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第2章 ギルド体験週間編―初日
ギルド体験週間初日⑥ 飛行魔法
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「ゲイリーがフルミネに決闘を挑んで負けました。なお、ゲイリーとオルガの2名がサーヴェイラに身柄を拘束され、事情聴取を受けた模様です」
「ゲイリーめ…やつは少し自信過剰なところがあるからな…しかし、あのゲイリーがそう簡単に負けるとは…さすがはフルミネ…やはり強いな…」
「しかも言いにくいのですが…」
「なんだ?」
「話によると、フルミネは魔法を使わずに勝ったそうです」
「なっ…それはまずい…純色の強さに疑いが差し挟まれるようなことになれば、純色の権威の失墜につながりかねない…ゲイリーめ、やってくれたな……かくなる上は……」
その日は、魔法剣術ギルドに純血が乱入した件もあり、他のギルドを見て回る時間はなく放課後となった。
ルーシッドたちは学生寮近くにある広場に集まっていた。ルーシッドの考案した新しい飛行魔法の実験を行うためだ。
「ゲイリーの意識は戻りましたか?」
ルーシッドはフランチェスカに尋ねた。
「えぇ、少し話もできたわ。今回の件、純血は関与していないそうよ。完全にゲイリーとオルガの単独行動みたい」
「はぁ…嫌な予感がするわ…1年生もたくさんいる前で純色の魔法使い、しかも『契約者』が負けてしまったとなれば、純色の魔法使いも大したことない、みたいな噂が広まってもおかしくないわ。だとすれば、純血も黙ってはいないでしょう。純色の魔法使いの強さを誇示するような、何かしらの大きな行動に出る可能性もあるわ。
まったく…ライカが魔法を使わないで勝ってしまうものだから余計にややこしいことになったわね」
「うぅ…すまない…そこまで考えていなかった…」
サラにそう言われて、ライカはしゅんとする。
「せめて純色の魔法使い同士の普通の決闘だったら良かったのに…。それなら例えあなたが勝っても、純血だって目くじら立てなかったかも知れないわ。あなたなら魔法を使っても普通に勝てたでしょう?
何でまた、魔法を使わないで戦うなんていう、相手の機嫌を逆なでするようなことしたのかしら?」
「その…魔法剣術ギルドのギルド長が、魔法を使えないからという理由で、ルーシィの入団を拒否するような態度をとったものだから、腹が立ってしまって…タイミングよくやつらが来たもので…まぁ八つ当たりのような感じで…」
「そう、それなら仕方ないわね」
ルーシッドが原因と聞いて、途端に手のひら返しの態度をとるサラ。サラはルーシッドのことになると、ものすごく甘くなるのだ。
「まぁ、そんなに気にすることはないですよ、ライカ。いえ、むしろこれはチャンスです。今まで目立った行動をとらなかったので手が出せませんでしたが、今回のギルド体験週間で何かしらの行動は起こしてくるだろうと思ってはいました。あなたがゲイリーを倒したおかげで、やつらは動かざるおえなくなった。これを機に、純血の上層部を叩けるかも知れません」
「まぁ、それもそうね」
フランチェスカはライカを慰め、サラもそれに同意する。
「そういえば純血のギルド長って誰なの?」
「『完全焼却』の異名を持つ、レイチェル・レッド・フランメルという魔法使いよ。史上最年少でエレメンタル・フォーに選ばれ、赤の魔法使い歴代最強と言われているわ」
「副ギルド長はレイチェルの幼馴染で、クレア・イエロー・グランド。今はまだ違いますが、次期エレメンタル・フォーは確実と言われています。『完全防御』の異名で知られています。クレアの鉄壁の防御に隠れて、レイチェルが超火力の魔法で敵を殲滅する。この2人だけで、一国の軍隊に相当すると言われるほどの戦力です」
「へぇ、なんだかとんでもない人たちだね」
「あまり驚かないんですね?」
ルーシッドがさらっとした反応だったので、フランチェスカは少し肩透かしにあった感じがした。
「まぁ、身近でもっととんでもない人を見てきましたからね」
そう言って、サラの方を見る。
「いや、それはお互い様よ、ルーシィ」
サリーは思わず突っ込んだ。
「相手がどんなに強くても、あなたと戦うことを考えたら、ましに思えるわ。でも、私の場合は『契約召喚』ができないから、もし仮に戦うとなった場合には、やつらに勝機があるとしたらそこかしら。詠唱スピードだけはどんな短縮しても覆せないわ」
「あ、サリー先輩は『契約召喚』できないんですね?てっきり全種類の妖精と契約できるのかと思っていました」
ルビアは意外そうな反応を示す。
「私の場合は『万能型』だから。簡単に言ってしまえば、どの妖精にも嫌われない味なのであって、ものすごく好まれる味というわけではないのよ。純色は正に『特化型』だからね」
「まぁ、その話はそれくらいにして!早く飛行魔法の実験しませんか!?」
フランチェスカが待ちきれずにそう言った。
「さて、実際に魔法を試してみる前に確認なんですが、みなさん『造形魔法』と『操作魔法』に関しては知ってますよね?この飛行魔法には必須の技術なので」
「うぇ~、あたしそういうの苦手…」
「右に同じー、てか、毒の魔法だとどっちもあんまし使わないし」
フェリカとベルベッドはそう答えた。
「造形魔法は魔法で生み出した物質の形を変える魔法の総称で、操作魔法は物質を操作する魔法の総称よね?」
「まぁだいたいあってる。操作魔法ってのは、厳密には『終了条件を提示しない詠唱』と『追加詠唱』を組み合わせた魔法のことだね」
「な…なんだって?どっちも聞いたことないよ」
ライカは目を丸くした。
「まだ学校では勉強してないけど、技術的にはライカも使ってるわよ。だから感覚だけで魔法を使うなとあれほど言っているのに…」
「操作魔法に関しては今年勉強するわね。この前渡されたテキストに載ってたわよ。あなた、まだ目を通してないの?」
「とっ、突然のダメ出し!?」
フランチェスカとサラはペーパーテストでも常に学年1、2位だが、ライカは勉強の方はあんまりなようだ。
「肉体強化系魔法とかって、詠唱終了した後も効果が継続しますよね?それが終了条件を提示しない詠唱です。このタイプの魔法の場合、基本的には魔法を使用している間はずっと魔力を消費します。その人が終了させるか、魔力が切れるまで効果は継続されます。
大抵の攻撃魔法とかだと、詠唱文自体に終了条件が提示されています。『敵を打て』とか『形を変えよ』とか言う詠唱ですね。それが満たされた時点でその魔法の効果は切れます。
そして、この終了条件を提示しない詠唱中に追加の詠唱を行うことによって、魔法の効果を変化させる技術が追加詠唱です。
肉体強化系魔法は、終了条件を提示しない詠唱のみか、場合によっては追加詠唱を使用する場合もありますが、この操作魔法と造形魔法の両方を組み合わせた魔法があります。今回私が考えた飛行魔法もそれにあたります。
両方使用する魔法の例だと、中距離戦用魔法『マジックアーチェリー』とか、ルビィが使う火系統飛行魔法『炎の翼』とか、フラニー先輩の泥の魔法『クリエイトゴーレム』とかがありますね。
ちなみに私が使う魔術もこの造形魔法と操作魔法の応用です」
「すご…てか、ルーシィってホントに1年生?絶対あたしらより魔法詳しいじゃん。てか、下手したら先生より詳しいんじゃね?」
ベルベットはルーシッドの魔法に関する知識量に驚いた。
「いやー…私の場合はみんなが魔法実技の練習に充てる時間をひたすら勉強と研究に充ててただけなんで…」
「それだけじゃないと思いますよ。ルーシィの場合は、私たちが学んだことをただ使っているだけなのに対して、なぜそうなるのかという理論を考えている気がします。そういう発想ができるから、新魔法も考えられるんだと思います」
ルーシッドが謙遜するのに対して、フランチェスカは賛辞を述べた。
