」
『魔力に色が無い?……ふむ…なるほど、そういうことか……』
マリーは目を細め、ルーシッドを値踏みするようにじっくりと見た。
「…?どうかしましたか?」
『いや…何でもない…実に興味深い存在じゃな』
「?」
マリーは思うことがあったが、今は言わないでおこうと思った。
「へぇ、思ったより広いのね」
「ほら、ルーシィも隠れてないでおいでよ」
「うぅ…」
「無敵のルーシィにも弱点があったのね」
ルビアがくすくすと笑う。
「全然無敵じゃないよぉ…」
寮の部屋は3人で住むのには十分すぎる広さで、簡単な調理ができる小さなキッチンつきのリビングルームと大小2つの個室、バスルームが備わっていた。学生はいつでも学食が使えるので、あまり自分で料理する必要はないが、お茶やお菓子などを部屋で作るためのキッチンがついているのだ。
寮の部屋は大小様々あるようで、これは同性3人部屋タイプのようだ。
ちなみに意外に思えるかもしれないが、科学と言うものが存在しないこの魔法界においては、料理やお風呂などに使う火や、夜の照明としての明かりなども全て『魔法』である。化石燃料や電気といったものは当然存在しない。
火を起こしたり、湯を温めたりする魔法具やランプの魔法具があって、その魔法具に赤い魔力を流すことで、魔法が発動するのだ。照明用としては、白い魔力を使う『雷の魔法具』も存在している。
では、赤い魔力を持つ魔法使いがいなければどうすればいいのか?
そのために広く用いられているのが『魔法石』である。魔法石は人間の世界で言うところの燃料や電池に近いもので、魔力が蓄積された石である。この魔法石を魔法具にセットすると、魔法具の魔法が発動するのだ。魔法石は天然のものと人工のものがあるが、天然のものは数が少なく、今出回っているほとんどが人工魔法石である。
だが、魔法石に蓄えることができる魔力はそこまで多くなく、中位魔法や高位魔法はほとんど使うことができない。
それでも、日常生活で使う低位魔法、例えばお湯を温めるなどの、火系統の低位魔法『熱の魔法』などは、一般家庭であれば魔法石1個で10日くらいは家の全ての魔法具をまかなうことができる。
それでも、赤い魔法石を作るためには、赤い魔力を持つ魔法使いが必要なので、赤い魔力を持つ魔法使いは、どこでも貴重な存在である。
そのため、多くの場所で赤い魔力を持つ魔法使いが有力者になっていることも少なくない。
「んー…この感じだと、大きい部屋の方に2人、小さい部屋に1人って感じだね?」
お風呂上りのルーシッドが、個室を見回してそう言った。
「…まぁ、ベッドもそうなってるし、そうでしょね」
「えー、1人だけ別って、何か嫌じゃない?大きい部屋に3人で寝ようよ!楽しいよ!」
「いや…ベッド動かすとか無理でしょ…」
フェリカの提案にちょっとあきれたように答えるルビアだったが、内心はルーシッドもルビアも、部屋を見た時に『あ、3人一緒の寝室じゃないんだ』と思って、少しがっかりしていたのだった。全員が何となく漠然と、『寮の部屋では3人一緒の部屋で寝る』ということを想像していたのだ。
「あ、じゃあ!ベッド2つくっつけて、3人で寝る!どう?ナイスアイディアじゃない?」
「真ん中の継ぎ目の部分の人が痛いと思うわよ…私は嫌よ」
「そっかぁ…確かに…いいアイディアだと思ったんだけどなぁ…ルーシィ何とかならない?」
フェリカは残念そうに肩を落として、ルーシッドの方をちらりと見る。一件無茶ぶりにも思えるが、何となくルーシッドなら何とかしてくれるんじゃないかとも思っていた。
「んー…2つのベッドを1つのベッドにすればいいんでしょ?まぁ、できないことはないけど」
「で、できるの?そんなこと?」
自分で振っておいて驚くフェリカ。まさかホントに何とかできるとは。
「まぁ、治癒魔法の応用みたいなものかな、傷口をつなぎ合わせる感じで、2つのベッドの式の構造を一度ばらして、つなげばいいんでしょ?材質同じだし、わりと簡単だよ」
「言いたいことはわかるけど、それを実行できるのがすごいわ…」
ルビアは相変わらずのルーシッドの非常識ぶりにため息をついた。治癒魔法の応用と言っても、治癒魔法は『人の傷を治す魔法』であって、普通の魔法使いがベッドに治癒魔法をかけたところで、何も起こらない。起こるわけがない。それはもはや応用の域を超えた『新しい魔法』なのではないか、と思ったが、ルーシッドの行動にいちいち突っ込んでいてはキリがないので、あきらめるルビアだった。
寝室に関する問題も片付いたので、リビングルームでくつろぐ3人。
ルーシッドは昼から引っかかっていたあの事を、思い切って聞いてみようと思った。
「あのさ、リカ…」
「ん?なにー?」