「ははは、ありがとうございます。じゃあまぁ、操作魔法に関してはそんな感じで。後は、造形魔法ですが、造形に必要なのは、想像力を働かせることと、『グラム』をしっかり構築することですが、大丈夫ですか?」
「すまない…グラムってのは何だろう…?」
「グラムはそのものが機能するための構造の事です。この世の全てのものは、目に見えるものも見えないものも含めてこのグラムを持っています。詠唱文もグラムの一種です。正しくグラム、つまり文法やリズムを構築しないと機能しません。だから古い文献に載っているものでも、このグラムが正確にわからないものは使えないわけです。
魔法具もこのグラムによって機能します。魔法具は詠唱文を『魔法回路』と『自動演奏装置』という特殊な方法で道具に組み込むことによって、詠唱しなくても魔法が発動できるようにしたものです。魔法具をつくる際にも、全てのグラムが正しくないと正常に機能しません。例えば、火を出す魔法具だとしても、どこから火が出るかなどの構造をちゃんと考えて設計しないと、変なところから火が吹き出して火傷したりしてしまいます。その辺は実際の造形魔法の時と同じということです。魔法具はその都度造形をしなくて良いように、事前に造形を済ませてあるわけです」
「へぇ…魔法具ってそういう仕組みなんだ~、ルーシィはホント何でも知ってるね?」
「オリジナルの魔法具作るの趣味だからね」
フェリカに対してのルーシッドの返しを聞いて、フランチェスカは素朴な疑問をサラに投げかけた。
「…魔法具って趣味で作れるようなものなのかしら…?」
「普通は無理ね。しかもルーシッドの魔法具は到底趣味のレベルではないわ…まぁ、魔法具についてはまたの機会にしましょう」
「そうよね…なんか1つ1つ突っ込んでくとキリがないわね、ルーシィの場合…」
そんな話をされているとは知らずにルーシッドは話を続ける。
「えっと…多分ですが、さっきライカ先輩が使ってたアウラの技術もこのグラムを使用しているんじゃありませんか?推測ですが、体のグラムにアウラの力を流すことによって強化したり、体から武器のグラムにアウラを流すことで武器の強度や切れ味を上げているんではないかと…」
少し考え込むようにしていたライカは口を開いた。
「もしかしてグラムとは『式』のことかい?」
「あぁ、そうです。構造式、魔法式、そういった『式』のことです」
「それならわかる。そうだ、その通りだ。体や武器に存在するアウラが流れる回路を把握して、そこにアウラを流すんだ」
「えぇ、で、造形したものを動かす、つまり操作するためには、この式を正しく構築する必要があります。アウラの力と同じで、造形魔法の式は、妖精によって力を流すための回路のようなものです。動かす必要がないのであれば、式の構築は要らないので、難易度は格段に下がります。
例えば、同じ土の魔法でもただの防御用の壁を作るのと、ゴーレムを作るのではわけが違います。ゴーレムは正しく式の構築をしないと、どんなに操作しても、力が正しく流れないので正常には動いてくれません」
「へぇ~、じゃあフラニーってかなりすごかったり?」
ベルベットがフランチェスカに対してそう言うと、フランチェスカはそうでもない、と謙遜する。
「必要に応じて式の構築を変えるから、いつもそこまで細かい構築をしているわけではないわよ。攻撃に使うだけなら、指とか顔とかの細かい部分までは考えなくていいし。移動に使うなら、脚だけちゃんと作れば問題ないし」
「いえ、逆に、いつも同じにするんじゃなくて、状況に応じて臨機応変に式の構築を変える方がすごいと思いますよ」
「そ、そう?ありがとう」
ルーシッドの誉め言葉をフランチェスカは素直に受け取った。
「ではでは、いよいよ本題です。飛行魔法を実現するために必要なのは何なのか、簡単に言ってしまえば、『飛ぶためには何の力が必要か』ということです。実際に飛行魔法を使ってるルビィはわかる?」
ルビアは少し考え込んだが、首を横に振った。
「力…といっても翼で羽ばたいているから飛べるとしか…炎の翼を練習した時には、鳥をよく観察して、鳥の翼をイメージして造形して、あとは鳥が羽ばたいてるのをイメージしながら何度も練習したらできるようになったわ。だから、何の力って言われちゃうと、よくわからないわ」
「うん、炎の翼の練習方法としては間違ってないよ。でも、炎の翼でなぜ飛べるかを考えてみると、具体的には2つの力を使っているんだよ、実は。
それは『揚力』と『推進力』。つまり物体を上に持ち上げる力と、物体を前に進ませる力だよ。鳥は羽ばたくことでこの2つの力を得ているんだよ。
ただ持ち上げるだけなら『浮揚魔法』、地面でただ前に進ませれば『移動魔法』になるね。
炎の翼はそれを組み合わせたものだね。逆に言えば、使いこなせば3つの魔法が使えちゃう、すごく便利な魔法だよね~」
「え、ちょっ、ちょっと待って!炎の翼で空中でその場にとどまったり、飛ばずに地上を速く動いたりなんて無理よ。やってる人を見たこともないわ。私も空中にとどまるなんて無理よ。羽ばたいたら動いちゃうから、旋回したり、上下に動いたりしちゃうわ」
「それはイメージと造形が悪いからだよ。鳥だって、その場にとどまったり、地上をダッシュしたりできないでしょ?鳥をイメージするからできないんだよ。単純に飛んだり、ホバリングしたり、速く動いたりするにはどうすればいいのかを考えればいいんだよ」
「鳥をイメージするなって…さらっと今までの常識を覆すようなこと言わないでよ…そんな発想、普通だれもしないわよ」
ルビアはあきれたように頭を抱えてため息をつく。
「あー、ちなみにだけど、揚力と推進力は羽ばたかなくても得られるんだよ。だから、炎の翼は翼の形をちゃんと造形すれば、あとは魔力を出すだけで、びゅーんって飛べるんだよ」
「う、うそぉ!?そんなの初めて聞いたわ!戦いながら翼を動かすのってすごい集中力が必要で大変だったのよ。今度造形のやり方をちゃんと教えて!」
「なんか今さらっと言い過ぎて、流しちゃいそうだったけど…炎の翼は羽ばたかなくても飛べる…なんて歴史的な発見なんじゃないかしら?」
フランチェスカがサラに尋ねると、サラは頷いた。
「えぇ…下手したらそれはもはや炎の翼ではない、新種の魔法ということになるかも知れないわ。そもそもさっき言ってた、浮揚魔法と移動魔法だって別個の魔法よ?」
それを聞いてベルベットは、びっくりして言った。
「え、てことは、今この瞬間に新しい魔法が3つ完成しちゃったってこと?」
「そうなるわね…しかも新しい飛行魔法と合わせれば5つ…」
「ほんと…規格外の存在すぎて、どこから突っ込んだらいいのかわかりませんね…」
サラ達は驚きを通り越して、あきれたように笑った。
「じゃあ『水の飛行魔法』から試してみましょう。まず私が魔術で現象だけを再現してみますね。じゃあ、エアリー、やってみようか」
『了解しました』
ルーシィがポケットから取り出した魔法具に喋りかけるとエアリーは待ってましたと言わんばかりに返事をした。
「うぇ!?しゃっ、喋ったぁ!?何それ、どうなってんの!?入試の時に何か魔法の発動に使ってるなと思ったけど、え、何?誰かそこにいるの?」
フェリカはあまりのことにややパニックになっていた。他のメンバーも、サラ以外は同様に困惑しているようだった。
「あぁ、これ?あれ、まだ紹介してなかったっけ?」
『まだですよ、ルーシィ。ちなみにみなさんのことは知っていますよ。お昼休みの自己紹介を聞いていましたので』
「ハイ、エアリー、久しぶりね。元気してた?」
『サリー、久しぶり。はい、元気です。お昼休みに愛称で呼ぶようにと言っていたので、私も呼んでみましたが…』
「ばっちりよ」
「ごめんごめん、じゃあ、エアリー自己紹介してくれる?」
『みなさん、はじめまして。私はエアリー。ルーシィによって作られた人工知能です。魔術を実行する際の、標準補正やモデリングなどの細かい調整の補助をしています』
「人工知能だって…?
そっ…そんなことが可能なのか…?」
「まぁ、この魔法具は、さっき言ってた式の構築で人間の脳を疑似的に再現してるんですよ。そこに無色の魔力を流して、動力源および情報伝達の媒体として使い、あとは得た情報を式に置き換えて記憶します。
視覚や聴覚に関しては私の目や耳と同期させてますし、発声能力に関しても無色の魔力を振動させることによって、人間の声帯を再現して…」
「…何を言っているのかさっぱりわからない…」
「大丈夫、私もいまだにわからないから」
サラはどこか遠い目をして答えた。以前にルーシッドからエアリーを紹介され、原理を説明されたが、あまりの難解さに理解することをあきらめたのだ。
『みなさん、私のせいで話が脱線してしまい申し訳ありません。さぁ、飛行魔法の実験を始めましょう』
「すっ、すごい…気を遣ってる…本当に人間みたいな対応だ…」
「じゃあ、エアリー、この前書き込んだ飛行術式を展開してくれる?」
『了解しました』
エアリーがそう言うと、ルーシッドの足元に魔法陣が展開された。すると、空の上からルーシッドの頭上に大量の水が集まりだした。
「まずは水を集めます。そして、これを造形します。エアリー、お願い」
すると、頭上の水が大きな翼のような形となり、ルーシッドの背中から左右に伸びた。
「翼を作るのは炎の翼と同じです。これで揚力を得ます。魔法名は炎の翼にちなんで『水の翼』なんてどうですかね?推進力はこの水を後ろに噴射することで得ます」
「なるほど…翼の部分は生成した水を造形をすればできそうですね。水の噴射に関しては、攻撃用魔法を応用すれば行ける気がします。しかし、翼の水を噴射していくのでは、翼がなくなってしまうのでは?その水をまた魔法で補給するとなると、魔力がいくらあっても足りません…」
「噴射した水が回収されて翼に戻るという循環を繰り返す術式を組み込んであります。これで水を補給する必要はありません。魔法的にも『水を循環させる』という一つの魔法で済むので、魔力は少なくて済みますよ。
魔法で再現する場合には、水属性の高位妖精『アクエリアス』で、水を生成、翼を造形、同じく高位妖精の『カリュブディス』で、水を噴射・回収して循環させるような詠唱文を考えています」
「なるほど…カリュブディス…渦潮を引き起こす妖精ね…水上戦でのトラップなどに使われるけど、水を飲み込んで吐き出すという効果をそんな風に使うなんて考えもつかなかったわ」
「そうね。それに、同属性の妖精を2人使用して1つの魔法を作り出すなんて考えたこともなかったわ。別々の属性の妖精を同時に使役するのは普通に行われているけど。普通は同じ属性の魔法なら、1人の妖精で行おうと考えそうなものだけど。でも確かにこうすることで、それぞれの魔法で行う作業が簡略化されるから、精神的負担はほとんどかからないわ。実質魔法を発動させてしまえば、あとはほとんど考える必要はない。特に『水を循環させる魔法』、これを自分のイメージだけで行おうとするとかなり大変で飛ぶどころじゃなくなってしまうと思うわ。
この飛行魔法は、実際には2つの別個の魔法、1つは生成した水の造形魔法、もう1つはその水を操作する操作魔法。どちらも普通に行われている魔法だわ。その2つの魔法をただ同時に使用しているだけ。でも2つを同時に使用することで疑似的に1つの魔法、『水の飛行魔法』として成立させているんだわ。なんて斬新な発想なのかしら…」
フランチェスカとサラはルーシッドが考えた魔法を分析して、そのすごさを実感した。それは既存の魔法を組み合わせただけ。だが、誰もそれを組み合わせようという発想に至らなかったのだ。ルーシッドならではの発想の転換である。
「そ、それに、発想だけでなく、その飛行魔法の詠唱文ができているのよね?」
フランチェスカは驚愕の表情を浮かべて尋ねる。
「はい。私は実際に魔法を使うことはできないので、まだ試していませんが、文法とリズムは合っていると思いますよ。この魔法は使う魔力量も多いので、魔法石では試せませんから」
ルーシッドは色のついた魔力は持っていないので、魔法の改良を行ったり、自分の考えた詠唱文が正しく作用するのかを確かめるためには魔法石を使用する。しかし、魔法石はそこまで多くの魔力を蓄積できるわけではない。一般に広く使用されている魔法石は最大でも中位魔法を発動できる程度のものである。高位魔法を発動できるほどの魔法石となると、高価で個人で所有できるようなものではないし、大きさもかなりのものとなる。
「あの、聞かせてもらってもいい?」
「いいですよ」
"oPen the fiAry GATE.
(開け、妖精界の門)
in-g,rE,DIeNT = B-Lue.
(食材は青色の魔力)
re:ciPE= jeLLy.
(調理法は柔らかい水菓子)
1 OF the ZODIAC, AQUARIUS.
(黄道十二宮が一つ、みずがめ座のアクエリアスよ)
pLEAse GivE Me UR EterNAL WaTer OuT of your PoT."
(我に汝のその瓶から無限に流る水を分け与えたまえ)
「ここまでが前半部分、つまり翼を作るための水を生成して、翼の形に造形する部分です。終了条件を提示しない詠唱なので、追加詠唱によって翼の形状を変化させることで、空中における旋回動作などを行えます」
「綺麗な旋律…」
「うん、ルーシィが詠唱してるのって初めて聞いた。すごい綺麗」
「そう?ありがとう。まぁ詠唱しても何も起こらないけどね」
ルーシッドは褒められて、きまりが悪そうに笑った。
ルビアとキリエはうっとりとしてルーシッドの詠唱を聞いていた。上手い詠唱とは、つまり歌と同じなのである。
詠唱の上手さとは、いかに流れるように歌うように詠唱できるかということである。
例え文章が正確だとしても、途中で詰まったり、ぎこちなかったり、アクセントの付け方や区切り方、リズムの取り方などが適切でなければ妖精は答えてくれない。
詠唱とはかなり繊細な技術と言える。
「なんか思っていたよりも単純な詠唱文なんだねー?」
ベルベットが意外そうに尋ねた。
「おかしい…単純すぎるわ…というかそもそも、最後の節に、どういう風に造形するかの文言が無いけど…」
通常の造形魔法の場合、当然ではあるが詠唱文に『どういう形にするか』という一節が入る。しかし、ルーシッドが作ったという詠唱文にはそれが無かった。
「あー、造形魔法ってのは、『魔法』と言っていますが、厳密には魔法ではないです。魔法によって作り出した物質を自分のイメージ通りの形に変える技術の事です。なので、頭の中でイメージできるのであれば詠唱する必要はないんですよ。詠唱文ってのは妖精に語りかけるものですから。造形したり操作したりするのは妖精ではなく、あくまで私たちなので。もちろん、頭の中だけでイメージするのには練習が必要ですけどね。声に出すことでイメージしやすくする働きもありますから。サリーには昔から教えて練習させてるけどね」
「そうか…だからサリーは人よりも圧倒的に詠唱速度が速いのね…おかしいと思ってたのよ…」
「まぁね。私も昔ルーシィから聞いた時はそんな事できるわけないって思ったけど、繰り返し練習してイメージを確固たるものにすれば大丈夫よ。でもルーシィ、もっと短縮できるでしょう?」
サラはいじわるくにやりと笑った。
そう言うと、皆がルーシッドの方を見たので、ルーシッドは目を丸くして頭をかいた。
「あー、うん。1節目の『開け、妖精界の門』これは絶対に削れない。でも実は2、3節目の『魔力の色とお菓子』の部分は唱えなくてもイメージすれば発動できるよ。一応今は、お菓子をイメージしやすいように言ったけど、慣れたら短縮できるよ。これも造形魔法と同じ原理だね。こっちもサリーには練習させてるけど」
「え、でもそれ言わないと、適する妖精が見つからないんじゃないの?」
魔法詠唱の意図は『妖精とのリンクを形成し、発動させたい魔法に適した妖精に呼びかけその力を借りること』である。なので、魔力の色やお菓子の名前を言わないと妖精が答えない。これが一般的に考えられている魔法の作動原理だった。
「いや、本当は違うんだよ。だって、4節目で妖精に直接呼びかけてるでしょ?4節目さえちゃんと詠唱して、あとはその妖精に合った魔力のお菓子さえ準備できてれば、魔法は発動できるんだよ。だって、魔法具で魔法を発動する時も魔力の色やお菓子を詠唱しないでしょ?あれと同じだよ。あれも頭でイメージしているからできるんだよ」
「そ、そうだったのね…魔法具は何か特別な魔法回路が組まれているから可能なんだと思ってたわ…」
「魔法回路は、妖精界とのリンク形成の役割を果たしているに過ぎません。演奏装置も、特定の妖精に対する指示であって、お菓子の形成とは無関係です。実は、魔力でお菓子を作っているのは、各魔法使いのイメージ、つまり造形魔法なんですよ。
魔法具は誰しもが知っているのような低位魔法がほとんどで、それこそ無意識に近いレベルで作れるくらい簡単なお菓子なので考えたことが無かったんでしょうね。
昔、『結晶の指輪』がまだ無い頃、自力で見えない魔力を一点に集中し、お菓子を作るためには、詠唱する方がやりやすかったんだと思います。でも、『結晶の指輪』があれば魔力を結晶化すること自体にはほとんど集中力が要りません。あとは作り上げたいお菓子をイメージするだけですよ。よく詠唱に必要なお菓子がどんなものかイメージするために実際にそのお菓子を作ってみたりしますよね?だから、もうそれがどんなお菓子でどんな風にできるのか知っている魔法使いなら頭の中でイメージするだけで、魔力をお菓子に結晶化できると思いますよ。実際、魔法具使う時にはできているわけですから」
「そうだとわかればできる気はするけど、普通そんなことやろうなんて思わないわよ」
ルビアがため息をついた。
「で、後半部分が…
"SpirIT OF whiRL-PooL, CHARYBDIS
(渦潮の精霊、カリュブディスよ)
guLP!, VOmit!, circlATE waTER BY UR powER."