「リカの魔力って、やっぱり私と同じで特殊な魔力なの?」
「あー…そのことか…やっぱルーシィには気づかれてたか…」
昼に話を濁すように、うやむやにしたのをルーシッドは見過ごしていなかった。
「え?でも、リカの魔力って確か『クリムゾン(深紅)』よね?魔力検査の時そう言ってたのを聞いたけど。別にそんなに珍しい色でもないと思うけど」
「え、そうなの?」
「うーん…やっぱ二人には話しておかないとね…パーティーなんだし…」
フェリカは意を決してように話した。
「わたし…実は、ルーシィと同じで魔法が全く使えないんだ…」
「え、なんで?どういうこと?」
「子供のころからね、普通クリムゾンだったら、赤系統か黒系統は使えるはずなのに、どれも全く詠唱文に反応しなくて…色々調べてもらったんだけど原因がわからなかったの。何かの病気だろうってことで片付けられてた。
で、ある時『鑑定の魔眼』を持ってる賢者さんがいるって聞いて、私の魔力を見てもらったんだ。そしたら、私の魔力はクリムゾンじゃなくて『血の色』っていう今まで見たこともない特殊な色で、結合が強すぎて分解できないから、赤とか黒系統の魔法は使えないんだろうって言われたんだ。
でも血の色に適合する魔法は発見されてないから魔法は使えない、って言われたんだ」
「そうか…だから、ベル先輩の『紫の魔力』に反応してたのね」
「え、でも、ルーン魔法は?あれはどうやって使ってるの?」
「うん、あれが唯一私が使える魔法?かな。ルーシィと同じで、色々魔法について調べてるときに『ルーン魔法は血を使ってルーン文字を刻み、特殊な儀式をすることによって発動する』っていう記述を見つけたの。
その古代の儀式に関してはよくわからなかったけど、もしかしたら私の魔力『血の色』なら反応するんじゃないかと思って色々試してみたら、偶然できたんだよね。全てのルーンが使えるわけじゃないから、多分完全なルーン魔法ではない、まがい物なのかも知れないけど…」
「でもすごいじゃない、古代魔法を現代に再現できたなんて」
ルビアは慰めるように言うが、フェリカの顔色は晴れない。
「だからね?昼にルーシィにあんなこと言わせちゃったけど、あたしだって同じ。ううん、あたしの方がもっと足を引っ張ると思うんだ…だってあたし勉強もできないし、魔法もろくに使えないし…なかなか言い出せなくてごめん…2人に嫌われたくなくて…でも…こんなあたしが…2人に釣り合うのかなぁ…パーティー組んでいいのかなぁ…」
フェリカの目からは涙がぽろぽろとこぼれた。
「リカ…何言っているのよ、そんなこと気にしなくていいのよ」
「でも…でも…」
「ほら、ルーシィもそう思うでしょ?」
「……血の色…血と同じ効果…1つ思いついたことがあるんだけど」
一人で何かを考えながら、ぶつぶつ呟いていたルーシッドが顔をあげて言った。
「この状況で冷静に話をすすめるあんたがすごいわ…え、リカの話聞いてた?」
「え、あ、ごめん。ちょっと考え事してて、何?どうしたの?」
「はははっ、ルーシィらしくていいね。で、何?何を思いついたの?」
フェリカは涙を手で拭って笑う。
「血の色で発動する魔法について思い当たることがあるんだ」
「え…うそ…?」
「うん、多分だけど…エアリーはどう思う?」
『はい、あ、まずはリカ?あなたはこのパーティーに必要な存在ですよ。自分を不要な存在だなんて思わないでくださいね』
「うわぁ…この子、ルーシィよりよっぽど人間らしいわ…」
ルビアはルーシッドを、すごく残念な人を見るような目で見る。
『ルーシィは集中すると周りが見えなくなることがあるので…すいません』
「人間ができているっ…!」
フェリカに対して、人間ではありませんが、というこれまた人間らしい突っ込みをしてから、エアリーは話を続ける。
『ルーン魔法が発動できるということは、血と同じ効果を魔力が持っていると考えられます。なので、ヴァンパイアの力を借りることができるかもしれません。文献によればヴァンパイアは血を好むようですので』
「え…ヴァンパイアって、あの…?」
「うん、今までヴァンパイアが好む魔力は判明していなかったけど、もしかしらた血の色がそれなのかも知れない」
「確かに…今までヴァンパイアは妖精として存在だけは知られていたけど、魔法の詠唱文だけはわかっていなかった…うん、いけるかも知れない!」
「まぁ、とりあえず召喚するだけしてみようか?」
「え、召喚ってそんな簡単にできるものなの?」
フェリカは驚いてルーシッドに聞き返す。
「呼び出すこと自体は難しくはないよ、『召喚魔法陣』っていう特殊な魔法陣を書いて、そこに魔力を流すだけだよ。契約が成立するかはまた別の話だけど。エアリー?