(飲み込め、吐き出せ、汝の力を持って水を循環させよ)
ですね。こちらも終了条件を提示しない詠唱なので、自分の意思で魔法を終了させるか、魔力が切れるまではずっと水が循環して動力源となります。追加詠唱で水の吹き出す威力を調整すれば速度を変えられます」
「あれ…『魔法名』を言ってないけど?」
キリエがふと気づいてそう尋ねる。
「魔法名も言わなくても発動できるよ。魔法名もどんな魔法の効果かをイメージしやすいように付けられてるものだから、自分で完成形をイメージできてるなら言う必要はないよ」
「なんか…今までの魔法詠唱の常識が一気に覆された気分だわ…」
フランチェスカはため息をついた。
「ルーシィとこれから先も付き合っていく気なら、今まで魔法の常識と考えてきたものが全て非常識になるくらいの覚悟は持っておいた方がいいわよ。それだけこの子の存在は異質だから」
サラはフランチェスカに笑いかけた。サラもそうだった。
ルーシッドと出会い、その魔法研究の才能と努力に惚れ込み、家族を説得してウィンドギャザー家に迎え入れた。そこからルーシッドと共に過ごしながら、ルーシッドから魔法を教えてもらった日々は毎日驚きの連続だった。今までウィンドギャザー家に来ていた魔法の家庭教師の知識や練習法が、あまりに幼稚でかすんで見えるくらいの、途方もない魔法の知識量と、今までの常識を全て覆すような魔法理論。その全てを自分より年下の10歳にも満たないこの少女が持っているのだ。一体どれだけの時間を研究に当てればこれほどの知識を得れるというのだろう。いや、時間があればどうにかなるという物ではない。時間だったら、魔法研究機関の研究員や賢人たちだってかけているはずだ。
この子は魔法を使えないゆえに、魔法の常識にとらわれない。魔法に頼り切っている私たち魔法使い、今まで魔法使いが積み上げてきた魔法の常識を信じて疑わない私たちとは、そもそも見ている世界が違うのだ。この子の発想は全く常識にとらわれない。いや、自分という普通ではあり得ない存在が存在しているというその事実があるからこそ、この世の常識全てを疑っているのだろう。そもそもの研究のスタートラインの段階で私たち魔法使いとは違うのだ。
いずれこの子はこの魔法界の全てを改革するだろう。いわばこの子は革命家だ。この魔法界の今までの常識は全て覆り、ルーシッドの理論が常識となるだろう。
だが、今はまだその時ではない。今この子が自分の理論を世に出したとしても、今魔法界で力を持っている存在たちに、ただの非常識だと言われ消されてしまうだろう。それだけはあってはいけない。その時が来るまで、ウィンドギャザー家が、そして私がしっかりとルーシッドを守ってやらなければ。この子に会えて本当に良かった。この子を救うことができて本当に良かった。
これこそが私に与えられた使命に違いない。
もしかして私が『全色の魔力』を持って生まれたのもこのためなのかも知れない。
サラはそう思ったのだった。
「じゃあ、実際に飛んでみますね。どんな風か見てもらった方がイメージしやすいと思うので。
お待たせ、エアリー、噴射」
『了解』
そう言うと、翼の後方から水が勢いよく吹き出し、ルーシッドは地面を滑り出し、徐々に空に飛び立っていった。
「すごい…ホントに水で飛んでいる…」
「上手くいったね、エアリー」
『はい、相変わらず完璧な術式です。水の循環術式も正常に動作しています』
「じゃあ、右旋回」
そう言うと、翼の形がやや変化し、右に旋回する。事前に構築してある術式をエアリーが実行しているのだ。魔法で言うところの追加詠唱だ。
「こういう細かい動作は、エアリーの補助があると助かるなぁ」
『お役に立ててなによりです』
「でも、実際に魔法でやるってなるとちょっと大変かなぁ?」
『まぁ…そこは練習すれば多分…不可能ではないはずです』
ルーシッドが地面に降り立つと拍手喝采が起こった。
「どうもどうも。まぁこんな感じになるはずです。じゃあ次は『土の飛行魔法』をやってみますね。こっちはもっとシンプルですよ。ただ土を造形して、あとは操作してやればできます。
エアリー
術式:大地の翼
術式展開」
ルーシッドがそう言うと、今度は地面からどんどん土が吸い上げられ、ルーシッドの背中に大きな翼を作る。しかし先ほどと違う点が一つあった。
「それは…車輪……?」
「いえ、これは風を起こすための羽です。これを回転させると、前から後ろに風が流れるんですよ。これを推進力にします。ほら」
ルーシッドがプロペラをくるくる回すと後ろに風が吹いた。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。風の魔法を使ってないのに、風が起こせるのか?どういうことだ?」
「うーん、風ってのは空気の流れですからね?空気の流れを作れれば風の魔法を使わなくても風は起こせますよ。ふーって息を吹いたり、パタパタ手で仰いだりしても風が起こるじゃないですか?『風の魔法』ってのは、それを妖精にやってもらってるだけのことですよ」
「た、確かに…今まで考えもしなかった…」
「えぇ、ルーシッドは『風とは何か』を考えている。魔法に頼り切っている私たちでは絶対に考えつかないわ」
ルーシッドは土の翼で空を飛んで、見事に着地した。
「まさか本当に水属性や土属性で飛べるなんて…」
「逆に水属性や土属性の方が飛行には向いてるかも知れませんね。
火とか風って物質じゃなくて『現象』じゃないですか。だから、火の魔法や風の魔法で飛び続けるには、飛んでいる間ずっと生成し続けないといけないんですよね。火を出し続けたり、風を起こし続けたり。だから魔法的には『生成』したものを常に『造形』して『操作』するっていう、3つを同時に行わないといけないんですよね。かなり非効率な魔法ですよね。
その点、土とか水は『物質』じゃないですか。なので一度生成したらそこに残るんですよ。あとはそれを造形して操作するだけ。造形は一度すれば、あとは旋回したりする時の微調整だけで済むので、基本的には『操作』だけで済みます。魔力効率はこっちの方が断然いいんです。火の飛行魔法とか風の飛行魔法よりもかなり長時間飛べると思いますよ」
「確かに…炎の翼だと30分くらいが限界だわ。他の魔法と合わせれば20分くらいしか持たないし」
「まぁ、炎の翼で30分飛べるルビィもかなりすごいけどね。でも、大地の翼は機動性にはすぐれてないよ。一番長時間飛べるのは大地の翼だけどね。ルビィの場合は戦闘では炎の翼、長距離移動には大地の翼と使い分けるといいと思うよ」
「なるほど、そうするわ」
その後、ルーシッドが考えた詠唱文を試してみたが問題なく魔法は発動した。ルビアやサラはすでに飛行魔法を使っていることもあり、比較的スムーズに行うことができた。
しかし、フランチェスカは、今まで飛んだことがなかったためか、うまく翼イメージができず造形が不十分で、その日は上手く飛ぶことはできなかった。
だが、造形や操作のセンスは悪くないので、練習すれば飛べるようになるだろう。本人も「コツはつかんだので後は練習あるのみ。後で練習に付き合ってね」と楽しそうに言っていた。
日も沈んできたので、その日はそれで解散となった。
「あっ、やばい。荷物のことすっかり忘れてた。もう部屋に運ばれてるんだよね?」
今日からルーシッドたちも学生寮で暮らすことになる。パーティーは同室で暮らすことになり、パーティーの申請をしたものから部屋割りが決定されていく。通常は初日にパーティーが決まることはあまりなく、それまでは仮の部屋が割り振られることになるが、ルーシッドたちは午前中にすでにパーティーが決定していたので、お昼には部屋番号が通知されていた。
「そうね。少しは荷ほどきしないと。でもまずはお風呂に入りたいわ…」
「3人で一緒に入るー?」
「2人はスタイル良いからいいだろうけど、あたしは全然だから嫌だ…」
ルーシッドが自分の胸を触りながらそう言うと、フェリカはにんまりと笑う。
「小ぶりなのもそれはそれで良いものだよ、どれ、お姉さんに見せてご覧?」
「ひぃっ!?」
「リカ…やめなさい、おやじくさいわよ…」
「ゲイリーめ…やつは少し自信過剰なところがあるからな…しかし、あのゲイリーがそう簡単に負けるとは…さすがはフルミネ…やはり強いな…」
「しかも言いにくいのですが…」
「なんだ?」
「話によると、フルミネは魔法を使わずに勝ったそうです」
「なっ…それはまずい…純色の強さに疑いが差し挟まれるようなことになれば、純色の権威の失墜につながりかねない…ゲイリーめ、やってくれたな……かくなる上は……」
その日は、魔法剣術ギルドに純血が乱入した件もあり、他のギルドを見て回る時間はなく放課後となった。
ルーシッドたちは学生寮近くにある広場に集まっていた。ルーシッドの考案した新しい飛行魔法の実験を行うためだ。
「ゲイリーの意識は戻りましたか?」
ルーシッドはフランチェスカに尋ねた。
「えぇ、少し話もできたわ。今回の件、純血は関与していないそうよ。完全にゲイリーとオルガの単独行動みたい」
「はぁ…嫌な予感がするわ…1年生もたくさんいる前で純色の魔法使い、しかも『契約者』が負けてしまったとなれば、純色の魔法使いも大したことない、みたいな噂が広まってもおかしくないわ。だとすれば、純血も黙ってはいないでしょう。純色の魔法使いの強さを誇示するような、何かしらの大きな行動に出る可能性もあるわ。
まったく…ライカが魔法を使わないで勝ってしまうものだから余計にややこしいことになったわね」
「うぅ…すまない…そこまで考えていなかった…」
サラにそう言われて、ライカはしゅんとする。
「せめて純色の魔法使い同士の普通の決闘だったら良かったのに…。それなら例えあなたが勝っても、純血だって目くじら立てなかったかも知れないわ。あなたなら魔法を使っても普通に勝てたでしょう?
何でまた、魔法を使わないで戦うなんていう、相手の機嫌を逆なでするようなことしたのかしら?」
「その…魔法剣術ギルドのギルド長が、魔法を使えないからという理由で、ルーシィの入団を拒否するような態度をとったものだから、腹が立ってしまって…タイミングよくやつらが来たもので…まぁ八つ当たりのような感じで…」
「そう、それなら仕方ないわね」
ルーシッドが原因と聞いて、途端に手のひら返しの態度をとるサラ。サラはルーシッドのことになると、ものすごく甘くなるのだ。
「まぁ、そんなに気にすることはないですよ、ライカ。いえ、むしろこれはチャンスです。今まで目立った行動をとらなかったので手が出せませんでしたが、今回のギルド体験週間で何かしらの行動は起こしてくるだろうと思ってはいました。あなたがゲイリーを倒したおかげで、やつらは動かざるおえなくなった。これを機に、純血の上層部を叩けるかも知れません」
「まぁ、それもそうね」
フランチェスカはライカを慰め、サラもそれに同意する。
「そういえば純血のギルド長って誰なの?」
「『完全焼却』の異名を持つ、レイチェル・レッド・フランメルという魔法使いよ。史上最年少でエレメンタル・フォーに選ばれ、赤の魔法使い歴代最強と言われているわ」
「副ギルド長はレイチェルの幼馴染で、クレア・イエロー・グランド。今はまだ違いますが、次期エレメンタル・フォーは確実と言われています。『完全防御』の異名で知られています。クレアの鉄壁の防御に隠れて、レイチェルが超火力の魔法で敵を殲滅する。この2人だけで、一国の軍隊に相当すると言われるほどの戦力です」
「へぇ、なんだかとんでもない人たちだね」
「あまり驚かないんですね?」
ルーシッドがさらっとした反応だったので、フランチェスカは少し肩透かしにあった感じがした。
「まぁ、身近でもっととんでもない人を見てきましたからね」
そう言って、サラの方を見る。
「いや、それはお互い様よ、ルーシィ」
サリーは思わず突っ込んだ。
「相手がどんなに強くても、あなたと戦うことを考えたら、ましに思えるわ。でも、私の場合は『契約召喚』ができないから、もし仮に戦うとなった場合には、やつらに勝機があるとしたらそこかしら。詠唱スピードだけはどんな短縮しても覆せないわ」
「あ、サリー先輩は『契約召喚』できないんですね?てっきり全種類の妖精と契約できるのかと思っていました」
ルビアは意外そうな反応を示す。
「私の場合は『万能型』だから。簡単に言ってしまえば、どの妖精にも嫌われない味なのであって、ものすごく好まれる味というわけではないのよ。純色は正に『特化型』だからね」
「まぁ、その話はそれくらいにして!早く飛行魔法の実験しませんか!?」
フランチェスカが待ちきれずにそう言った。
「さて、実際に魔法を試してみる前に確認なんですが、みなさん『造形魔法』と『操作魔法』に関しては知ってますよね?この飛行魔法には必須の技術なので」
「うぇ~、あたしそういうの苦手…」
「右に同じー、てか、毒の魔法だとどっちもあんまし使わないし」
フェリカとベルベッドはそう答えた。
「造形魔法は魔法で生み出した物質の形を変える魔法の総称で、操作魔法は物質を操作する魔法の総称よね?」
「まぁだいたいあってる。操作魔法ってのは、厳密には『終了条件を提示しない詠唱』と『追加詠唱』を組み合わせた魔法のことだね」
「な…なんだって?どっちも聞いたことないよ」
ライカは目を丸くした。
「まだ学校では勉強してないけど、技術的にはライカも使ってるわよ。だから感覚だけで魔法を使うなとあれほど言っているのに…」
「操作魔法に関しては今年勉強するわね。この前渡されたテキストに載ってたわよ。あなた、まだ目を通してないの?」
「とっ、突然のダメ出し!?」
フランチェスカとサラはペーパーテストでも常に学年1、2位だが、ライカは勉強の方はあんまりなようだ。
「肉体強化系魔法とかって、詠唱終了した後も効果が継続しますよね?それが終了条件を提示しない詠唱です。このタイプの魔法の場合、基本的には魔法を使用している間はずっと魔力を消費します。その人が終了させるか、魔力が切れるまで効果は継続されます。
大抵の攻撃魔法とかだと、詠唱文自体に終了条件が提示されています。『敵を打て』とか『形を変えよ』とか言う詠唱ですね。それが満たされた時点でその魔法の効果は切れます。
そして、この終了条件を提示しない詠唱中に追加の詠唱を行うことによって、魔法の効果を変化させる技術が追加詠唱です。
肉体強化系魔法は、終了条件を提示しない詠唱のみか、場合によっては追加詠唱を使用する場合もありますが、この操作魔法と造形魔法の両方を組み合わせた魔法があります。今回私が考えた飛行魔法もそれにあたります。
両方使用する魔法の例だと、中距離戦用魔法『マジックアーチェリー』とか、ルビィが使う火系統飛行魔法『炎の翼』とか、フラニー先輩の泥の魔法『クリエイトゴーレム』とかがありますね。
ちなみに私が使う魔術もこの造形魔法と操作魔法の応用です」
「すご…てか、ルーシィってホントに1年生?絶対あたしらより魔法詳しいじゃん。てか、下手したら先生より詳しいんじゃね?」
ベルベットはルーシッドの魔法に関する知識量に驚いた。
「いやー…私の場合はみんなが魔法実技の練習に充てる時間をひたすら勉強と研究に充ててただけなんで…」
「それだけじゃないと思いますよ。ルーシィの場合は、私たちが学んだことをただ使っているだけなのに対して、なぜそうなるのかという理論を考えている気がします。そういう発想ができるから、新魔法も考えられるんだと思います」
ルーシッドが謙遜するのに対して、フランチェスカは賛辞を述べた。
「ははは、ありがとうございます。じゃあまぁ、操作魔法に関してはそんな感じで。後は、造形魔法ですが、造形に必要なのは、想像力を働かせることと、『グラム』をしっかり構築することですが、大丈夫ですか?」
「すまない…グラムってのは何だろう…?」
「グラムはそのものが機能するための構造の事です。この世の全てのものは、目に見えるものも見えないものも含めてこのグラムを持っています。詠唱文もグラムの一種です。正しくグラム、つまり文法やリズムを構築しないと機能しません。だから古い文献に載っているものでも、このグラムが正確にわからないものは使えないわけです。
魔法具もこのグラムによって機能します。魔法具は詠唱文を『魔法回路』と『自動演奏装置』という特殊な方法で道具に組み込むことによって、詠唱しなくても魔法が発動できるようにしたものです。魔法具をつくる際にも、全てのグラムが正しくないと正常に機能しません。例えば、火を出す魔法具だとしても、どこから火が出るかなどの構造をちゃんと考えて設計しないと、変なところから火が吹き出して火傷したりしてしまいます。その辺は実際の造形魔法の時と同じということです。魔法具はその都度造形をしなくて良いように、事前に造形を済ませてあるわけです」