書庫検索:召喚魔法陣」
『検索完了しました。展開しますか?』
「うん、お願い」
ルーシッドたちの部屋の壁に大きな魔法陣が展開された。
「じゃあ、リカ、この魔法陣に魔力を流してみて。魔力検査のときみたいにしてくれればいいから」
「う、うん。わかった。なんか緊張する…」
フェリカが魔法陣に触れると、魔法陣が輝きを放つ。
「召喚が成功すれば、何らかの変化があるはずなんだけど…」
―『なんと良き香りの魔力か…召喚されたのは何十年振りかのぉ?』
「へぇ、召喚できると声が聞こえるんだね?」
「そんな…わ、私にも聞こえる…」
「私にも…あり得ないわ…」
召喚についてあまり詳しくないフェリカはのん気にそう言うが、ルーシッドとルビアは息を飲む。
普通の妖精であれば、契約者本人しかその存在を認識することはできないはずである。そこにいる全員に認識できるくらい強い力を持つ妖精など聞いたことがない。伝承や神話では、人間は妖精を普通に見ることができ、話すことができたと書かれているが、いつの日からかできなくなってしまったのだ。それは人間の側の力が弱くなってしまったのか、妖精とのつながりが弱まったからなのか、魔法という力を得た代償なのか、はっきりしたことはわかっていない。
3人が固唾を飲んで見守っていると、魔法陣から女性がすぅ…と出て来た。ブロンドの綺麗な長い髪に白い肌、血の色をした目。人間ではない。女性の姿をしているが、ふわふわと空中に浮かんでおり、後ろの魔法陣が透けて見えている。
「へぇ……召喚すると妖精って見えるんだね…?」
「……そんなはずないんだけど…」
「えぇ…あり得ない…そんなはずないわ…」
さすがにフェリカも何かおかしくない?という顔で2人を見る。
契約者が存在を認識できるといっても、それははっきりとした形をともなって見えるというわけではない。契約したものの話によると、自分の魔力と同じ色のうっすらとしたもやのような光が見えるようになるとのことだ。このように人間の形をとって現れる妖精など聞いたことがない。
『良き香りの主は……真ん中のお前じゃな?どうした、何を呆けた顔をしておる?私と契約したいのじゃろう?』
「……え、あ、はいっ!」
『くっくっく…良いだろう!ただし条件がある!』
「な…なんでしょうか…?」
いよいよ契約の条件提示だと、フェリカは緊張し、ごくりと唾を飲む。例え召喚できたとしても、条件を達成できなければ契約することはできない。
『朝昼晩おやつ、魔力の提供をしてもらうぞ?』
「はい………
え、それだけ?」
『な、なんじゃ、無理か…うぅ、ではおやつはあきらめるからせめて三食だけでも…』
「いや、そうではなく…もっと難しい条件を言われるのかと…」
『あぁ、妖精の中にはそうやって困らせて楽しんでるやつらもいるようじゃな。じゃが私から言わせれば意味が分からん!契約されんかったら、魔力がもらえないではないか!?頼むっ!契約してください!魔力をください!』
ヴァンパイアは土下座してお願いしてきた。
「最初の威厳っぽい感じは!?」
「なんか…思ってたのと違う…」
「私も…え、契約召喚ってこんな感じなの?」
「違うと思うなぁ…」
ルーシッドとルビアは、フェリカとヴァンパイアのやり取りを遠い目をして見ていた。
『うまいっ!』
マリーと名乗ったヴァンパイアは、早速美味しそうに血の色の魔力で作ったドーナッツを頬張る。
「うーん…具現化して喋る妖精なんて聞いたことないよ…」
「ねぇ?どういうことなのかしら…」
ルーシッドとルビアが不思議そうに話しているのを聞いて、もぐもぐ食べながらマリーはちらりと2人を見た。
『ん?あぁ、それは妖精の力の強さによるんじゃないか?〈神位の妖精〉まぁ、一般的には単純に〈神〉と呼ばれておる高位の妖精なら、具現化して喋ることもできようぞ?まぁ、そんな酔狂なことする妖精もそうそうおらんじゃろうが』
「え…ちょっと待って…あなた神位妖精なの…?」
『そうじゃが…なんだ、知らんかったのか?』
神位の妖精とは、妖精族の頂点、妖精の女王とほぼ同等の位である妖精のことであり、他の妖精たちと大きくことなる特徴がいくつかある。