「へぇ…魔法具ってそういう仕組みなんだ~、ルーシィはホント何でも知ってるね?」
「オリジナルの魔法具作るの趣味だからね」
フェリカに対してのルーシッドの返しを聞いて、フランチェスカは素朴な疑問をサラに投げかけた。
「…魔法具って趣味で作れるようなものなのかしら…?」
「普通は無理ね。しかもルーシッドの魔法具は到底趣味のレベルではないわ…まぁ、魔法具についてはまたの機会にしましょう」
「そうよね…なんか1つ1つ突っ込んでくとキリがないわね、ルーシィの場合…」
そんな話をされているとは知らずにルーシッドは話を続ける。
「えっと…多分ですが、さっきライカ先輩が使ってたアウラの技術もこのグラムを使用しているんじゃありませんか?推測ですが、体のグラムにアウラの力を流すことによって強化したり、体から武器のグラムにアウラを流すことで武器の強度や切れ味を上げているんではないかと…」
少し考え込むようにしていたライカは口を開いた。
「もしかしてグラムとは『式』のことかい?」
「あぁ、そうです。構造式、魔法式、そういった『式』のことです」
「それならわかる。そうだ、その通りだ。体や武器に存在するアウラが流れる回路を把握して、そこにアウラを流すんだ」
「えぇ、で、造形したものを動かす、つまり操作するためには、この式を正しく構築する必要があります。アウラの力と同じで、造形魔法の式は、妖精によって力を流すための回路のようなものです。動かす必要がないのであれば、式の構築は要らないので、難易度は格段に下がります。
例えば、同じ土の魔法でもただの防御用の壁を作るのと、ゴーレムを作るのではわけが違います。ゴーレムは正しく式の構築をしないと、どんなに操作しても、力が正しく流れないので正常には動いてくれません」
「へぇ~、じゃあフラニーってかなりすごかったり?」
ベルベットがフランチェスカに対してそう言うと、フランチェスカはそうでもない、と謙遜する。
「必要に応じて式の構築を変えるから、いつもそこまで細かい構築をしているわけではないわよ。攻撃に使うだけなら、指とか顔とかの細かい部分までは考えなくていいし。移動に使うなら、脚だけちゃんと作れば問題ないし」
「いえ、逆に、いつも同じにするんじゃなくて、状況に応じて臨機応変に式の構築を変える方がすごいと思いますよ」
「そ、そう?ありがとう」
ルーシッドの誉め言葉をフランチェスカは素直に受け取った。
「ではでは、いよいよ本題です。飛行魔法を実現するために必要なのは何なのか、簡単に言ってしまえば、『飛ぶためには何の力が必要か』ということです。実際に飛行魔法を使ってるルビィはわかる?」
ルビアは少し考え込んだが、首を横に振った。
「力…といっても翼で羽ばたいているから飛べるとしか…炎の翼を練習した時には、鳥をよく観察して、鳥の翼をイメージして造形して、あとは鳥が羽ばたいてるのをイメージしながら何度も練習したらできるようになったわ。だから、何の力って言われちゃうと、よくわからないわ」
「うん、炎の翼の練習方法としては間違ってないよ。でも、炎の翼でなぜ飛べるかを考えてみると、具体的には2つの力を使っているんだよ、実は。
それは『揚力』と『推進力』。つまり物体を上に持ち上げる力と、物体を前に進ませる力だよ。鳥は羽ばたくことでこの2つの力を得ているんだよ。
ただ持ち上げるだけなら『浮揚魔法』、地面でただ前に進ませれば『移動魔法』になるね。
炎の翼はそれを組み合わせたものだね。逆に言えば、使いこなせば3つの魔法が使えちゃう、すごく便利な魔法だよね~」
「え、ちょっ、ちょっと待って!炎の翼で空中でその場にとどまったり、飛ばずに地上を速く動いたりなんて無理よ。やってる人を見たこともないわ。私も空中にとどまるなんて無理よ。羽ばたいたら動いちゃうから、旋回したり、上下に動いたりしちゃうわ」
「それはイメージと造形が悪いからだよ。鳥だって、その場にとどまったり、地上をダッシュしたりできないでしょ?鳥をイメージするからできないんだよ。単純に飛んだり、ホバリングしたり、速く動いたりするにはどうすればいいのかを考えればいいんだよ」
「鳥をイメージするなって…さらっと今までの常識を覆すようなこと言わないでよ…そんな発想、普通だれもしないわよ」
ルビアはあきれたように頭を抱えてため息をつく。
「あー、ちなみにだけど、揚力と推進力は羽ばたかなくても得られるんだよ。だから、炎の翼は翼の形をちゃんと造形すれば、あとは魔力を出すだけで、びゅーんって飛べるんだよ」
「う、うそぉ!?そんなの初めて聞いたわ!戦いながら翼を動かすのってすごい集中力が必要で大変だったのよ。今度造形のやり方をちゃんと教えて!」
「なんか今さらっと言い過ぎて、流しちゃいそうだったけど…炎の翼は羽ばたかなくても飛べる…なんて歴史的な発見なんじゃないかしら?」
フランチェスカがサラに尋ねると、サラは頷いた。
「えぇ…下手したらそれはもはや炎の翼ではない、新種の魔法ということになるかも知れないわ。そもそもさっき言ってた、浮揚魔法と移動魔法だって別個の魔法よ?」
それを聞いてベルベットは、びっくりして言った。
「え、てことは、今この瞬間に新しい魔法が3つ完成しちゃったってこと?」
「そうなるわね…しかも新しい飛行魔法と合わせれば5つ…」
「ほんと…規格外の存在すぎて、どこから突っ込んだらいいのかわかりませんね…」
サラ達は驚きを通り越して、あきれたように笑った。
「じゃあ『水の飛行魔法』から試してみましょう。まず私が魔術で現象だけを再現してみますね。じゃあ、エアリー、やってみようか」
『了解しました』
ルーシィがポケットから取り出した魔法具に喋りかけるとエアリーは待ってましたと言わんばかりに返事をした。
「うぇ!?しゃっ、喋ったぁ!?何それ、どうなってんの!?入試の時に何か魔法の発動に使ってるなと思ったけど、え、何?誰かそこにいるの?」
フェリカはあまりのことにややパニックになっていた。他のメンバーも、サラ以外は同様に困惑しているようだった。
「あぁ、これ?あれ、まだ紹介してなかったっけ?」
『まだですよ、ルーシィ。ちなみにみなさんのことは知っていますよ。お昼休みの自己紹介を聞いていましたので』
「ハイ、エアリー、久しぶりね。元気してた?」
『サリー、久しぶり。はい、元気です。お昼休みに愛称で呼ぶようにと言っていたので、私も呼んでみましたが…』
「ばっちりよ」
「ごめんごめん、じゃあ、エアリー自己紹介してくれる?」
『みなさん、はじめまして。私はエアリー。ルーシィによって作られた人工知能です。魔術を実行する際の、標準補正やモデリングなどの細かい調整の補助をしています』
「人工知能だって…?
そっ…そんなことが可能なのか…?」
「まぁ、この魔法具は、さっき言ってた式の構築で人間の脳を疑似的に再現してるんですよ。そこに無色の魔力を流して、動力源および情報伝達の媒体として使い、あとは得た情報を式に置き換えて記憶します。
視覚や聴覚に関しては私の目や耳と同期させてますし、発声能力に関しても無色の魔力を振動させることによって、人間の声帯を再現して…」
「…何を言っているのかさっぱりわからない…」
「大丈夫、私もいまだにわからないから」
サラはどこか遠い目をして答えた。以前にルーシッドからエアリーを紹介され、原理を説明されたが、あまりの難解さに理解することをあきらめたのだ。
『みなさん、私のせいで話が脱線してしまい申し訳ありません。さぁ、飛行魔法の実験を始めましょう』
「すっ、すごい…気を遣ってる…本当に人間みたいな対応だ…」
「じゃあ、エアリー、この前書き込んだ飛行術式を展開してくれる?」
『了解しました』
エアリーがそう言うと、ルーシッドの足元に魔法陣が展開された。すると、空の上からルーシッドの頭上に大量の水が集まりだした。
「まずは水を集めます。そして、これを造形します。エアリー、お願い」
すると、頭上の水が大きな翼のような形となり、ルーシッドの背中から左右に伸びた。
「翼を作るのは炎の翼と同じです。これで揚力を得ます。魔法名は炎の翼にちなんで『水の翼』なんてどうですかね?推進力はこの水を後ろに噴射することで得ます」
「なるほど…翼の部分は生成した水を造形をすればできそうですね。水の噴射に関しては、攻撃用魔法を応用すれば行ける気がします。しかし、翼の水を噴射していくのでは、翼がなくなってしまうのでは?その水をまた魔法で補給するとなると、魔力がいくらあっても足りません…」
「噴射した水が回収されて翼に戻るという循環を繰り返す術式を組み込んであります。これで水を補給する必要はありません。魔法的にも『水を循環させる』という一つの魔法で済むので、魔力は少なくて済みますよ。
魔法で再現する場合には、水属性の高位妖精『アクエリアス』で、水を生成、翼を造形、同じく高位妖精の『カリュブディス』で、水を噴射・回収して循環させるような詠唱文を考えています」
「なるほど…カリュブディス…渦潮を引き起こす妖精ね…水上戦でのトラップなどに使われるけど、水を飲み込んで吐き出すという効果をそんな風に使うなんて考えもつかなかったわ」
「そうね。それに、同属性の妖精を2人使用して1つの魔法を作り出すなんて考えたこともなかったわ。別々の属性の妖精を同時に使役するのは普通に行われているけど。普通は同じ属性の魔法なら、1人の妖精で行おうと考えそうなものだけど。でも確かにこうすることで、それぞれの魔法で行う作業が簡略化されるから、精神的負担はほとんどかからないわ。実質魔法を発動させてしまえば、あとはほとんど考える必要はない。特に『水を循環させる魔法』、これを自分のイメージだけで行おうとするとかなり大変で飛ぶどころじゃなくなってしまうと思うわ。
この飛行魔法は、実際には2つの別個の魔法、1つは生成した水の造形魔法、もう1つはその水を操作する操作魔法。どちらも普通に行われている魔法だわ。その2つの魔法をただ同時に使用しているだけ。でも2つを同時に使用することで疑似的に1つの魔法、『水の飛行魔法』として成立させているんだわ。なんて斬新な発想なのかしら…」
フランチェスカとサラはルーシッドが考えた魔法を分析して、そのすごさを実感した。それは既存の魔法を組み合わせただけ。だが、誰もそれを組み合わせようという発想に至らなかったのだ。ルーシッドならではの発想の転換である。
「そ、それに、発想だけでなく、その飛行魔法の詠唱文ができているのよね?」
フランチェスカは驚愕の表情を浮かべて尋ねる。
「はい。私は実際に魔法を使うことはできないので、まだ試していませんが、文法とリズムは合っていると思いますよ。この魔法は使う魔力量も多いので、魔法石では試せませんから」
ルーシッドは色のついた魔力は持っていないので、魔法の改良を行ったり、自分の考えた詠唱文が正しく作用するのかを確かめるためには魔法石を使用する。しかし、魔法石はそこまで多くの魔力を蓄積できるわけではない。一般に広く使用されている魔法石は最大でも中位魔法を発動できる程度のものである。高位魔法を発動できるほどの魔法石となると、高価で個人で所有できるようなものではないし、大きさもかなりのものとなる。
「あの、聞かせてもらってもいい?」
「いいですよ」
"oPen the fiAry GATE.
(開け、妖精界の門)
in-g,rE,DIeNT = B-Lue.
(食材は青色の魔力)
re:ciPE= jeLLy.
(調理法は柔らかい水菓子)
1 OF the ZODIAC, AQUARIUS.
(黄道十二宮が一つ、みずがめ座のアクエリアスよ)
pLEAse GivE Me UR EterNAL WaTer OuT of your PoT."
(我に汝のその瓶から無限に流る水を分け与えたまえ)
「ここまでが前半部分、つまり翼を作るための水を生成して、翼の形に造形する部分です。終了条件を提示しない詠唱なので、追加詠唱によって翼の形状を変化させることで、空中における旋回動作などを行えます」
「綺麗な旋律…」
「うん、ルーシィが詠唱してるのって初めて聞いた。すごい綺麗」
「そう?ありがとう。まぁ詠唱しても何も起こらないけどね」
ルーシッドは褒められて、きまりが悪そうに笑った。
ルビアとキリエはうっとりとしてルーシッドの詠唱を聞いていた。上手い詠唱とは、つまり歌と同じなのである。
詠唱の上手さとは、いかに流れるように歌うように詠唱できるかということである。
例え文章が正確だとしても、途中で詰まったり、ぎこちなかったり、アクセントの付け方や区切り方、リズムの取り方などが適切でなければ妖精は答えてくれない。
詠唱とはかなり繊細な技術と言える。
「なんか思っていたよりも単純な詠唱文なんだねー?」
ベルベットが意外そうに尋ねた。
「おかしい…単純すぎるわ…というかそもそも、最後の節に、どういう風に造形するかの文言が無いけど…」
通常の造形魔法の場合、当然ではあるが詠唱文に『どういう形にするか』という一節が入る。しかし、ルーシッドが作ったという詠唱文にはそれが無かった。
「あー、造形魔法ってのは、『魔法』と言っていますが、厳密には魔法ではないです。魔法によって作り出した物質を自分のイメージ通りの形に変える技術の事です。なので、頭の中でイメージできるのであれば詠唱する必要はないんですよ。詠唱文ってのは妖精に語りかけるものですから。造形したり操作したりするのは妖精ではなく、あくまで私たちなので。もちろん、頭の中だけでイメージするのには練習が必要ですけどね。声に出すことでイメージしやすくする働きもありますから。サリーには昔から教えて練習させてるけどね」
「そうか…だからサリーは人よりも圧倒的に詠唱速度が速いのね…おかしいと思ってたのよ…」
「まぁね。私も昔ルーシィから聞いた時はそんな事できるわけないって思ったけど、繰り返し練習してイメージを確固たるものにすれば大丈夫よ。でもルーシィ、もっと短縮できるでしょう?」
サラはいじわるくにやりと笑った。
そう言うと、皆がルーシッドの方を見たので、ルーシッドは目を丸くして頭をかいた。
「あー、うん。1節目の『開け、妖精界の門』これは絶対に削れない。でも実は2、3節目の『魔力の色とお菓子』の部分は唱えなくてもイメージすれば発動できるよ。一応今は、お菓子をイメージしやすいように言ったけど、慣れたら短縮できるよ。これも造形魔法と同じ原理だね。こっちもサリーには練習させてるけど」
「え、でもそれ言わないと、適する妖精が見つからないんじゃないの?」
魔法詠唱の意図は『妖精とのリンクを形成し、発動させたい魔法に適した妖精に呼びかけその力を借りること』である。なので、魔力の色やお菓子の名前を言わないと妖精が答えない。これが一般的に考えられている魔法の作動原理だった。
「いや、本当は違うんだよ。だって、4節目で妖精に直接呼びかけてるでしょ?4節目さえちゃんと詠唱して、あとはその妖精に合った魔力のお菓子さえ準備できてれば、魔法は発動できるんだよ。だって、魔法具で魔法を発動する時も魔力の色やお菓子を詠唱しないでしょ?あれと同じだよ。あれも頭でイメージしているからできるんだよ」
「そ、そうだったのね…魔法具は何か特別な魔法回路が組まれているから可能なんだと思ってたわ…」
「魔法回路は、妖精界とのリンク形成の役割を果たしているに過ぎません。演奏装置も、特定の妖精に対する指示であって、お菓子の形成とは無関係です。実は、魔力でお菓子を作っているのは、各魔法使いのイメージ、つまり造形魔法なんですよ。
魔法具は誰しもが知っているのような低位魔法がほとんどで、それこそ無意識に近いレベルで作れるくらい簡単なお菓子なので考えたことが無かったんでしょうね。
昔、『結晶の指輪』がまだ無い頃、自力で見えない魔力を一点に集中し、お菓子を作るためには、詠唱する方がやりやすかったんだと思います。でも、『結晶の指輪』があれば魔力を結晶化すること自体にはほとんど集中力が要りません。あとは作り上げたいお菓子をイメージするだけですよ。よく詠唱に必要なお菓子がどんなものかイメージするために実際にそのお菓子を作ってみたりしますよね?だから、もうそれがどんなお菓子でどんな風にできるのか知っている魔法使いなら頭の中でイメージするだけで、魔力をお菓子に結晶化できると思いますよ。実際、魔法具使う時にはできているわけですから」
「そうだとわかればできる気はするけど、普通そんなことやろうなんて思わないわよ」
ルビアがため息をついた。
「で、後半部分が…
"SpirIT OF whiRL-PooL, CHARYBDIS
(渦潮の精霊、カリュブディスよ)
guLP!, VOmit!, circlATE waTER BY UR powER."