まずは、扱える属性を2つ以上持っていること。
そして、唯一無二の存在であること。つまり、他の妖精、例えば火の妖精『サラマンダー』、と言えば無数にいるのに対して、神位の妖精は、その名前がつく者がそれ一人しか存在しない。
神位の妖精は、妖精の女王との間の合意により、人間と妖精との間の法に縛られることはない。従いたくなければ従わなくてもよい。自分でその詠唱に答えるかどうかを決められるのだ。
『まぁ私は他のやつらとは違って、契約専門じゃからの、知られてなくても当然か』
「なるほど…だから詠唱文が存在しなかったのか…ヴァンパイアに関する文献は少ないしなぁ…」
「神位の妖精は自由な妖精が多いと聞いたことがあるけど、ここまで自由だとは…」
普通なら神位の妖精が契約召喚に答えることなどあり得ない。ルーシッドとルビアは納得すると同時に、ヴァンパイアのマリーという存在の非常識さに戸惑いを隠せない。
「あの…マリーさん?」
フェリカが美味しそうに魔力ドーナッツを頬張るマリーに尋ねた。
『なんじゃ?マリーで良いぞ』
「あ、はい、マリーは契約していない間は何を食べているの?」
『ん?あぁ…まぁ、妖精は食事という概念は基本的にはないからな、別に魔力を食べなくても死なないし』
「や、やっぱり、人間の血を吸うの?」
『は?血?なんで、そんなまずそうなもの吸わにゃならん?そもそも妖精は物質的なものは食べんぞ?』
「え、でもヴァンパイアに関する文献に血を好むって…」
『ははーん、それはあれじゃな、きっと以前に契約したやつが〈血の色をした魔力を好む〉と書き記したものが、どっかで間違って伝わってしまったんじゃろう』
「なるほど…」
その時だった。コンコンと部屋のドアをノックする音がした。
「こんな時間に誰かしら?」
ルビアが立ち上がり、ドアに向かう。
『私はお前らにしか見えんから、安心せぇ』
マリーはそう言って、魔力ドーナッツを頬張り続ける。
ドアを開けると、そこには女生徒が立っていた。リボンの色からして2年生だ。ブロンドのショートヘアーに青くきれいな瞳。眼鏡がよく似合う才女といった感じの生徒だった。
「こんばんは。夜分遅くに失礼します」
「えっと……どちら様ですか?」
「私は、クレア・イエロー・グランドと申します。ルーシッドさんはいらっしゃいますか?」
そう、突然の来訪者は、クレア・イエロー・グランド。
純血の副ギルド長にして、『完全防御』の異名を持つ、黄の純色の魔法使い、クレア・イエロー・グランドだった。
「それで…えっと、私に何の用でしょうか?」
中に通されたクレアはルーシッドと対面する形でテーブルに座っていた。
フェリカは近くのソファに座り、ルビアは少し離れたところで腕を組んで立ち、クレアを検分するように睨んでいた。
「そう警戒しないでください。良くない噂を聞いているかも知れませんが、私はあなた達の敵ではありません。純血がリムピッドさんの特殊な魔力に注目していることは事実ですが、まだ何もする気はないようです。ウィンドギャザーさんの件もあって迂闊に手は出せないのでしょう。今日はお願いがあってきたのです」
「お願い?私にですか?」
「はい、リムピッドさん、折り入って頼みがあります。レイチェルを救ってください。お願いします」
そう言って、クレアは頭を下げた。
「え…レイチェルっていうと、純血のギルド長の、あのレイチェルさんですか?」
「そうです。レイチェル・レッド・フランメルです」
「す、救うってどういうことですか?」
しばしの沈黙の後、クレアは静かに口を開いた。
「……レイは変わってしまいました…昔はあんな人じゃなかったのに…自分たち新しい世代で、純色の魔法使いの間に根強く残る、混色に対する差別意識や特権階級意識を無くしていきたいねって、語り合っていたんです。そんなレイがあたしは大好きでした。
エレメンタル・フォーに選ばれた時も、これで改革に一歩前進だって喜んでいました。私もエレメンタル・フォーに選ばれたら、改革派が半数になって、意見としては却下できなくなるからって、そして賛同者を集めていこうって、自分は先に一人で頑張ってるって言ってたんです…でも……
エレメンタル・フォーに入ってからレイは変わってしまいました……多分、他の保守派の人たちに飲まれてしまったんだと思います。一番若い自分の意見なんて見向きもされない、改革なんて結局無理なんだって、やる気を失い、暗くふさぎ込みがちになってしまいました。今の純血も過激派の暴走状態です。レイは、強い純色の象徴として、過激派のいいように使われているんです。
お願いします。以前のレイを取り戻したいんです、力を貸してください!」
クレアはもう一度頭を下げた。
「言いたいことはわかりました。あなたが嘘を言っているようにも思えません。
ですが…なぜ私に白羽の矢がたったのでしょうか?」
「それは…レイにサシで勝てるのはあなたしかいないと見込んでのことです」
「わ、私に、レイチェル先輩と直接対決をしろと言うことですか?」
「そうです。レイも負けちゃえば、背負わされてるものとか全部なくなって、吹っ切れると思うんです。それに、純色の魔法使い、それもエレメンタル・フォーの一人が無色の魔法使いに負けたとなれば、純色の求心力は急激に落ちるでしょう。そうなれば、純色の影響力も弱まり、保守派の発言力や過激派の行動も抑え込めると思います」
「なるほど…確かに一理あるかもしれません…でも具体的にはどうするんですか?」
「なるべく大勢の前、できれば全校生徒の前でレイと決闘して勝つのが望ましいです。レイとウィンドギャザーさんの決闘をマッチングするので、そこに乱入する形でレイに決闘を挑むというのはどうでしょうか?」
「なるほど…確かにサリーとレイチェル先輩の対決なら人が呼べますね…個人的にはそのまま見てみたい気もしますが…」
「そうです。ウィンドギャザーさんには悪いですが、客寄せパンダになってもらいます」
「でも、そう上手くいきますかね?」
「今日、ゲイリーが負けた件で、純血は焦っています。純色の求心力を取り戻すために、明日から色々なところで決闘を仕掛けていき、強い純色のイメージを取り戻すと言っていました。そのメインイベントとして、レイとウィンドギャザーの決闘をマッチングする方向で動きます。過激派は必ず乗るでしょう」
「ふむ…」
ルーシッドはしばし考え込んでから、ゆっくりと口を開いた。
「一つ確認しておきたいことがあります」
「なんでしょうか?」
「全て私が勝つこと前提の計画ですが…もし私が負けたらどうするんですか?」
「負ける可能性があるんですか?」
「ゼロではないでしょう」
「いえ、あなたは負けませんよ、あなたは明らかにレイより強い。それは入試の戦いを見ればわかります。複雑な気持ちですけどね。個人的には私のレイには無敵でいて欲しい。でも、その強さがレイを締め付けているなら…別に最弱でも構いません。私が好きなのは『赤の純色の魔法使い、完全焼却』ではなく、私のただの幼馴染のレイです」
「…その気持ちはわかりますよ……わかりました。引き受けます」
ルーシッドはサラに対する自分の感情と重ねていた。自分もサラが『SSランク、全色の魔法使い』だから好きなのではない。優しい幼馴染のサラだから好きなのだ。サラが魔法が使えなくても、その気持ちが変わるわけではない。クレアのこの言葉も本心からのものだろう。クレアを信じてみようと思った。
「ありがとうございます」
クレアは頭を深々と下げた。
「頭を上げてください。クレア先輩。それと、サラにはこの計画を伝えるつもりですか?」
「…その点に関しては悩んでいます。ウィンドギャザーさんは生徒会ですので、計画がバレる可能性を考えています」
「サリーなら大丈夫だと思いますよ、口は堅いです。それに事前のすり合わせなしでサリーに決闘を申し込んで、万が一にも断られるという可能性もなくはありません。よろしければ私からそれとなく伝えましょうか?」
「その通りですね、わかりました。あなたを信じます。ウィンドギャザーさんの件は、あなたにお任せします。純血に何か動きがあったらお伝えします」
クレアが立ち上がろうとしたその時、ルーシッドは呼び止めた。