(飲み込め、吐き出せ、汝の力を持って水を循環させよ)
ですね。こちらも終了条件を提示しない詠唱なので、自分の意思で魔法を終了させるか、魔力が切れるまではずっと水が循環して動力源となります。追加詠唱で水の吹き出す威力を調整すれば速度を変えられます」
「あれ…『魔法名』を言ってないけど?」
キリエがふと気づいてそう尋ねる。
「魔法名も言わなくても発動できるよ。魔法名もどんな魔法の効果かをイメージしやすいように付けられてるものだから、自分で完成形をイメージできてるなら言う必要はないよ」
「なんか…今までの魔法詠唱の常識が一気に覆された気分だわ…」
フランチェスカはため息をついた。
「ルーシィとこれから先も付き合っていく気なら、今まで魔法の常識と考えてきたものが全て非常識になるくらいの覚悟は持っておいた方がいいわよ。それだけこの子の存在は異質だから」
サラはフランチェスカに笑いかけた。サラもそうだった。
ルーシッドと出会い、その魔法研究の才能と努力に惚れ込み、家族を説得してウィンドギャザー家に迎え入れた。そこからルーシッドと共に過ごしながら、ルーシッドから魔法を教えてもらった日々は毎日驚きの連続だった。今までウィンドギャザー家に来ていた魔法の家庭教師の知識や練習法が、あまりに幼稚でかすんで見えるくらいの、途方もない魔法の知識量と、今までの常識を全て覆すような魔法理論。その全てを自分より年下の10歳にも満たないこの少女が持っているのだ。一体どれだけの時間を研究に当てればこれほどの知識を得れるというのだろう。いや、時間があればどうにかなるという物ではない。時間だったら、魔法研究機関の研究員や賢人たちだってかけているはずだ。
この子は魔法を使えないゆえに、魔法の常識にとらわれない。魔法に頼り切っている私たち魔法使い、今まで魔法使いが積み上げてきた魔法の常識を信じて疑わない私たちとは、そもそも見ている世界が違うのだ。この子の発想は全く常識にとらわれない。いや、自分という普通ではあり得ない存在が存在しているというその事実があるからこそ、この世の常識全てを疑っているのだろう。そもそもの研究のスタートラインの段階で私たち魔法使いとは違うのだ。
いずれこの子はこの魔法界の全てを改革するだろう。いわばこの子は革命家だ。この魔法界の今までの常識は全て覆り、ルーシッドの理論が常識となるだろう。
だが、今はまだその時ではない。今この子が自分の理論を世に出したとしても、今魔法界で力を持っている存在たちに、ただの非常識だと言われ消されてしまうだろう。それだけはあってはいけない。その時が来るまで、ウィンドギャザー家が、そして私がしっかりとルーシッドを守ってやらなければ。この子に会えて本当に良かった。この子を救うことができて本当に良かった。
これこそが私に与えられた使命に違いない。
もしかして私が『全色の魔力』を持って生まれたのもこのためなのかも知れない。
サラはそう思ったのだった。
「じゃあ、実際に飛んでみますね。どんな風か見てもらった方がイメージしやすいと思うので。
お待たせ、エアリー、噴射」
『了解』
そう言うと、翼の後方から水が勢いよく吹き出し、ルーシッドは地面を滑り出し、徐々に空に飛び立っていった。
「すごい…ホントに水で飛んでいる…」
「上手くいったね、エアリー」
『はい、相変わらず完璧な術式です。水の循環術式も正常に動作しています』
「じゃあ、右旋回」
そう言うと、翼の形がやや変化し、右に旋回する。事前に構築してある術式をエアリーが実行しているのだ。魔法で言うところの追加詠唱だ。
「こういう細かい動作は、エアリーの補助があると助かるなぁ」
『お役に立ててなによりです』
「でも、実際に魔法でやるってなるとちょっと大変かなぁ?」
『まぁ…そこは練習すれば多分…不可能ではないはずです』
ルーシッドが地面に降り立つと拍手喝采が起こった。
「どうもどうも。まぁこんな感じになるはずです。じゃあ次は『土の飛行魔法』をやってみますね。こっちはもっとシンプルですよ。ただ土を造形して、あとは操作してやればできます。
エアリー
術式:大地の翼
術式展開」
ルーシッドがそう言うと、今度は地面からどんどん土が吸い上げられ、ルーシッドの背中に大きな翼を作る。しかし先ほどと違う点が一つあった。
「それは…車輪……?」
「いえ、これは風を起こすための羽です。これを回転させると、前から後ろに風が流れるんですよ。これを推進力にします。ほら」
ルーシッドがプロペラをくるくる回すと後ろに風が吹いた。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。風の魔法を使ってないのに、風が起こせるのか?どういうことだ?」
「うーん、風ってのは空気の流れですからね?空気の流れを作れれば風の魔法を使わなくても風は起こせますよ。ふーって息を吹いたり、パタパタ手で仰いだりしても風が起こるじゃないですか?『風の魔法』ってのは、それを妖精にやってもらってるだけのことですよ」
「た、確かに…今まで考えもしなかった…」
「えぇ、ルーシッドは『風とは何か』を考えている。魔法に頼り切っている私たちでは絶対に考えつかないわ」
ルーシッドは土の翼で空を飛んで、見事に着地した。
「まさか本当に水属性や土属性で飛べるなんて…」
「逆に水属性や土属性の方が飛行には向いてるかも知れませんね。
火とか風って物質じゃなくて『現象』じゃないですか。だから、火の魔法や風の魔法で飛び続けるには、飛んでいる間ずっと生成し続けないといけないんですよね。火を出し続けたり、風を起こし続けたり。だから魔法的には『生成』したものを常に『造形』して『操作』するっていう、3つを同時に行わないといけないんですよね。かなり非効率な魔法ですよね。
その点、土とか水は『物質』じゃないですか。なので一度生成したらそこに残るんですよ。あとはそれを造形して操作するだけ。造形は一度すれば、あとは旋回したりする時の微調整だけで済むので、基本的には『操作』だけで済みます。魔力効率はこっちの方が断然いいんです。火の飛行魔法とか風の飛行魔法よりもかなり長時間飛べると思いますよ」
「確かに…炎の翼だと30分くらいが限界だわ。他の魔法と合わせれば20分くらいしか持たないし」
「まぁ、炎の翼で30分飛べるルビィもかなりすごいけどね。でも、大地の翼は機動性にはすぐれてないよ。一番長時間飛べるのは大地の翼だけどね。ルビィの場合は戦闘では炎の翼、長距離移動には大地の翼と使い分けるといいと思うよ」
「なるほど、そうするわ」
その後、ルーシッドが考えた詠唱文を試してみたが問題なく魔法は発動した。ルビアやサラはすでに飛行魔法を使っていることもあり、比較的スムーズに行うことができた。
しかし、フランチェスカは、今まで飛んだことがなかったためか、うまく翼イメージができず造形が不十分で、その日は上手く飛ぶことはできなかった。
だが、造形や操作のセンスは悪くないので、練習すれば飛べるようになるだろう。本人も「コツはつかんだので後は練習あるのみ。後で練習に付き合ってね」と楽しそうに言っていた。
日も沈んできたので、その日はそれで解散となった。
「あっ、やばい。荷物のことすっかり忘れてた。もう部屋に運ばれてるんだよね?」
今日からルーシッドたちも学生寮で暮らすことになる。パーティーは同室で暮らすことになり、パーティーの申請をしたものから部屋割りが決定されていく。通常は初日にパーティーが決まることはあまりなく、それまでは仮の部屋が割り振られることになるが、ルーシッドたちは午前中にすでにパーティーが決定していたので、お昼には部屋番号が通知されていた。
「そうね。少しは荷ほどきしないと。でもまずはお風呂に入りたいわ…」
「3人で一緒に入るー?」
「2人はスタイル良いからいいだろうけど、あたしは全然だから嫌だ…」
ルーシッドが自分の胸を触りながらそう言うと、フェリカはにんまりと笑う。
「小ぶりなのもそれはそれで良いものだよ、どれ、お姉さんに見せてご覧?」
「ひぃっ!?」
「リカ…やめなさい、おやじくさいわよ…」
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