「待ってください。私たちが頻繁に会うのは危険です。警戒されて、計画がバレる可能性があります。ちょっと待っていてください」
そう言うとルーシッドは立ち上がって、自分の荷物をあさって、ルーシッドが普段使っているエアリーのグラムを書き込んだ魔法具より一回り小さい魔法具を取り出した。
「こちらをお持ちください」
「これは…魔法具ですか?見たことのない魔法具ですが…まさかオリジナルですか?」
「はい、その板に指で文字を書き込むと、私が持ってるこの魔法具にその文字が送られるっていう魔法具です」
ルーシッドが魔法具にタッチすると
START UP(起動)
という文字が出て、しばらくすると
上の一行に
MAIL(メール)
という文字が浮かぶ。
それを指で押すと
TO LUCID(ルーシッド宛)
TEXT(本文)
SENDING(送信)
という文字が浮かんだ。
「このTEXTというところを押してから、指で伝えたい内容を書き込んでください。
書き終わったら、SENDINGを押せば、私に届きますので」
ルーシッドが実際に試して見せると、確かにその通りになった。
「これは…とんでもない魔法具ですね…」
クレアは手に取ってごくりと唾を飲み込んだ。
クレアが驚くのも無理はない。意外に思えるかも知れないが、魔法界には電話やEメールなどにあたる通信手段は発達していない。遠くの人と連絡を取りたい場合には手紙を届けてもらうという、非常に原始的な方法を使うしかないのだ。
仮にこのルーシッドの魔法具が世に出回ることになれば、それはこの世界に革命を起こすことになるだろう。
「その魔法具の事は秘密にしてくださいね。まだ試作段階ですし、知られると色々面倒なので。一応、それをお貸しするのは、あなたへの信頼の証です」
「ありがとう。信頼には答えるわ」
「ルーシィ…あの人の話信じるの?」
クレアが帰った後で、フェリカが尋ねた。
「まぁ、嘘をついているようには思えなかったし、とりあえずは話に乗っかってみるよ」
「罠かも知れないわよ」
ルビアはあまり乗り気ではないようだ。
『まぁ、虎穴に入らずんば虎子を得ず、と言うじゃろ。聞いていたところ、その純血というやつらが、面倒ごとを起こしとるんじゃろ?今のところ、それを止める手段が他に思い当たらんのなら、やつの話に乗っかるしかないじゃろ』
マリーはドーナッツを食べ終えて、フェリカと同じソファに座って休んでいたが、話はしっかりと聞いていたようだ。
『私も同感です。クレアさんの様子を観察していましたが、恐らくレイチェルに関する話は本当でしょう。それに、ルーシィが負けるはずありませんし、罠だとしても問題ありません。正面から叩き潰しましょう』
「エアリーってたまに過激なこと言うよね…」
ルーシッドは少し苦笑いした。
『なっ、なんじゃ!?どこからか声が聞こえるぞ?私以外にも妖精がおるのか?』
急にどこからともなく声がしたので、マリーは驚いて辺りを見回した。
『この魔法具から話しています。どうも、自己紹介が遅れました。私はエアリーです。妖精ではありませんよ。ルーシィに作られた人工知能です』
『こ、これは……ふむ……いや、これにはすでに人格化しておる、生命が宿っておるな…』
「え、そんなことってあるんですか?」
『私に聞かれてもわからん…こんな存在は見たことがない…これをお前が作ったというのか?お前…何者じゃ?』
「んー…何者って言われても…」
『…そういえばおかしいの…お前からは何の匂いもせん……お前、魔法使いではないのか?』
「あ、やっぱり、妖精からしても、匂いしないんですね。私、魔力に色が無いんですよ、匂いも味もしないから、妖精を使役出来ないんですよ」
『魔力に色が無い?……ふむ…なるほど、そういうことか……』
マリーは目を細め、ルーシッドを値踏みするようにじっくりと見た。
「…?どうかしましたか?」
『いや…何でもない…実に興味深い存在じゃな』
「?」
マリーは思うことがあったが、今は言わないでおこうと思った。
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